毒素感傷文

院生生活とか、読書の感想とかその他とか

100冊読破7周目(21-30)

1.影響力の正体 説得のカラクリを心理学があばく(ロバート・チャルディーニ)

社会に大きなインパクトを与えた『影響力の武器(1991)』の後継本というか新訳のようです。本書は2013年。社会心理学の講義で引用されていたし心理学の有名どころの実験の解説がされています。ぶっちゃけ耳タコ感はある。返報性の原理とかそういうやつです。「なぜ我々はイエスと答えてしまうのか」「いらないものを買ってしまうのか」という視点から、セールスや宗教の盲信まで考察しています。が、「この実験でそこまで推測していいのかな」(またはなにか省略されている?)などの疑問の余地があったりはしました。心理学系の一般向け書籍によくあることですね。

 

 

 

2.新版 隠喩としての病い・エイズとその隠喩

この本も長らく心の積読だったのだけどようやっと読む機会が訪れました。本書のジャンルはエッセイらしいです。読みたかったくせに、読むまで全然知りませんでした。結核などの感染症の表現とがんのそれがまったく異なっていたことを指摘しています。ただ日本に限っていえば結核は完全に精神疾患などと同様スティグマの対象だったので、「情熱の病」みたいに表現されると違和感ありました。文化の違いですね。対してエイズや梅毒などのSTDになるとその文脈は道徳的な罰になる、まあこれは今に至るまであることですよね。2022年の現在はサル痘に対してこの状況が生まれていますが、ごく短期間の一時的なものであってほしいです。

 

 

 

3.米国最強経済学者にして2児の母が読み解く子どもの育て方ベスト(エミリー・オスター)

煽り文句は飛ばしていますが中身はいい本です。いい本というか、淡々としていて、根拠の薄いものと薄くないもの、強力に勧められるものとそうでないものが書いてあって何を取るかは育てる人にとって最適なものでいいよ、という内容でした。何よりこれが実体験と共に書かれているのは大切だと思います。子育ては実風景なしになかなか想像できません。そもそも環境の制約によって選択できるものから選択できないものまでありますし、別にできないものにこだわる必要はないのですが、巷間言われるものの中で根拠のあるものないものについてはっきり説明されているのはよかったです。いやそのために読むものなんですが。

例えば我が家ですと、ねんトレの効用は大きそうだけど我が家の環境じゃ無理だわとか、無理だけど大したデメリットでもないわとか、微々たるメリットよりどちらかというとデメリットが大したものではないことに納得する意味合いが強い気がします。あと、離乳食を親の食べてるものに合わせる方法があるというのはなかなか想定外でした(Baby led weaningというそれなりに確立された方法があります)。

あと書き方が微妙に笑わせてくるんですよね、おくるみの巻き方が難しいというくだりで、「簡単そうだ!たたんで、たたんで、おりこんで、微分方程式を解いて、また折り込んで、ほら完成!」間に小ネタチョイチョイ挟んでくるので、育児に興味ある方なら誰でも楽しんで読めると思います。

 

 

 

4.空港にて(村上龍

旅行雑誌への定期連載として書かれた短編集のようです。なので旅に関する話が多いのだと。個人的にはただただ描写が多くてもったりしましたが、それはそれで良いのだと思う。「単位時間あたりの知覚量」とか「単位時間あたりの思考量」って文字にすると大体こんな感じだよな、という。

 

 

 

5.世界をみちびいた知られざる女性たち (3) グレース・ホッパー プログラミングの女王

我が子に旦那から与えられたはじめての絵本です(0歳児に読むものではない)。COBOLという、自然言語に近いプログラム言語(あってます?)を最初期に開発したのは実は女性であったという話ですね。計算機科学や数学の世界には、実はたびたび女性が出てきます。

本書も初っ端から治安が悪く(もちろん事実なのですが)、グレースは海軍が使うミサイル用のコードを書いています。彼女は情報技術を使って海軍に入った女性としても有名なようです。全然知りませんでした。

あとはこれは私でも知っているエピソードなのですが、「バグ」の語源は真実の「虫」で、コンピュータがまだばかでかい部屋で動かすものだった頃に物理的に基盤(かな?)の間に虫が挟まっていたせいで動かなくなっていたというものですね。ネタバレになってしまいますが、有名な話なのでいいか…?

 

 

6.チャンドス卿の手紙 他十篇(ホフマンスタール

表題の短編よりも他の短編が良かったりした。

『第672夜のメルヘン』とかは梨木香歩の『からくりからくさ』や『裏庭』を思わせる筆致で非常に繊細で良いです。

 

 

7.公正としての正義・再説(ジョン・ロールズ

『正義論』を初めて読んでから6年余、再説の方をようやく手に取ることができました。基本は正義論の解説本という感じですが、彼への反論や注釈をした人たちに対しての応答もあり、特にセンが潜在能力について発展的に考えた論についてはこれを認める反面で「一般化可能性と政策への反映を前提に」と答えています。政策立案上必要とされる議論であるために、普遍性を追求するのは妥当ではないという線引きですかね。ロールズ本人が認めていますが、無知のヴェールやマキシミン原理というものは「一般的な理性をもった主体」を思考の前提にしたいるため、本当にその決断を全員下すのかというとかなり疑問があるのも確かです。ただし、現状の日本の政策(たとえば子育て世代の支援とその所得制限など)への反映を考えると頷ける部分があり、ただ所得制限に関しては「上限が低すぎる」、そして「制限の段階の区切りが大きすぎる」という2点についてロールズの理論は適切に反映されていないといえるかと思います。今のところの、世帯に対するあらゆる税制に関して近いことが言えるかもしれません。

 

 

 

8.人生で一番大事な 最初の1000日の食事 「妊娠」から「2歳」まで、「赤ちゃんの食事」完全BOOK

離乳食の必要性や押さえるべきポイントがよくわからなかったので、現代の根拠がまとまっているものを読みたいなと思い、ママアカで複数名の方がオススメされていた本書を読みました。知識から入るタイプの自分にとっては非常に良い本でした。

それから、その後の食行動(1歳〜)全般について親から学ぶことや家庭環境の影響などなど、知りたいことが知れてよかったです。我が家庭は大人だけだと食生活が結構めちゃくちゃ(好きな時間にお菓子食べるとか)なので、どう変えていくべきかとか、変えなかった場合に何が問題になるのかとか、そういう部分が知りたかったのですよ。子どもにはマシな食習慣を提供してあげたいものですね……

 

 

9.百年の孤独ガルシア・マルケス

読み終わりました。最初の100ページは数週間かけたというのに、最後の100〜150ページくらいは一気に読み終えました。随分前(もう5年以上前かも)からお勧めされていたものの、今でないと読めなかったような気もします。

アウレリャノ・ブエンディア大佐以外(と言っては失礼かもしれないが)、基本的には芯があるのはみな女性です。男性も各々さだめを持っているものの、家とか「愛(とは?)」に芯がありそれを世代に渡って影響を与えることができるのはなぜか女性なのは面白いですね。

それから本書の登場人物は結構無茶苦茶な名前のつき方で(それ自体が物語の主題である「家系」の呪いでもある)、まず最初の家系図ゲンナリして、最初の数ページ読んだ時点でホセ・アルカディオ・ブエンディアという文字列を嫌というほど目にして(覚えさせる意図もありそう)、カルロ=ギンズブルグ『チーズとうじ虫』みたいな独特の世界の解釈があって、とむちゃとっつきにくいです。

あと死んだ人間が亡霊になって屋敷を普通にうろついていて生きた人間とやりとり(?)しているのも意味不明で面食らいますし、途中で認知症っぽい記憶障害が感染性になったり謎の大虐殺がこっそり隠蔽されたりして結構荒唐無稽てす。でもそれが常識みたいな感じでさらにカオス。一族の人間、死に際がさっくりと先まで描かれたあとに普通にそれまでの話に戻るし、誰の三国志だったか忘れましたがいつのまにか馬超がこっそり墓に入っているみたいなエピソードを感じました。知らん間に人死んでます。荒唐無稽さについていくのにとにかく時間がかかり、時代の説明もなく、周囲の世界の状況からなんとなく時代がわかっていきます。

ファンタジーが一応現実の設定を引きずってきて一瞬現実と交錯するけど、終わりにはやっぱりファンタジーだとわかる、みたいな感じがあります。ラテンアメリカ文学まったく触れたことがないんですが(だからかどうかはわからない)、家とか町の描写に全然現実味がわからなかったのはやや悔やまれます。

 

 

 

10.実践・倫理学(児玉聡)

『入門・倫理学』よりもさらにわかりやすく、具体例を用いて理論の解説をしてくれる本です。すべての人におすすめできると思います。「いかなる場合でも嘘はつくべきではないのか」「死刑は必要か」「善意から行動するべきなのか」「煙草は規制されるべきか」「菜食をすべきか(動物倫理とはなにか)」……のような、現代の問題を使って「倫理に関する議論をするとはどういうことか」という大きなテーマに沿って進んでいきます。というか倫理に限らず、いくつかの論を使って批判的に物事を考えるにあたり重要な本だと思います。他にも良い本はあると思いますが、本書でも同じ技術は身に付きます。

 

主観によって考えるとか、自論に寄せて考えることしかしたことがないという場合に思考の枠組みを変えるために使えるかもしれません。

 

私は医療従事者であり、教養科目で医療倫理について教わったことがあるのですが、基礎科目としての倫理であればこういう教わり方をしたかったなと思う内容です。臨床倫理に関しては、さらに踏み込んで『死にゆく患者と、どう話すか』のような本が良いかと思いますが、医療従事者としては本書が基礎(「実践」とついていますが倫理の「理論」はガチ理論なので素人が急に齧ると歯が折れる)として良いと思います。

 

10冊を読む間に

この10冊を読む間に、出産をしました。半年くらいかけて10冊を読んだようです、恐らく過去最長だったと思います。

特に本読みに変化があるわけではないのですが、強いて言えば、ひとまず修論の締切から解放されたことで少し軽い本も読むようになりました。今後もこのシリーズは続けていきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。