毒素感傷文

院生生活とか、読書の感想とかその他とか

100冊読破6周目(51-60)

前回の記事から半年が経過してしまいました。

大学院入ってから教科書読んだり論文読んだりばっかりだったので、いわゆる「読書」というものになかなか取り組めずにおりました。随分昔に読んだ本の記憶を彼方から引っ張ってきて感想を書きます。

 

1.臨死介助をめぐる刑法上の諸問題(神山敏雄)

臨死介助をめぐる刑法上の諸問題

臨死介助をめぐる刑法上の諸問題

  • 作者:神山敏雄
  • 発売日: 2019/10/30
  • メディア: 単行本
 

安楽死(というより終末期における治療の差し控え)に関するドイツの判例と、それを根拠づける刑法解釈の本。医療倫理やるにあたって実際の判例がなんでそんなふうになるのかとかよくわからないことがたびたびあったので、参考になるかと思い手に取りました。結果的にかなりいい本に巡り合えたのではないかと思います。特に医療福祉の関連法規に関して、裁判になるような事例の元になる条文やその適用方法を知らないので勉強になりました。社会福祉の法的根拠とかはちらっとやったんですが。ドイツにおいても、生命維持装置の中止等に関して「不作為の作為」が成立するか否かみたいな問題があるようで、この辺は大体日本の現行法も同じか?と思ったんですが前提に自殺幇助の不処罰があるかどうかで違いそうです。トニー・ホープ『医療倫理』では積極的安楽死と消極的安楽死の倫理的境界はないものとして退けられていたのですが、刑法上は結構大きな差なのかなとも思います(というかそうなのでしょうけど)。功利主義の話をするときによく出てくるトロッコ問題でときどき出てくる答えとして、不作為による多数の殺害と作為による少数の殺害ではむしろ後者が忌避されるみたいな傾向はこういう背景があるなあとも思います。道徳的観念が先なのか立法が先なのかは卵と鶏の関係のような気がしますが、相互補強的な関係にありそうだなとも思います。自分の葛藤のベースになりそうなケーススタディが多くて楽しめました。

 

 

 

 

2.モノたちの宇宙: 思弁的実在論とは何か(スティーヴン・シャヴィロ)

モノたちの宇宙: 思弁的実在論とは何か
 

現象学(や相関主義)が人間中心主義に陥っている、人間を扱うときはそれでいいんだけど思考とか知覚全体を扱うとき(志向性を考慮するというとこれもやや語弊があるのだが)には不便でよくないという話。現象学に限界を感じるのはこの辺かもしれませんが、思弁的実在論はジェスパー・ホフマイヤーの『生命記号論』みたいな細胞のコミュニケーションを想定して面白いので好きです。それを無機物・無生物にまで延長したような感じに思いましたが物自体に思惟があるわけではないと書かれていたようないないようななんかそのあたりは難しく理解が及びませんでした...哲学の論述として優れているのかどうかはわからん(著者本人が、そこそこトガったことを書きましたと言っていた気がする)。

 

3.入門・倫理学(赤林 朗・児玉 聡)

入門・倫理学

入門・倫理学

  • 発売日: 2018/01/30
  • メディア: 単行本
 

ずっと読みたいと思っていたものを読み終わりました。他の教科書的な本を数冊読んでいたからか、復習+αみたいな感じで読みました。が、相変わらずメタ倫理学の各論よくわからないんですよね…完璧に理解しておく必要があるようには思わないんですけど、章の最後にあるように、応用倫理の各分野でもメタ的な議論は必要になってくるだろうし、どういう捉え方があるか(そしてどれくらい成熟しているか)は知っておきたいなあと思います。慶應出版会の『倫理学案内』と付き合わせて読みますと、あちらはメタ倫理学→規範倫理各論→応用倫理各論みたいな感じだったように思います。『入門・倫理学』は、医療者向けの倫理教育として作られた『入門・医療倫理』から更に発展的(つまり倫理の理論寄り)内容としてまとめられています。その分具体例は省かれますが、もし具体例の参照があったほうがよければ『医療倫理』を読めば事足りると思います。最後の章で政治哲学・公共哲学を簡潔にまとめられているのもよいです。

 

4.テアイテトス(プラトン

テアイテトス (光文社古典新訳文庫)

テアイテトス (光文社古典新訳文庫)

  • 作者:プラトン
  • 発売日: 2019/01/08
  • メディア: 文庫
 

「知っているとはどういうことか」についてのソクラテスとテアイテトスの対話。知の助産術の原点としてはここなのだろうか...

若干違和感あるなと思ったのは知識なるものの排中律(「何かを知っていることと知らないこと」のような)をごく自然に道徳にも当てはめていく部分で、知識・判断・道徳が(何かの連鎖的な流れにより)直結しているのであれば自明ということになるのだろうかと考えたりしました。結局(結局?)第三部まで至って別に「知とはなにか」に答えがあるわけではなく、各論を通して得られる疑問と暫定的な答え(とそれに対する反論)でどんどん疑問を深めていくような感じです。時々現代における分析的な「知覚の哲学」にも近いような問答が出てきて、現代から入った自分としては「遡ってはこんなところに行きつくのか...」という思いでした。

 

 5.6.7.入門・医療倫理(赤林朗)

入門・医療倫理I 〔改訂版〕

入門・医療倫理I 〔改訂版〕

  • 発売日: 2017/02/18
  • メディア: 単行本
 
入門・医療倫理III: 公衆衛生倫理

入門・医療倫理III: 公衆衛生倫理

  • 発売日: 2015/12/01
  • メディア: 単行本
 

必要性に駆られて読んだ本ではありますが、医療職の倫理入門として非常に適切な3冊であると思います。前出の『入門・倫理学』よりももっと医療倫理の具体例に近く、理論の解説を手短にしたのちに実践への応用について多くの紙面を割かれていて教科書としてももってこいであると思います(これを教科書にすると実にハードな授業になりそうですが)。

規範倫理がメインですけれども、理論の外観も最低限知ることができますし、もっと知りたいという場合には読書案内と参考文献をもとにして別の文献に繋がるよいシリーズであると思います。昨今の事情を反映しているともいえる公衆衛生倫理の3巻であれば、医療の当事者でなくとも手に取って悪くないものであると思います。が、あくまで教科書的解説がメインなのでポピュラー・サイエンスよりはずっと本格的なものであることに注意が必要でしょう。

 

8.経済学と倫理学アマルティア・セン

130ページ未満の短い本文ながら読むのに結構時間かかりました。厚生経済学における倫理(ここでいう倫理は主に功利主義帰結主義の構図を脱却するもの)の必要性についての話。実証主義的経済学に与える厚生経済学の示唆について、特に公共哲学分野でよく引用される「ケイパビリティ(潜在能力)」論については強くは出てこず、「単視点の効用の測定はある点では有用であるものの本来の個人の豊かさを表す指標として適切ではないのではないか?」という指摘。この辺はケイパビリティが背景になっていて、選択肢や機会を奪われた人間は少ない幸福で満足するというもの。この辺、数年前に騒がれた(今もそうかな)低所得で満足することを強いるリベラリストネオリベラリズムであってますかね)たちに対する批判となると思います。あと人間開発指数のベースとなったのがケイパビリティの概念であることを知りませんでした。人に勧められるかっていうとぶっちゃけキツいですが、哲学の素地がある人が読むには適しているんじゃないかなとちっと思いました 近現代の倫理・公共哲学(コミュニケーションの哲学の域にもちょっと言及していた)も拾っていて、アッ規範倫理だけじゃない人やったんか....と認識を改めました。

 

9.個体発生は進化をくりかえすのか(倉谷滋)

個体発生は進化をくりかえすのか (新装版 岩波科学ライブラリー)

個体発生は進化をくりかえすのか (新装版 岩波科学ライブラリー)

  • 作者:倉谷 滋
  • 発売日: 2005/07/09
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

面白かった。100ページちょっとしかないし軽い気持ちで手に取れます。

鰓弓から耳が発生しているのは知っていたけど咽頭弓から甲状腺とか胸腺が発生しているのは初めて知った。初期胚は様々なのにファイロタイプで一旦似通ってまた細部の機能分化を遂げていくというの、非常にアナログというか、文字通り肉眼でそのものの「かたち」も見ていかないとわからないことがあるのだなあと思って面白かったです。

 

10.現代思想の遭難者たち(いしいひさいち

これほぼ漫画なので読書リストに入れるか迷ったのですが、内容的に十分解説本として差し支えない内容であったと思ったので入れました。『現代思想冒険者たち』という哲学のシリーズがあるのですが、それぞれの書籍の最終ページ(カバー裏だったかもしれませんが)にその哲学者にまつわるエピソードや思想に関する小ネタが仕込んであって、それをまとめたものです。なぜかヴィトゲンシュタインの扱いがひどいです(逸話が多くてネタに事欠かないキャラクターだからかもしれませんが)。

主要概念をもじって使ったりもされるので、哲学全体の概説本を読んだ後にどんな著者のものを知りたいのか、どういう思想の系統が気になるのか、といったときにこれを読むことで楽しく導入できるのかもしれません。これだけでなんとかなるものではありませんが...

 

所感

今回もこの10冊を読むのにものすごく時間がかかったのですが、何よりまとめるのをサボっていたために投稿が随分遅れてしまいました。最初の1冊目の登録日が2020.2ということになっているので、また半年以上かかったみたいです。ブログの投稿日時をみていると、1年間に大体20-30冊程度を読んでいるようです。その10倍近く読んでいた日々が懐かしいです...あの頃の熱意はどこへ... いや今も熱意はあるんですが、他のことをしなければという強迫観念じみた考えからなかなか本に手をつけることができずにいました。現在はまた図書館から10冊単位で借りるようになって精神が安定してき(笑)、自分は本があったほうが他の諸々も捗るのだということを実感しております。

では次の10冊までごきげんよう