毒素感傷文

院生生活とか、読書の感想とかその他とか

700冊読了記/100冊の中からオススメ10選(601-700の中から)

いつもの通り、10冊ごとの記録の抜粋をしております。後から書き足したいエピソードがあれば非引用で記載。ナンバリングはオススメ度合いではなく順不同です。

 

国外についての本色々

1.最悪の事故が起こるまで人は何をしていたのか(ジェームズ・チャイルズ

いきなり万人にお薦めするようなものでもないような気がするものが出てきてしまったのですが、面白かったので。

「多くの人に影響するような」事故がどのような機序で起こるかを事故検証と共に振り返る本です。

ガワンデ『あなたはなぜチェックリストを使わないのか?』、ノーマン『誰のためのデザイン?』がヒューマンエラーをシステム面・ハード面から改善する話であったのに対して本書が解説するのは重大事故のメカニズムで、人がどのようにフェイルセーフをすり抜けるのかなど事例ごとに解説します。

原発、自動車、航空機、石油の掘削リグ、スペースシャトル、建築物等で起こったヒューマンエラー(と、それを重大事故に繋げるようなものの仕組み)がわかるので別業界の安全管理が垣間見えて面白いです。医療事故は(比較して)規模が小さいので今回は出てきません。時間的プレッシャー、人間関係や権威の圧力、蛮勇を奮いたがるパーソナリティ(による意図的な規則の無視)、正常性バイアスあたりが人間要素で、システム要素は「そもそも何が起こっているかモニタリングでしか知ることができないほどデカい」というのがありました。原発が最たる例ですね…

安全に動いている間はそもそも何が危険であるのかわからず、ある特定の条件で計器が狂った場合に別の事象を意味してしまうとかどうやったら防げんねん感がありますが、そこで人間要素に還すといつか失敗するのでやっぱりハード面いじるしかないですねという気分になりました。

文章が結構読みづらいんですが、災害対策とか危機管理とかお好きな方は面白く読めるんじゃないでしょうか。

 

 

2.ルワンダ中央銀行総裁日記(服部正也)

これは当時書いた感想が一番ノリにのっているかもしれない。

面白かったです。これよくタイトル見かけるので一度読んでみたかったのですが(n冊ある心の積読のうちの1冊)、再ブレイクしたきっかけは出版社の新入社員によるオススメだったそうで。確実にこの100冊の中のオススメ10選に入れられると思います。

ところで他の人の感想探してたら「まるで異世界召喚俺TSUEEE」って書いてあって笑いました。確かにそうだよな、いやそうなんだけど中央銀行総裁が自分で帳簿つけるところから始めるのマジで初期装備ゼロで能力値カンストのキャラクターっぽさがあります。

 

日銀勤務歴20年、その他東南アジアなどで中央銀行業務援助の歴のある著者が、1960年代半ばIMFの要請でアフリカ内でも最貧困国であったルワンダ中央銀行総裁として財政再建をした際の手記。金融や経済の詳説がきちんとなされるので、その方面に暗い私には少し大変でしたが、著者による概説がなされているのである程度の方針(なんのためにやるのか/やっていたのか、それによりどんな効果がある/あったのかなど)がわかります。なので安心して読んでよいと思います。著者の一貫した姿勢として「ルワンダ国民による財政」に向けた援助に心を砕いたことが記されており、単なる技術指導ではなく、現地のニーズの調査のため大統領から市井のひとまで非常に広く人と話したとあります。そこには、建国当初から外国人顧問や外国人技術援助、外国人商人による寡占がなされ、本来ルワンダ国民のために国民自身の手で行われるべきことが行われていなかったという背景がありました。著者が行ったことはルワンダ国民(大臣レベルから民間人まで)が「外国人に唯々諾々と従うだけでなく、自分にもできる」という自信を持つことへの支援だったともいえます。同時に国内外への交渉術も長けており、様々なステークホルダーを懐柔しつつ問題をクリアする様はまさに「異世界転生」かも。

あと「外国人商人や外国人顧問はのさばっていたが、政治的腐敗はなかった」と簡単に書かれているところが他の経済的に困難な国と事情が異なる点だったかもなあと思います。事実、大統領のカイバンダ氏が国民の福祉を至上命題としていたことで援助の方針が決まっているので、こうでなければ違う結果になっていたのであろうなあとも思います。現地民の能力(教育の未熟ではなく生得的なもの)を無意識に低く見積もるな、金融政策のための政治ではなく政治のための金融政策をせよ、等々カッコイイ命題がいくつも出てきます。ある種のフィールドワーク的な部分を、ご本人は無自覚にやってこられたように思われます。

なお、この方はもちろん学者などではないので、公正公平かつ客観的な視点ではなく、カイバンダの後の評価なども高いものではないなどの指摘があります。あくまで手記として楽しむ範囲であることを申し添えておきます。

 

 

 

3.世界屠畜紀行(内澤旬子

この本もすごい熱量でした。

入ることが難しい環境での参与観察+フィールドワークで、カメラも持ち込めない、さらに関係が出来上がらないと絵を描いたりコミュニケーションをとったりすることも困難ななかでの記録で、一読の価値があると思います。数字などのデータだけではわからない生身の肌感覚を知ることの大切さが伝わってきて、研究成果を読んでいるわけでもないのにほぼそれに近いものを感じます。

 

この本はとてもよかったです。

先に書いておくと、この本はあくまで主観による観察であって研究ではありません。

ゆえに、著者の意見やそのときの感情、それに伴う感想など主観的情報がとても多いです。私が普段読む本からすると相当な雑音であり、結構読むのが大変でした。でも今回はそこも含めて良かったと思います。

著者が手ずから集めた資料、インタビュー、どれもとても貴重なものだし、もしかすると研究という関わり方ではインフォーマントに嫌厭されてしまって得られなかった情報もたくさんあるかもしれないと思わされる記述です。それくらい仔細でした。

この本1冊刊行するのに一体何千時間使ったんだろうというくらい中身が濃いです。屠畜に関する文化と、そこに対する差別感情(差別がない場合はその仕事に対する受け止め方)の調査だけども屠畜に関する制度や、作業場がどこに置かれるのか、伝統的な方法と現代的な方法にどこまで差があるかなど複数の国の文化について触れられています。あと絵が細かい。

すげーのひとことです。

 

 

 

4.アウシュヴィッツの図書係(アントニオ・イトゥルベ)

今回の10冊の中で唯一の小説(実話ベースですが)です。

ホロコーストにまつわる子どもの手記といえば圧倒的に有名な『アンネの日記』がありますが、こちらは実話を元にした物語。のちに『塗られた壁』なる作品の作者の妻となるひとが主人公です。たった8冊、見つかれば処刑の「図書館」についての話です。

収容所での人びとの役割、振る舞いなど克明に描かれています。『アンネの日記』が収容されるまでのひとの物語だとしたら、こちらは収容所で生き延びる物語なので、ある種双璧ともいえるのではないでしょうか。寡聞にして私はこの本を知らなかったのですが、実話をもとにしたフィクションの中では相当に精度の高い部類かと思います。100冊の中でもお勧めできる物語です。

 

 

公衆衛生から2冊

5.FACTFULNESS(Hans Rosling, Ola Rosling)

国境なき医師団での活躍の経験がある著者が、実際の疫学統計データを元にして書いた「メタ的にデータを読む方法」のような本。著者の医師としての経験を交えて書かれているので、読みやすいと思います。公衆衛生とはなんぞや、異文化で活動するとはどういうことか、みたいなのがわかってよいです。

因みに私は原著で読んだんですが、普通に訳書があります。本屋さんでも未だに表紙見せで並べられていたりするので、既に読まれている方も多いかもしれません。

めちゃくちゃ珍しく(初めて?)原著を読みました。邦訳が出たとき少し有名になったのでご存じの方もおられるかと思います。

先進国で教育を受けた人たちの貧困に対する先入観、誤読ってめちゃ多いよね?ちゃんと見よ?という話。章ごとにまとめもあってとても読みやすいです。なんというか、入試に使われそうな文章でした(失礼)。

 

しかし、「最貧困国の衛生状況は19世紀後半の先進国と同じくらい」とかそういうの、「現代なんだからさあ…」みたいな気持ちにはなりますね。物差しをたくさん持つことは大切だと思うんですが、みんな現代に生きているので…と感じる箇所がありました。

 

 

6.医者 井戸を掘るーアフガン旱魃との闘い(中村哲

公衆衛生系第二弾。こちらは日本の医師の方です。ご活躍の内容もさながら、亡くなられた経緯が衝撃的だったので、報道で存在を認識された方もいらっしゃるかもしれません。

現地の人とコミュニケーションをとり、根回しをし、地理的な特性や人口などをモニタリングし…という、医師と土木技術者の間のような仕事をされています。

アメリカによるアフガニスタンへの報復戦争の裏側で医療支援を行っていた医師の記録。本当に八面六臂のご活躍をされていますが、2019年に過激派の凶弾で斃れられています。なんとも苦しい結末です。

 

アフガニスタンでの医療を行うにあたり、そもそも清潔な水の供給どころか農業用水生活用水あらゆるものが枯渇する旱魃に見舞われることが予想され、それどころではないと水源確保に奔走された記録です。短い感想しか書けませんが、一読の価値があります。

 

そのほか

7. 〆切本/〆切本2(アンソロジー

 

 

様々な文豪その他が独白し、自己嫌悪に陥り、「こうなったら書けるのにィ…」みたいな話をしています。昭和の文壇が多くの対象になっているので、当時の娯楽が雑誌・新聞であったことがよくわかる内容でもあります。現在はテレビやYoutube、ネットに取って代わられたような娯楽を背負っている側面もあったわけです。それに反発する「純文学」もありますが、そうした純文学は一朝一夕にはできないのであくまで大衆文学として「売文屋」に身を落とす...という構図があるのがわかって興味深いですね。

編集の待機に怯える。言い訳の電話をする。言い訳がきかなくなる。さらにはホテルに缶詰めになる。缶詰めにされたホテルから逃げる。

本業のみならずTLのオタクたちの同人活動とかにも多大に刺さるものがありそう(刺すな)。

昭和だけの話でもないので、途中に現在東大教授の松尾先生のお遊び研究『なぜ私たちはいつも締め切りに追われるのか』も〆切本2の方に掲載されています。pdfでも無料で読めるので是非お楽しみください。真面目な形式なのかと思いきや中身が完全にネタなので、論文という形式に慣れない方にもお楽しみいただけるかと思います。ちなみに私はこの計算式を検証する能力がないので、妥当かどうかどなたか教えてください。

 

 

なぜ私たちはいつも締め切りに追われるのか(松尾豊)

http://ymatsuo.com/papers/neru.pdf

 

以下サマリーです。

"研究者はいつも締め切りに追われている。余裕をもって早くやらないといけないのは分かっている。毎回反省するのに、今回もまたぎりぎりになる。なぜできないのか?我々はあほなのだろうか?本論文では、研究者の創造的なタスクにとって、締め切りが重要な要素となっていることを、リソース配分のモデルを使って説明する。まず、効率的なタスク遂行と精神的なゆとりのために必要なネルー値を提案した後、リソース配分のモデルの説明を行なう。評価実験について説明し、今後の課題を述べる。"

 

 

 

8.死体格差 解剖台の上の「声なき声」より(西尾元)

法医学教室の教授の手記。

私も記憶に残っているのですが、高齢の母と2人暮らしの娘(といっても中年)が車に轢かれ骨盤骨折したあとも自宅で寝たきりで過ごし、失血で亡くなったという事例が出てきます。結果として背景にあったのは本人のアルコール依存であり、轢かれたのは禁止されている酒を買いに行くための外出だったから、というなんとも後味の悪い話なのですが。

 

上記のようなケースを含め、背景に貧困や複雑な家族背景を有する事例があることを訴えたくて書かれた本なのだそうです。

病理解剖は盛んですが、司法解剖となるとなかなか扱っている教室も少ないので貴重な手記だと思います。

 

 

鳥の話

9.鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。(川上和人)

なかなか狂気を感じる鳥類学者の方のエッセイ(?)です。テンションが高い。あと「外に出たくない」と常々言っていて笑ってしまいます。

 

「研究者とはいかなる生態か」みたいな話も含まれているので、研究に馴染みのない方にこそ読み甲斐のある本だと思います。いわゆる一般向け学術本のさらにライトなやつです。種類としては前野ウルド浩太郎氏の『バッタを倒しにアフリカへ』がかなり近い部類です。

 

本書は鳥の生態保全から島嶼の鳥の分布の歴史などから調査方法、著者のスケジューリングまで様々な「研究活動」全般に目を向けたものなのですが、一般人向けなのもあって?とにかく書き口が軽妙です。調査出かけたくねえとか耳に蛾が入ってサイアクとか調査結果発表し忘れてたら別のグループに発表されてしまったとか(これは軽妙ではない…)。

 

 

 

10.漂流の島: 江戸時代の鳥島漂流民たちを追う(高橋大輔

テレビ局のディレクターが、鳥島への熱すぎる興味のために仕事辞めて鳥島調査に行く話。

後にも出てくるけど、鳥類学者でさえ無人島の生態系保全のためになかなか立ち入れない島がある中、一般人がここまでつてを作っていくのは本当に大変だったろうなと思う(大変だったという記載がある)。

 

この本の話、NHKでドキュメンタリーを組まれていたとのことで興味を持って買ったのだけど、「テレビ局で特集を組まれる」というのがそもそも著者の本望でもあったのでそこはある種の達成なのかなあとか思いました。ネタバレを言ってしまうと、調査困難となり途中終了となってしまうのですが、それでもこの無人島の歴史学的なところを繙いたのはこの人の功績ではないでしょうか。

私は僻地や無人島、無人村(廃村)の歴史が好きなので燃えました。

 

 

 

700冊読了記

長かった100冊がようやく終わりました。

前回の記録を見ると、読了記事は2021/5とのこと。3年以上かかったようです。

前回はM2で第一子の妊娠前だったようですが、今回は第一子どころか第二子の出産直前となっておりなんだか隔世の感があります。転職もしました。あと引越しも2回しました(しすぎ)。

 

そんな中でちみちみと読書を続けてきて、そういえば読む本の種類が今回の100冊は今までと少し異なったかもしれません。正規の院生の間は図書館で借りたものを郵送してもらって読んでいたのですが、今は民間図書館に出入りしており、誰かの寄贈したものを中心に読んでいます。もちろん購入したりして物理積読になっていたものもありますが。

 

100冊読破にかかる時間が絶対的に増えているのを鑑みると、もっと若いうちに(?)たくさん読むべきだったなあと思う反面、今も今で十分楽しく密度のある読書体験を続けられていることにも幸福を感じています。

そういえば、『なぜ働いていると本を読めなくなるのか』みたいな本ありますよね。あれも読むか。

このようにして読みたい本は無限に増えていくので、幸せなことだなあと思います。というか691-700の10冊の記録も書けていないのでまずはそこから。忙しい忙しい。

読書記録書いてないで論文書けと言われそうですがまあそれはそれ、これはこれ。