毒素感傷文

院生生活とか、読書の感想とかその他とか

もっと読みたい人のためのおすすめ10選(601-700の中から)

 

1.謎の独立国家ソマリランド

学術書ではありません。

でもオススメ10選の『世界屠畜紀行』や『漂流の島』と同じような位置付け。学者ではない人のレポート、調査に至る体験が生々しくてすごく面白いですよね。

 

ソマリランドが意味するところがなんなのかは本編を読むと十二分にわかるんですが、要するに北部ソマリアの独立宣言済み未承認国家。でも南部ソマリア(国家としてはこちらが承認)の方が治安は酷くて、なんで民主主義政権が北で維持されてるのかとかそんな話を実際に現地に行って調べる話です。すんげえバイタリティです。

現地の人のパーソナリティ(いわゆる「国民性格」的な)が面白い、通話料がクソ安いのと本とかに載ってない話が多いからとにかく電話でその場で問題即解決する、ただし全然愛想はないし拝金主義、と全然「いわゆる」日本人とは合いそうになくて終始笑いが込み上げます。2009・2011年の取材が元なので、現状どうなのかはわからないけれども、ソマリアの内戦の話は基本的に氏族間紛争がガッツリ絡む上に解決方法も氏族間で行われてるから普通に叙述するだけでは理解できないし意図を理解できるような学術文献もないよっていうのがなかなか面白かったです。外から見えないものがある…

現地の人と打ち解けるにはカート(覚醒作用のある植物)をキメまくってハイにならないといけないらしく、ガンギマリで全然知らない国のセンシティブな情報集めないといけないの怖すぎではと思うんですけれども、それでしか得られない脳汁みたいなのありそう…とか思ってしまいました。めっちゃ分厚いですけれどテンポが良いのでスイスイ読めます。

 

 

2.芸術・無意識・脳―精神の深淵へ: 世紀末ウィーンから現代まで(エリック・カンデル)

認知心理・神経科学・美学にご興味がおありの方へ。

あの『カンデル神経科学』の監修、エリック・カンデルによる神経美学の本。1800年代後半-1900年代前半オーストリアの美術と精神・神経科学と心理学の発展の関連性についてまとめた大著で、その内容の分厚さ(もちろん物理的にも鈍器の如く分厚い)とは裏腹に非常に挑戦的な本でした。美術史におけるウィーン学派というものはグスタフ・クリムトに代表されるモダニズムが特徴にあるようです。写真機の開発が19世紀に進んだのもあり、「目で見たそのまま」よりも「何が強い印象・情動をかき立てるのか」に着目した画風の芸術家が取り上げられています。

500ページ超、5部からなる大著ですが、美術史各段階の心理学的意義と芸術にまつわる精神医学・心理学史の変遷にそれぞれ100ページ1部ずつ大幅に割かれているので、始原からウィーン学派の時代(つまり19世紀初頭くらいまで)の流れを知ることができます。

 

本書にまつわる前提知識として自分が持っていたのは、取り上げられたウィーン学派の画家の中ではグスタフ・クリムトエゴン・シーレのほんの数点の有名な絵のみです。特に後者についてはたまたま以前に映画を1本観ていただけでした。

 

時代背景を知らなかったので当時の政治や社会とシーレの関係を知るに留まったのですが、私自身は映画を観ることでシーレの作品そのものが好きになったわけでは全然なく、「めちゃくちゃ情緒不安定な人だな(失礼)」くらいの感想を抱きました。

シーレに対するカンデルの見立ては実に面白く、絵画の技法(たとえばモデルと自分を一緒に描くか否かとかその意味とか他の作家との類似点・相違点などなど)の特徴の解説のみならず、「なぜ見る者を不安にさせるのか」のような心理的な面に切り込んでいきます。神経科学の若干(以上)の知識が必要な内容ですね。

他の本で読んだ事前の知識だとアントニオ・ダマシオやヴィラヤヌル・ラマチャンドランの著作がありましたが、自己知覚や意識下・無意識下の認知システムと視覚特性の関連を使ってクリムトやシーレの絵画の特徴を説明してくれます。もちろん同時代・前後の時代の作者との比較も出てきます。

 

同書はカンデル氏のルーツを含めた集大成のような著作でもあって、あとがきでは、神経科学の研究に従事するか精神分析の臨床家でいるかという選択を経た著者の興味をまとめあげたものであると触れられていました。誰にお薦めできるのかと言われると悩みますが、「人はなぜ◯◯を好むのか」みたいな話を心理学(「脳科学」でもなんでもいいですが)の観点から知りたい人にはお薦めできると思います。あと単に絵画に「興味がある」人。好きかどうかというより、「なぜ好きになれないのか」にも興味をもつ人。

 

 

3.職業としての学問(マックス・ウェーバー

ギャーッ!耳が痛い!となりたいアカデミア人にオススメです。ドMか?

 

自己を滅して専心すべき仕事を、逆になにか自分の名を売る手段のように考え、自分がどんな人間であるかを「体験」で示してやろうと思っているような人、つまり、どうだ俺はただの「専門家」じゃないだろうとか、どうだ俺のいったようなことはまだだれもいわないだろうとか、そういうことばかり考えている人、こうした人々は、学問の世界では間違いなくなんら「個性」のある人ではない。こうした人々の出現はこんにち広くみられる現象であるが、しかしその結果は、かれらがいたずらに自己の名を落すのみであって、なんら大局には関係しないのである。むしろ反対に、自己を滅しておのれの課題に専心する人こそ、かえってその仕事の価値を増大とともにその名を高める結果となるであろう。ーマックス・ヴェーバー『職業としての学問』

 

なんともまあ耳の痛い言葉です。

こういう調子で学問をする人間の姿勢について内省と批判が続きます。それというのも、この本が上梓された時代には特に社会学政治学といった分野の学者が最早学究のための活動というより政治運動に参加していたから、というものでした。

己の仕事をきちんとせよという話ですが、この「学者が政治活動をするか否か」って何度も繰り返されている話で、例えばP.ブルデューの『介入』(1960年代からのブルデューの政治活動について)とか、昨今の社会学者たちの活動をみていても「する人もいて、しない人もいる」という状況がずっと続いているように思えます。どちらが学者としてあるべき姿なのか正直未だによくわかりません。

 

 

 

4.捏造される歴史(ロナルド・フリッツェ)

世の陰謀論にご興味がおありの方へ(そんなんいる?)

調査するのめちゃくちゃ面倒だっただろうな…と思うほどきっちりした本でした。

疑似科学批判の本は最近よく見るようになりましたが、擬似歴史を批判するのはかなり難しい。完全なるインチキではなく、まともそうな議論をチェリーピッキングしやすいからだとは思うのですが、話を広めた人の生い立ちや思想まで追っていて本当に執念の調査でした。著者本人が、「このテーマで書こうとしたことを後悔した」みたいなことを書いていて少し笑ってしまいました。

 

 

 

5.墜落遺体 御巣鷹山日航機123便(飯塚訓)

自分が産まれる前の話ですが、本当に悲惨な航空機事故で今もなおお盆の時期にはエピソードがお茶の間に流れる事件なので。

遺体の保管と遺族の同定について実際に関わった警官の手記です。一読の価値がありますが万人にはおすすめできないと思いこちらへ…

山崎豊子沈まぬ太陽』を読んだことがないのにまた御巣鷹山の航空機事故の手記を読んでしまった(なぜなのか)。本書は、1985年に起きた、(単機で)世界最多の死者数となった航空機事故での身元特定に携わった警察官による手記です。

現場の状況の委細がここまで克明に記憶されているのはなんというか凄まじいの一言に尽きます。あまりに忙しくて、かつ睡眠不足や疲労で記憶がなくなりそうなくらいだけど、後から時系列の仕事の記録や他の人とのやりとりなどで思い出すんだろうか。それとも細部まで忘れないものなんだろうか。

感情面のことも多く描かれているものの、携わった人々の仕事ぶりや実際の状況が詳らかにわかりやすく淡々と記載されている部分は職業柄もあるのかと思います。遺体の判別や分類法、記載法などふつう生きている人間を相手にしている職業とそうでない職業で差があるのも感じました。あとは「人間ひとりとして判定する主体」が心臓のある位置を含む胸部、というのが途中から意外に思えます。確かに航空機事故だと安全ベルト装着するし、下半身離断などは離断遺体としてとりあえず整理されると(他の部分と照合されてのちに一体になることはある)。

勿論混乱を防ぐためには普段の基準による整理がいちばん早くて正確なんだけども、つい「頭(それなりに顔と呼べるもの)があったら一体(ひとり)って数えたくなりそう」と思ったりしました。そういう問題ではないのだけど、なんか超急性期の外傷評価(胸部→腹部→頭部→四肢)みたいですね。

 

 

 

6.母親になって後悔してる(オルナ・ドーナト)

streptococcus.hatenablog.com

すごく印象的なタイトルだったのでAmazonの欲しいものリストに入れていたらご恵贈いただいたもの。

面白かったので一本ブログを書いており、詳細はそちらをご覧ください。

今、複数名の子をもつ母にならんとしていてもやはり後悔は特にないのですが、「こういう圧力の中でこういう虚無感を抱く人もいる」という事実は忘れたくないなと今も思います。

「タイトルになんらかのひっかかりを感じた人」こそ手にとって欲しいなと思います、私のように。

 

 

 

7.忘れられた日本人(宮本常一

この本、最近かのNHK出版『100分de名著』から解説がでたようです。気になる。でも本書自体もすごく難解な本というわけではないので、是非一緒に読んで欲しいなと思ったり。

農村・漁村の人びとの暮らしぶりやソーシャルネットワークについて詳らかに書かれていてとてもよかったです。

村の決め事をするときに直接民主制が採用されているのに驚きました。なんでもない話に脱線したりしつつ、なんとか上手く納まるまでに数日を要することもしばしばだとか。現代ではとてもできないことですが、「田舎」の良し悪しでなくこうした文化を知ることは土地のルーツを知る意味で重要なプロセスだと感じます。何よりそうした寄り合いに参加できる宮本氏の根気強さ、人びとへの丁寧さがなければできなかった調査だと思いますし、ただただ敬服するばかりです。

 

 

 

8.米国最強経済学者にして2児の母が読み解く子どもの育て方ベスト(エミリー・オスター)

育児書(?)なんだけど育児するための本ではないというか、育児するときに必要な意思決定に役立つデータを様々に集めた面白い本なので是非読んでみていただきたいです。

煽り文句は飛ばしていますが中身はいい本です。いい本というか、淡々としていて、根拠の薄いものと薄くないもの、強力に勧められるものとそうでないものが書いてあって何を取るかは育てる人にとって最適なものでいいよ、という内容でした。何よりこれが実体験と共に書かれているのは大切だと思います。子育ては実風景なしになかなか想像できません。そもそも環境の制約によって選択できるものから選択できないものまでありますし、別にできないものにこだわる必要はないのですが、巷間言われるものの中で根拠のあるものないものについてはっきり説明されているのはよかったです。いやそのために読むものなんですが。

例えば我が家ですと、ねんトレの効用は大きそうだけど我が家の環境じゃ無理だわとか、無理だけど大したデメリットでもないわとか、微々たるメリットよりどちらかというとデメリットが大したものではないことに納得する意味合いが強い気がします。あと、離乳食を親の食べてるものに合わせる方法があるというのはなかなか想定外でした(Baby led weaningというそれなりに確立された方法があります)。

あと書き方が微妙に笑わせてくるんですよね、おくるみの巻き方が難しいというくだりで、「簡単そうだ!たたんで、たたんで、おりこんで、微分方程式を解いて、また折り込んで、ほら完成!」間に小ネタチョイチョイ挟んでくるので、育児に興味ある方なら誰でも楽しんで読めると思います。

そんな感じの軽妙な本です。

 

 

 

9.連合赤軍あさま山荘」事件(佐々淳行

今回昭和の事件がちらほらあるな…?

突然のあさま山荘事件

wikipediaには結構詳しく事件の経緯(とそれまでの逃避行や仲間内の殺人事件など)がまとまっているのですが、警察内部の話は少ないので、この手記は主観ながら「当時の警察組織」の内容がわかって面白かったです。

てかキャリア官僚ってこんな前線に出てたんだな(異例だとは思いますが)。

 

 

 

10.インド 姿を消す娘たちを探して(ギーター・アラヴァムダン)

インド周辺諸国の近現代の産み分けのお話です。万人にはお勧めできないんですが...

昨今代理懐胎や子宮移植など、国内でも母体の倫理にまつわる話がたくさん出てきています。こちらはインドでの調査で、もっとえげつない話がポロポロ出てきます。「産まれなかった子どもの数」からわかることってなかなか恐ろしいものがあるなと思いました。

 

著者の綿密なフィールドワークにより得られたえげつない搾取構造の描写。想像を上回るキツさだったというか方向が違いました。身売りの話かと思っていたら、母体の人体収奪の話です。出生前診断により中絶させられるのです。

「ダウリー(花嫁の実家が嫁入り時に持たせる金品家財道具)」がどんどん家庭の負担になるのを忌避して、女児を出生すると新生児殺しをしていたのが診断技術の向上により生み分け(出世以前診断で女児とわかれば中絶する・させる)に変わったという話。昔は貧困の家庭がメインだったと思われていたのが、実は中〜上流階級でも恒常的に行われていて(出生前診断や人工中絶は高額なため)、統計的にどんな親の要素が子を中絶にはたらかせるかというと「母親が受けた教育水準」ではなくて、「母親の仕事の有無」だったのが興味深かったです。母親を罰しても当然母親自身が家庭の抑圧の被害者であるうえに価値観を刷り込まれているので女児殺しはなくならず、かといって教育水準の向上でも違法な中絶の取り締まりでも解決せず、「複合的な問題は解決しにくい」という一節がよくわかります。女児の減少は既に次世代まで影響している。

女性が貴重になると女性の価値が上がってダウリーが軽減されるとか違法な中絶がなくなるとかはなく、むしろ望まない一妻多夫のような、和姦やら辺境の土地の部族からの人身売買なんかが常態化して全然女性の地位は向上しないという話。女児出生数の歪みを指摘したのはかのアマルティア・センだったと。結局、女性やその家族にただ子殺しをしないよう教育するだけでは何も問題は解決せず、いわゆる「手に職」で自分自身を金で取引させない経済的自立を身につけ、婚後も他人に自分の体を使わせないという自己の価値の認識が必要だという話でした。まあそうですよね…

生命倫理(医療倫理・看護倫理)で訳本を読むと、異文化の人間がこうした中絶を望む母親にどう関わればよいかというジレンマを抱くという記述に時折出くわすので興味があって読んだのですが、なんというか一家庭の問題で片付かないんですよね。何より家庭が地域に密着しているゆえに差別を避けられない。「自分の体が自分だけのものである」って実は結構難しい問題だなと思います。規範的に語られるリプロダクティブヘルス/ライツの問題について、自分は個人主義(母体の意志尊重)的な考え方をしていたんですけど、これほんとに自由意志なのかなっていうのは疑問です。でもこれも押し付けがましい話ですしね。

 

 

選定基準

というわけで今回の選定基準はすごく曖昧で、オススメ10選に入れるかどうか迷った挙句入れ替えたり色々しました。全体的に血生臭い話が多い気がします。