毒素感傷文

大学生活とか、読書の感想とかその他とか

放送大学2019年度後期授業評

今回は学部の選科履修生(後期)に併せて修士科目生(半期)をしていたので、両方の感想と結果を書きます。

学部

心理と教育コース

心理学実験2(面接授業)ーA

久々の面接授業です。前期の申し込みが手違いでできなかったので後期に回ってしまいましたが、これにて無事単位獲得が終わったので認定心理士の手続きに入れます。

 

社会と産業コース

教育社会学概論('19)ーA〇

至って普通の授業(普通の?)だったかなあと思います。

教育社会学系の本をもともとちょこちょこ読んでいたのと、学生の時の教養科目で教育学があったのを思い出してとりました。あと将来的にちょっと役に立つ可能性があるのとで。

法学入門('18)ーC

再試験になってしまっていたのでちゃんと受けました、合格していました(ギリギリだけど)。

法学ちょっとやらないかんと思って、興味も相俟ってとったのですが、満遍なく法の歴史とか国際的な違いとか知ることができていい科目だったと思います。

マーケティング論('17)ーC

これも再試験の雪辱を晴らしました。あんま興味がある分野ではなくてつらかったんですけど、エキスパート『データサイエンス』のために泣く泣くとりました。悪くはない授業だったのだと(他の授業のアレっぷりを見て)気づきました。

経営情報学入門('19)ーA

失礼ながら今期のベストオブクソ授業でした。

興味があったので受けたんですけど............マーケティング論で十分でしたね、マーケティング論のほうが資料・参考文献共に充実していましたし根拠もはっきりしています。

経営系の授業、当たりはずれ大きいかもしれません。情報学系の科目は他にもいいのがたくさんありますし(『データの分析と知識発見』、『コンピュータと人間の接点』など)。

社会福祉と法('16)ーA〇

これも持ち込み可だったんですけど、いい授業だったなと思います。『社会保険のしくみと改革課題』とちょっとかぶるところがあります。看護の学位のために取っています。

 

人文コース

経験論から言語哲学へ('16)ーA〇

いい科目だったと思います。持ち込み可。イギリス経験論は自分はヒュームとアダム・スミスくらいしか知らなかったんですけど、知識の哲学だの道徳の基礎付けだのはこの辺が功利主義とつながりが深いのでやってよかったなと。言語哲学方面はもともと英米分析哲学への流れに興味があったので、分野的にももともと重点的に知りたいところでした。

 

情報コース

データの分析と知識発見('16)ーD

ええ...落としたんかい...(努力不足)

持ち込み可で普通に答えたつもりだったんですが何があったのか。

数値解析よりよほど出来は良かったと思うのですが...来期からは新しい20年度版になるようなのですが、とりあえず再試験頑張ります...。

エキスパートプラン『計算機科学の基礎』の選択科目、『データサイエンス』の必須科目なのもありましたが、教科書の内容的にも非常に充実していて今アツい分野だなあと思うなどしました。統計と名のつく科目だけでなくこっちもとったほうがいいと思います。

数値の処理と数値解析('14)ーB

えー色々難しすぎました 力学系の計算とかに使えるんやろなあと思うんですが自分にはめちゃハードル高くて死ぬかと思いました(実際死んだ)。

持ち込み可能なのに受かった気がしなかった(受かってしまったが)。

線型代数使うのでそりゃ入門線型代数落としてる人間が苦しむのは当たり前なんですけど、ベクトルとか行列の計算の練習していたので次回の勉強のためにも要るなあと思っています...難しい...

エキスパートプラン『社会数学』『計算機学の基礎』『データサイエンス』いずれの必要科目にもなっているので(特にデータサイエンスは必須科目)、ちょっと前進しました。

 

自然と環境コース

入門線型代数('19)ーD

教科書半分くらいわかってないまま当然のように落としました

やる気なさすぎですね、着手が遅すぎたのもあるんですけど。入門微分積分のときと同様、前提になる行列をまったく知らないまま履修したのでまずそこからでした。

Aレベルを最低限理解したいなあと思ったんですけど...次回も頑張ります.........

エキスパートプラン『社会数学』『計算機科学の基礎』のための科目だったんですけど次回に持ち越しです。

 

大学院

オンライン授業を取ったことがなかったのと、筆記試験は学部の科目で手一杯かなあと思ったのでオンライン科目をとりました。すべて看護師の特定行為共通科目に相当します。特定行為にそこまで興味があるわけでもないのですが、単に知っておきたいという興味もありまして。

知っている

統合医療安全・特定行為実践特論('19)ーA〇

一番レポート課題が不明瞭な科目でした(質問箱に若干いちゃもんつけてしまった)。医療安全に関しては既知の知識も多いですが、法的根拠等が説明される章もありました。

統合臨床病態生理学・疾病概論('19)ーA〇

解剖生理と病理の復習です、以上。難しくありません。

臨床薬理学特論('17)ーA〇

学生時代に学んだ薬理だけでなく、投与方法(調剤による変化・配合変化)とか妊婦・授乳婦への投与、薬物相互作用に関して結構詳しく学べてよかったと思います。レポート課題が一番勉強になった科目です。

 

所感

こうしてみると、今期授業取りすぎでした。

しかも、これに加えて院試を受けていたので結構気持ちの余裕がありませんでした...

前期もまあまあハードに授業受けたし、今はもう仕事が楽だし、できるだろうと思っていたのですがなかなか難しい部分もありますね。

 

目標達成度

資格関連

1.看護学士 〇

年度が始まった時点で残り3科目だったのでもともとかなりよい見込みだったのですが、単位の要件を満たしました。学修成果として1万字程度のレポートを作成する必要がありますが、これに関してはそこまで苦にならないと思います。

2.認定心理士 〇

今期の面接授業のみを残していたので、こちらも要件を満たしました。申請するだけでOKです。

この辺はほとんど見込みがあったのですが。

 

エキスパート関連

全部×やんけ!と言われそうですが、この1年を通してみるとあと1歩のところまで詰めてこれたなあと思います。去年の年度末には残り1年ではほぼ確実に取り切れないであろうと思われていたので、見通しから大きく外れてはいないと思います。

1.社会数学 △

この1年で2科目とって、残り入門線型代数だけになりました。最短来期じゃないと困る。

2.計算機科学の基礎 △

今期で5科目追加でとりました。残りは入門線型代数とデータ分析です(どっちも再試...)。これも最短来期じゃないと困る。

3.データサイエンス △

必須科目2科目埋めて、残りはデータ分析とデータベースだけなんですが、来期の授業がデータベースと入門線型代数の再試験がかぶってしまうので泣く泣く延期です。

最短来々期。

 

来期取る授業

院試に受かったので来期からは修士全科生+選科履修生(データベースはいずれにしても後期になるまでとれないので1年間...)です。

大学院科目

試験日程が2日間しかないので、都合上こんな感じになりました。これで、

今期とった授業と合わせて卒業に必要な単位はすべて満たすことになります。

共通科目

研究指導

アカデミック・スキルズ(’20) オンライン科目

生活健康プログラム

精神医学特論(’16)

ヘルスリサーチの方法論(’19)

福祉政策の課題('18)

人間発達プログラム

心理・教育統計法特論(’15)

教育文化の社会学('17)

社会経営プログラム

都市社会構造論(’18)

公共政策('17)

公共哲学('17)

社会的協力論('20)

 

学部科目

新しくとる科目

記号論理学('14)

再試験

入門線型代数・データ分析と知識発見

 

というわけで次回も頑張りましょう。

100冊読破6周目(41-50)

1.数学ガールの秘密ノート/数列の広場(結城浩

2.数学ガールの秘密ノート/(結城浩

3.数学ガールの秘密ノート/(結城浩

試験が近づくとお世話になっている数学ガールの秘密ノートシリーズです。

今回は放送大の『入門線型代数』を受けるために事前の知識がなさすぎたので、ベクトルからやり直しました。数列は...なんかだいぶ前に買っていたからですね。

おそらく大学数学をやり始めるときもそうなんじゃないかなあと思うんですけど、ベクトルと行列を順番にやると頭が混乱しなくてわかりやすいです。自分は高校生のときに行列をやらなかったので、復習ではなく新規の単元ですが。

お勧めかどうかはイマイチ判然としないのですが、数学がもともとできる人は数学ガールの秘密ノートシリーズはパラ読み程度でいけるんでしょうね...会話形式のほうが読みづらいとおっしゃる方もおられますし。自分の場合は、行列の積やら基底やらの話になってくるとだんだん放送大の教科書が難しくなってくるので、数学ガールの秘密ノートに戻って読んだりしていました。

けれども、統計・微分積分に加えて今回もそこそこ楽しく数学に親しむことができました。数学苦手人間にはいいんじゃないかと思います。

 

4.珈琲の世界史(旦部 幸博)

珈琲の世界史 (講談社現代新書)

珈琲の世界史 (講談社現代新書)

 

『コーヒーの科学』に続く第二弾。

前作がコーヒーの成分・製法・分布や品種についての話だったのに対して今回は開拓や文化とともに伝播する話です。自分はコーヒーの話でしたら世界史とか文化のほうが好きなので、楽しんで読むことができました。

 

5.現代倫理学入門(加藤尚武

現代倫理学入門 (講談社学術文庫)

現代倫理学入門 (講談社学術文庫)

 

手に取ってはじめて知りましたが、過去の放送大学の教材であったようです。そのためか、各章ごとにまとまっていて非常に読みやすくウェイトとしても初学者に易しい本でした。現代の倫理というと義務論vs功利主義の構図がぱっと思い浮かぶのですが、そこに至るまでも含めて解説されているので、ピーター・シンガーの『功利主義とは何か』よりも網羅的であるように思われます。そこまで前提知識も要さないかもしれません。

 

6.美術史(ダナ・アーノルド)

美術史 (〈1冊でわかる〉シリーズ)

美術史 (〈1冊でわかる〉シリーズ)

 

A Very Short Introduction<1冊でわかる>シリーズのうちのひとつ。人からいただきました。著者本人が最初に通告しているのですが、美術の歴史においてたとえばどの技法が流行った廃れた、画材はなんだみたいな話はしません。あるのは象徴的に使われているコンテンツが何かとか、表象の表れ方や操作され方など、どちらかといえば抽象的なほうです。なのでこれを読んだのでなにかわかるかといわれると特にわかりません(ちーん)

強いて振り返るならば、著者は女性であり、フェミニズム的な表象(あるいは阻害された女性表象)について指摘している箇所は鋭い目線であるなと思いました。

 

7.スナックの言語学: 距離感の調節(中田梓音)

スナックの言語学: 距離感の調節

スナックの言語学: 距離感の調節

  • 作者:中田 梓音
  • 出版社/メーカー: 三元社
  • 発売日: 2019/10/11
  • メディア: 単行本
 

めちゃ推しの1冊です。ポライトネス(訳が難しいのですが、寛容とか他者への配慮とでも言いましょうか)な関わりと、その前提にあるface threating act(FTA; 恥をかかされる恐れのある振舞い)をスナックのママがいかにかわすか、客とどのような距離感をとることで『常連』になるのかといった話を非参与観察ないしインタビューし、それに基づいてなんと著者本人がスナック経営するという実践を博論にまとめられています。言語学の質的研究において、ポライトネスについてなどの研究はあるものの実験的なものにとどまり、継続的に自然なコミュニケーションを追ったものは少ないとのこと。著者の熱意と、フィールドワークにあたって多大なる苦労があったことが偲ばれます。

スナックは物理的・心的に相当な閉鎖空間であり、そんな場所だからこそ寛ぐことのできる人たちがいます。彼らと付かず離れず、常時にこにことしながらある程度の礼節を保ってもてなす技術について、談話分析を行うのは読んでいて非常に楽しかったです。水商売の話術といえば、ビジネスのハウツー本としてありがちですがこれをシートに落とし込んで、振り返りながらインタビューを客と接客者双方に行い、抽出した要素を実験者自身が行なった結果も書き起こす。気の遠くなるような作業であり、またそれによって得られるものこそが質的研究の醍醐味なのだなあと思いました(勿論量的なものを貶す意図はありません)

コミュニケーションそのものは非常に多岐にわたる分野から研究対象とされており、今回のように談話ともてなしに関する質的なものを哲学・文学から導くものや社会学言語学から示すもの、認知科学神経科学・情報科学から扱うものもあります。そんな中で、場に飛び込んで「今ここ」を記録し実際にやってみる、なかなかいずれの方法でも選べるものではないと思います。記憶に頼ったり計測に頼るものは多いです(勿論談話分析だってレコードはしますが)が、これにより主観的な補正がかかってしまうのを、場の再現によって減らします。扱う内容の面白さもさながら、接客態度の個人差や本人自身の経験を活かしているところを談話分析できるのを著者自身が楽しまれていたであろうことが伺えます。非専門家、または非言語学分野の方にこそお勧めできると思います。

あと、表紙の写真は横浜・野毛ですが、フィールドワークの場所は京都・祇園です。自分は京都在住であることもあり、土地になじみ深かったため、ありありと想像できて楽しかったです。

 

8.言語哲学―入門から中級まで(W.G. ライカン)

言語哲学―入門から中級まで

言語哲学―入門から中級まで

 

これ1冊で入門から中級をカバーするのは無理です という感想。

というかこれは中級だと思うのですがいかがか...

自分が今まで練習してきたフィッシュ『知覚の哲学入門』、放送大学教材『経験論から言語哲学へ』をはじめとするその他もろもろの分析哲学系のうち特に心の哲学を避けたもの(あれはあれで奥が深すぎるので)を比較考量するのですが、序盤の記述による事実の違いとかラッセルのパラドックスとかこれは初学者には無理では...となります。

後半の言語使用の観点のほうが、むしろ日々の生活世界における言語使用と一致していて読みやすいかと思われます。

 

9.誰の健康が優先されるのか――医療資源の倫理学(グレッグ・ボグナー  イワオ・ヒロセ)

誰の健康が優先されるのか――医療資源の倫理学
 

面白かったです、おすすめできると思います。

医療費の高騰が叫ばれる昨今ではありますが、では人ひとりの命は地球より重くてよいのか、かといって金がないからと死を選択するようなことがあっていいのかという表面の議論から抜け出すためによい本だといえると思います。

QALYの計算については自分も以前より知っていたのですが、DALYについては本書でようやく概観を知ることになりました。

キャス・サンスティーン『命の価値』もこれに似た本なのですが向こうはむしろ政策よりで、こちらはあくまで「医療資源」に限った分配を前提としています。とくに倫理と経済の鬩ぎあいについては、「最適な点は存在すると思われるものの反対に遭って落としどころがこうなった」みたいなくだりもたくさんあって、実例に富んでいます。

それから本書の中では、福祉政策によって補われなければならない観点については触れません。すべてが費用便益分析によって算定されてはならないという線引きもまた非常に納得できます。

 

10.原因と理由の迷宮(一ノ瀬正樹)

原因と理由の迷宮 (双書エニグマ)

原因と理由の迷宮 (双書エニグマ)

 

うーんあんまりよくわからなかったです。楽しかったのはソライティーズの話くらいか...?確率と主観の話にはいったときにモデリングの不適切さがどうしても浮かんでしまい、歴史認識の事後確率とかラプラスの悪魔みたいな話ちゃうんかと思ってしまいました。

因果論について知りたいならば別の人の『因果論の超克』のほうがよかったかもしれません。自分の不勉強で読めない箇所ばかりであるのも勿論そうなのですが....

興味の変遷とか読書への動機とか

「なぜその分野に興味を持ったのですか?」と時々訊かれることがあるので、メモを兼ねつつリストアップすることにしました。

とくに、大量に本を読み大学で単位を取りまくるという奇怪な行動についてはその志向性と動機を不思議がられることがありました。そこで、興味を持つまでの各ルートと大きな影響を与えた本、放送大でとった科目を紹介し…ようと思ったのですが、放送大は科目が多すぎるので、「エキスパートプラン」という大学独自のコース横断カリキュラム(目的に合わせて授業をある程度体系立てて取りたい人向けのパッケージ)のみ添書きします。

 

時系列・経験のルート

小学生~中学生くらい

「あなたはだれ?」「世界はどこからきた?」という問いをぶつけられ、西洋哲学の基礎部分の曖昧な知識・見方をもつようになりました。普通の読書だったので、この頃以降に哲学に関連する本も読んでいませんし、その他はファンタジーや漫画ばかりでした。
 

中高生~専門学校入学前くらい

部活ばかりしていたので、あまり具体的な書籍・分野には触れていませんでした。趣味の範囲でのことで、写真の構図やウェブデザインについて考えていることが多かったのはこの頃の特徴です。この時期に特別何かしたわけではありませんでしたが、10代から次第に芽生えてきたデザインへの興味、空間認識や知覚への興味がのちの読書に反映されていると思います。
ちなみに、高校の時にはウェブデザインをしたかったのですが、諸事情により断念しました。それ以降特に直接専門分野として触れることはありませんでしたが、趣味としての写真は続けました。結果的に街歩きをしてスナップを撮ることが増え、都市社会学や建築に興味を持つことになります。
 
また、このあたりで哲学の各分野への興味が少し含まれるようになりました。
そのほかに、中学生くらいのころから「正義とはなにか?」「公平・公正とはなにか?」と、自問自答していたような気がします(明確な答えは勿論導けないものの)。鷲田清一氏の専門の中に臨床哲学が含まれることはまだ知りましんでした。メルロ=ポンティを専門としていたことも。
 

専門学校在学中~勤務開始、100冊読破を始める前後まで

看護理論を学ぶにあたり、そのもととなった概念や引用・参考文献に興味をもつようになりました。
 これ以降は哲学の分類へ。
 これ以降は社会科学の分類へ。
 
また、東京に遊びに行くようになったり、就職を機に転居して、街の雰囲気の違いや人間の回遊行動、記号の認識や社会格差などに興味が深まりました。Twitterの詮無いバズツイートやアカウント同士の口論もきっかけにはなったと思います。

などの分野に興味をもちました。これについても後述します。

 

その他趣味で読んだもの

    1. リチャード・ドーキンス利己的な遺伝子』有名だったので読んでみたかった。意思決定理論に興味を持つきっかけに
    2. ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』『文明崩壊』『昨日までの世界』先頭から2作は自宅にあったので読んだ。文化の多様性とその拡散、異なる文化の他者の合理性など
    3. 『システムのレジリエンスレジリエンスという語に惹かれてAmazon適当に買ったら見当違いの内容だったけど、面白くてハマってしまった。安全管理に興味を持つ
    4. ジェイムズ・グリック『インフォメーションー情報技術の人類史』情報理論情報科学に興味を持った
    5. ティーブン・シャペル『法と経済学』なんとなく目についた分厚い本を手にとった。哲学の自由論・功利主義と近い内容で、興味をもった。あとはサンクションとかハームリダクションといった概念、刑罰の必要性(または不要性)、有害性についても
    6. D.A.ノーマン『誰のためのデザイン?』知覚心理学認知科学分野に関わりが深く、のちに認知心理・危機管理に興味をもつきっかけになった
    7. ダグラス・ホフスタッター『ゲーデルエッシャー・バッハ あるいは不思議な輪』奇怪な本だった。のちに意識の哲学を含む分析哲学言語哲学言語学に興味をもつきっかけになった
時期的に、2は一部100冊読破を始める前に読んでいました。1の本が刊行40周年記念で再度話題になり、無理をして読んだのがきっかけで、もっと挑戦したいと思い100冊読破をはじめることにしました。仕事が多忙であったため、ノルマや時間制限は設けていませんでした(今もですが)。
 

ボトムアップの興味・関心

情報科学・数学

中高生から数学が苦手で、専門学生以降は統計に苦心した覚えがありました。自分が手をつけたなかではもっとも優先度が低かった領域で、興味1-2割、残りは義務感です。途中で意思決定理論に興味を持ったため、ベイズなどからモデリングに興味をもち始めています。

最終的にこんな分野に絞られていきます。

統計は実用含めて理解したかったのと、のちに行動経済学に興味を持ったから。高校数学ー大学教養レベルの数学は、単に理解したいと思いつつもやり残していたから。あと、放送大学で適した授業があったので。自然言語処理は、言語学に興味を持ったから、という流れです(後述)。

きっかけになった本は、先述の『インフォメーションー情報技術の人類史』に加えて

  • アレックス・ペントランド『正直シグナル』コミュニケーションの認知科学領域
  • イツァーク・ギルボア『意思決定理論入門』advanced care planningに興味があったのだが、意思決定にという言葉に惹かれて読んだら完全にベイズですありがとうございしまた

特に後者は統計の中でも認知に関わるもの、事後確率やバイアスといった分野に深く興味を持つきっかけになりました。あとはTwitterでフォローしている人がなぜか情報学系に偏っていき、その方々から影響を受けたところもあると思います。

また、コミュニケーションに関してはもともと自分が苦手としていたのもあり、哲学・言語学・情報学・社会学・心理学など多くの領域からの知識を必要としていました。

  • トレヴァー・ハーヴェイ『心理言語学を語る』
  • 柏端達也『コミュニケーションの哲学入門』
  •  

貧困に関する社会科学

仕事柄、どうしても被生活保護者はじめ社会的弱者と接することが多かったのがきっかけです。しかしそれだけでなく、僅かな経済格差でも大きく生活を変えてしまうことや、男女差別・学歴格差などにも興味がありました。これに踏み込むには社会学だけでなく経済学方面の知識も必要であると感じ、徐々に読むようになります。

などから入りました。

 

認知科学

病院で働いているので、安全管理に興味がありました。100%防ぐことはできないインシデントをどのように回避するか、また回避できないものの被害をどこまで小さくするか、それに関わる因子はなにか、など。

先に述べた『システムのレジリエンス』、『誰のためのデザイン?』に加えて

  • アトゥール・ガワンデ『あなたはなぜチェックリストを使わないのか?』

特に認知心理には強い興味をもつことになり、放送大学入学時には教育と心理のコースに所属して認知心理関連の科目を大量にとりました。 先述に挙げた本たちから強い影響を受けています。あとは

など。細分化するならば、社会心理学、意思決定、知覚心理などといわれる領域に興味があると思います。

 

組織論

チームプレーが苦手なのにもっともチームワークを要求される職に就いてしまったので、組織行動とはなにか?という問題にはやくからぶちあたっていました(ぶちあたったと認識できたから乗り越えたともいう)。組織文化・ハザード認知・単位時間あたりの労働効率・労働分配…etcetc...と分類しづらいことを考えていて、経営というよりは組織行動・組織文化に強い興味があるようでした。最初は何から読めばいいのかわかりませんでしたから、ピーター・ドラッガーの『マネジメント(エッセンシャル版)』を読みました。企業の社会的責任とかについて考え始めたのもこのころで、マーケティングにも少し興味はあります。
  • ティーブン・ロビンス『組織行動のマネジメント』
  • ハッチ『組織論』

など。

 
 
このころハマったが、のちに読まなくなったもの
  • 建築デザイン
前提知識がないので、街づくりなどの技術や計画は読んでいて面白いものの、それ以上に学ぶことはできませんでした。都市や環境の可視化には今でも興味があります。
ジル・ドゥルーズジャック・デリダを読んだものの(心は折れた)、深入りするというより近代哲学へと遡っていきました。表象や記号については、言語哲学分析哲学に至ります。
  • 宗教学
奥が深すぎました。史学があまり得意でないのもあります(優先度は高くないが今でもときどき読みます)
 
 
 

100冊読破をはじめてから

最初に参考にしたもの

  • 哲学総合本

『哲学用語図鑑』慶応義塾大学出版会『倫理学案内』など。前者は目にとまったので買ったという至極単純な動機です(パラ読みして面白そうだったからというのもありますが)。ここでめやすをつくり、自分が気になる分野・哲学者・キーワードを掘り下げることになりました。後者については哲学の本はそこそこ読みなれてからです。応用倫理と呼ばれる分野の各論に興味を持つようになり、全貌を教えてくれるような教科書的な1冊が欲しいと思い、図書館で借りてきました。

今のところトータル15冊くらい読んでいますが、こちらにも大変お世話になっています。シリーズ自体は100冊規模であったと思うのですが、人文・社会科学系の分野を一般人~専門分野初学者程度に向けて解説しています。どの本も本当にクオリティが高いです。

 

哲学とその周辺分野への散らばり

  • 規範倫理への興味
    1. ロールズ『正義論』功利主義への批判としての平等の希求に興味があった
    2. ミル『自由論』市場における個人の自由みたいなところが面白くなってきた
    3. カント『実践理性批判』正直わけがわからなかった
    4. シンガー『実践の倫理』動物の倫理がわからなさすぎて読んだ、批判と検討を自分の中でするために現代の功利主義の各論の入り口として
ロールズ『正義論』から貧困や格差、資源配分の公正に興味をもつ
厚生経済学開発経済学、とくにアマルティア・センエステル・デュフロへ「潜在能力」の概念を知りたくなる
→教育社会学、特にピエール・ブルデューの「メリトクラシー」概念に興味をもつ
 
  • 徳倫理への興味
  1. ルネ・デカルト『情念論』
  2. 遠藤『情念・感情・顔 コミュニケーションのメタヒストリー』

3で興味をもって2に行き、1を別の文脈で読んだので時系列は逆。3はコミュニケーションについての本をとにかく読みたくて手にとったのだけど、およそ人間の感情の表出が哲学の文脈でどのように扱われてきたかが読めるのでそこから興味をもっていきました。しかし未だに徳という概念がよくわからないので、このカテゴリを徳倫理学というべきなのかどうか正直よくわかりません

 
  • 公共哲学への興味
  1. 鈴木健なめらかな社会とその敵』公共哲学かどうかはともかく(社会システムの未来みたいな感じの本なので、公共全般を扱いますが哲学というカテゴライズは間違いかも)
  2. ハンナ・アーレント『活動的生』『人間の条件』、ハイエク『隷従への道』
  3. ユルゲン・ハーバーマス『公共性の構造転換』
あとはこの周囲でメディアの扱いについても読みました。代表的なところだとマーシャル・マクルーハン『メディア論』とかリースマン『孤独な群衆』とか。結局この辺りは教育社会学に収斂しましたが。
 
  • 『知覚』に関する哲学に興味を持ち出す
  1. ヒューム『人間本性論 知性について』
  2. ベルクソン『意識に最初から与えられているものについての試論』『物質と記憶
  3. フッサール『内的時間意識の現象学』→ほぼまったく理解できない
  4. カント『純粋理性批判』→ほぼまったく以下略
どの人からも引用される本からはじまり、色々読みましたがこの時期に何かを理解したとはいいがたいです。ただ、時間概念や観念の形成に関する議論が多様な形で存在することを知って楽しみを感じ始めたのはこれらの本があったからだと思います。
 
  • 読書会
デカルト省察』読書会(中断)、ウィリアム・フィッシュ『知覚の哲学入門』読書会(継続中)がはじまり、知覚に関する分析哲学的アプローチを受け入れ始めました。
分析哲学は現在の言語学認知科学と関わりが深く、ジャンルを問わずたくさん読みました。代表的な本を下記に挙げます。
  1. ダニエル・デネット『解明される意識』『心はどこにあるのか』
  2. アントニオ・ダマシオ『自己が心にやってくる』
  3. クリストフ・コッホ『意識を巡る冒険』
  4. V・S・ラマチャンドラン『脳の中の天使』
  5. オルグ・ノルトフ『脳はいかに意識をつくるのか』
  6. スタニスラス・ドゥアンヌ『意識と脳ー思考はいかにしてコード化されるか』
デネットの「デーモン」概念とチョムスキーの「生成文法」が近い(デネットチョムスキーを参照したともいえるかもしれませんが)と知り、生成文法の本を読んだりもしました。ちなみによくわかりませんでした(これを機に統語論自然言語処理の本を読むようになりました) 
 

社会科学への広がり

環境工学・都市経済・都市デザイン・建築など
  • ヤン・ゲール『人間の街』→人間の都市における回遊行動の観察、都市設計
  • 内藤廣『形態デザイン講義』『環境デザイン講義』『構造デザイン講義』
  • 江口晋太郎『日本のシビックエコノミー―私たちが小さな経済を生み出す方法』
  • 馬場 正尊『RePUBLIC 公共空間のリノベーション』
都市社会学
上記の分野は、都市という巨大なシステムのメタボリズムに興味をもって何冊か本を読みました。放送大の教科もいくつかとり、最終的には教育社会学への興味も含めて『現代社会の探究』というエキスパートプランの認証をとりました。
教育社会学
アーヴィング・ゴフマン『スティグマ社会学
トニー・ベネット『文化・階級・卓越化』
など。後者は統計的な分析も多々含まれていて、傾向の可視化全般に興味を深めるきっかけにもなっています。
このあたりまでの分野を集合したところに、エキスパートプラン『人にやさしいメディアのデザイン』と『数学と社会(未取得)』があったのでそれも認証をとりにいきました。
質的社会調査やエスノメソドロジーにも興味がありましたが、深く興味をもったかと言われると微妙です。
 
 
 経済学
基礎がわからなかったので放送大の授業をとりながら、分野としては厚生経済学行動経済学開発経済学に興味をもつようになりました。きっかけとしては①功利主義などの哲学からのルート②認知心理から行動経済学へのルート③格差の原理から厚生経済学開発経済学のルートがありました。
 
言語学
言語哲学記号論、情報認知とコミュニケーション、発話行為など以前から興味があるコンテンツが多かったので徐々に入るようになりました。最初期はソシュール『一般言語学講義』を読んだものの、その後は言語哲学側からたどり着くまでに随分時間がかかりました。
これという本を挙げることは難しいのですが、
  • 三牧陽子『インターカルチュラルコミュニケーションの理論と実践』コミュニケーション行為におけるポライトネス(気配り、配慮)について
  • クラウス・クリッペンドルフ『メッセージ分析の技法ー「内容分析」への招待』
  • 安原和也『ことばの認知プロセスー教養としての認知言語学入門』

などでしょうか。

言語哲学からのアプローチとしては

あたりが参考になりました。放送大の言語哲学の科目もひとつとっています。
 
このあと、自然言語処理に強い興味を示すようになり、放送大の科目をとったうえでデータ分析系の科目をとってみたり実際にPythonを触ってみたりしています(まだ序盤の序盤に過ぎませんが)。この辺りの趣味が嵩じて、エキスパートプラン『データサイエンス』『計算機科学の基礎』を目指すことになりました。
 
 
まとまりなくだらだらと書いてしまったのですが、そもそも読書の傾向も興味の方向性もかなり散漫であり常にあっちをふらふらこっちをふらふらしているので、ひとつの記事としてまとまりをもたせることが難しいことに気が付きました。
というわけで、表記ゆれや各書籍へのリンクは貼るかもしれませんが、これ以上手直しをできる気がしません(これでも実は2か月かけていて、暇つぶしに時々構成を練って作ってきました)。きっかけや方向性を示す本は挙げればきりがないし、あれもこれもとなるので、今回は「おすすめ」はあまり書かないようにしています。読みやすい本はいくらでももっとあるのですが、自分が出会ってそこそこ衝撃を受けたり「この分野もうちょっと深めたい」と動機をもつに至った経緯を重視しています。
 
というわけで暫定的なメモとして。

任意団体Nursing academia における性暴力被害についての個人的見解

ここ数日で、ある任意団体での性暴力があったことが明らかになりました。

自分はこれまでこの事態を静観してきましたが、高等教育機関に身を置こうとしながらこの問題についてこれ以上沈黙をすることは難しいと感じ、記事を書くことにしました。

看護・保健分野と無縁の方、看護領域ではあってもこの事件に関心のなかった方にも読んでいただけるよう、自分の知り得る範囲でことの概略に触れながらお話しします。一個人の手記で、被害者の支援と自分の立場の表明のために書くものですので、些か簡素すぎることについてお許しください。また、事実と異なる部分があれば、都度訂正したいと思います。コメント欄またはTwitter上でご指摘いただけましたら幸いです。

 

 

ことの次第

看護師が高度教育にアクセスすることを支援すると標榜する任意団体、nursing academiaというものがあります。この団体は1年以上前から活動しており、海外の大学院や公衆衛生大学院等の比較的難関とされる大学院受験を目指す看護職をサポートするチームとして出発しました。この団体は、アカデミアへの所属・非所属を問わず論文抄読会を開き、進学サポートのための情報提供として座談会なども設けていました。

そして最近、運営側から参加者への性的暴力があったことが公になりました。

以下、それぞれの立場がわかりづらいため、凡例を

  • Nursing academiaを「団体」
  • 参加者(被害者)を「被害者A」
  • 運営メンバー(加害者)を「加害者B」
  • 団体代表を「代表C」
  • 団体運営メンバーから相談を受け、かつ被害者Aに聞き取りをした方を「D」

とします。

現在はツイートが削除されているため直接確認をすることができませんが、加害者B氏が「被害者Aが自分(B)に対してあらぬ嫌疑をかけ非難している、名誉棄損として弁護士に相談し本人(被害者A)に通知書を送っている。皆さん信用しないように(大意)」というツイートをしました。被害者A氏のアカウント名を含んだ文書でした。

これに対して、被害者A氏に聞き取りをしていたD氏が下記文面を公表しました。

事件そのものの概要はほとんど上記文面に含まれています。

 

これを受けて、代表C氏は団体としての声明を下記のように公表しました。(なお、団体Webサイトは12/23 18時現在アクセス不能です。運営側はサーバートラブルと説明しています)

加害者B氏は問題となったツイートを削除して以降、Twitter上では沈黙しています。

なお、団体運営メンバーから個人的に謝罪の文章なども出されていますが、今回は省略します。

以上が現時点でのことのあらましです。

 

この件の問題点

そもそも立場を悪用した性暴力という点で既に許されるものではありませんが、そこは当然のこととして上記D氏も指摘しているため割愛します。

そして私は、代表の声明とその他のツイートに基づいて、少なくともA・B・C全員が(認識に齟齬があることを加味したとしても)組織を悪用した行為があったことを認識していると判断したうえで下記に私見をまとめます。

 

1.教育者が被教育者に対する加害者となったこと

被害者A氏をはじめ多くの方がツイートで指摘していますが、これは教育組織の信用を失墜させる行為です。

また、「同意があったから」が言い訳にならないのは、教育という力の不均等が起こる場において否定の意思を表明できない、またはできたとしても自由意志が抑圧されている可能性があるからです。

指摘されている方もいらっしゃいますが、教育者から被教育者に対して個人的に接触をとることは「完全に教育的な関与から解放されてから」しか許容される余地はありません。それでさえ、アカデミアのもつ性格上、両者が近い場で活動する可能性を考えれば慎重になる必要がありました。

 

2.組織の行動が遅きに失しており、また代表の言動が不適切であったこと

代表C氏の発表後にD氏も指摘していますが、トラブルの存在を確認していながら対応が後手に回っています。また、内容の聞き取りに際して代表C氏が二次加害を行っていることをC氏自身が認めています。nursing academiaは任意団体ゆえ、そもそもなんらかのトラブルがあった場合の報告先は運営メンバー、そして代表以外にない状態だったと思われます。その結果、本来この被害者A氏は参加者であったにも関わらず、団体対個人という構図で孤立無援となりました。

また、運営メンバーの総意でないにも関わらず代表が個人的にそのような対応を行ったことで、本件を知らないメンバーがいる時点で組織の名を冠して不適切な対応を行ったこととなります。これは団体参加者・非参加者のみならず、運営メンバーに対しても礼を欠いた対応であったように見えます。

 

3.団体のもつ性格ゆえに、社会的影響が大きいこと

自分は、団体や代表の理念・方針すべてに賛同しているわけではありません。

が、標榜されている理念や活動の活発さ、質の高さを恃みに様々な有志が集っていたことも、高く評価されていたことも、篤い信頼を寄せられていたことも存じております。公益性が高く、参加者のニーズを満たすに余りある成果を出していたと思っています。

いわば専門職の筆頭として旗を振っていた人間が学習者に対してこのような態度をとったことは、団体参加者含め我々看護職だけでなく、その学生、ひいてはこういった任意の教育的役割をもつ団体や他分野のアカデミアにとっても損失ですし、脅威であると感じます。

 

自分がいま団体に対して思うこと、また内省すること

この件は既に看護職、とくに看護のアカデミアに近い人間に知れ渡っており、その多くから批判されています。自分はこれまで性暴力やアカハラのような問題に対して、興味関心はあれども表立った批判や行動をしたことがありません。しかしながら今後も看護師として活動し、また高等教育の恩恵に浴しようとしている身として、今回の件を看過するわけにはいきませんでした。

また、ただ批判するだけでなく、これが誰にでも(加害者としても被害者としても)起こり得る問題として留意すべきだと感じています。完全なる部外者として本件を非難することはできません。非アカデミアの看護職や他分野のアカデミアの方々に対して、このようなことをする看護教員・団体運営者がいることを非常に情けなく、また申し訳なく思います。現時点で自分がとれる行動はこうして記事を書く程度ですが、少なくともこの姿勢を保ちます。

 

本来のnursing academiaの理念である「より多くの看護職が良質な高等教育を受けること」に関しては自分も大賛成です。

よって本件への関与の有無にかかわらず、高等教育へのアクセスを望んでいた看護職が失望し、その意欲が阻害されかねない今の状況に対して強い懸念があります。直接の問題が解決されるのは勿論のこと、被害者A氏を含め、本来もつことができたはずの学習機会の損失が最小限にとどまることを望みます。同じ団体や代表でなくとも、ピア・サポートの学習機会を作ることは可能ですから。

 

本件のような任意団体における立場を悪用した暴力について、自分ひとりでは今後未然に防ぐ策を考案することは難しいですが、少なくとも本件以来、こうしたことが起こり得ることや適切な対処が必要であることを深く知るところとなりました。問題の構造を理解しないままでは、知らずして加害者に加担する可能性もあったと思います。被害者A氏も繰り返し述べておられますが、こうした件に出会ってしまったときに為すべきことは、ただ自分が立っていない立場を手厳しく非難することではありません。こうした問題を引き起こす、見えない構造上の欠陥に目を向け、理解に努めることです。

具体的な行動をする立ち位置になく、自分にできることはこの程度ですが、問題を看過しないというだけでも行動になるとも思っています。

 

また、末尾にはなりましたが、被害者A氏が現在渦中にあるにも関わらず衆目に晒されてしまっていることを無念に思います。

自分はさるきっかけから、数か月前よりA氏の動向を一部存じあげておりました。A氏は心身に多大な負担を抱えながらも、性暴力被害についての正確な知識を広めようと尽力されています。ご自身の経験についても、あくまで公益のために資しようとする姿勢には敬服するほかにありません。直接的な援助をする機会はないかもしれませんが、彼女の意に賛同し、記事を終わりとします。

放送大学大学院の受験について:プロセスと結果

放送大学大学院・文化科学研究科文化科学専攻(生活健康科学プログラム)に合格しました。

ただ大学院に入るだけであればブログを書く必要はなかったのですが、放送大はあんまり情報がありません。研究室訪問もできないので、事前情報を得られる機会もなく、指導教官とのコンタクトもとれません(実際には可能ではあると思われますが)*1

情報があったほうがよいかなあと思い、記事をわけて専用のものを書きます。

大学院を受けるに至った経緯と自分がやったことについて諸々書いていこうと思います。

 

 

 

 

0.自分のバックグラウンド

専門学校卒の看護師です。病棟勤務を4年間したのち退職し、現在はクリニック非常勤です。病棟勤務の後半2年間に放送大学の3年次(心理と教育コース)に全科履修生として編入し、卒業しています。

今年度(つまり転職後)は放送大学選科履修生(1年間)として在籍して学部の科目を履修する傍ら、今年度の後期には放送大学大学院科目履修生(半年間)も並行しておりました。

 

1.なぜ放送大学の大学院を受験したか

看護師のキャリア形成についてご存知でない方にもお読みいただきたいので、簡単に看護師のアカデミックなキャリアについてお話しします(主観が多分に含まれることをお許しください)。また、自分は博士課程の事情についてはほとんど情報をもっていないので、修士課程を前提とします。

看護師の進学・進路の概略

1)学部卒ストレート、または実務経験後に看護学専攻へ

看護・保健分野には臨床実務型(上位資格取得を目指す)の大学院進学と、より研究に向きの進学の2通りがあります。

①上位資格型

資格取得と明確に結びついた、「助産学専攻」(助産師になるためのコース)や「CNS(専門看護師)養成コース」が代表的です。後者は、取得のために5年間の実務経験が必要です。

これの進学タイプは通学で、実務をしきながら履修することは難しいです(実習・研修等がハードなため)。アルバイト程度であれば可能かもしれません。

 ②研究特化型

研究特化型の進学に関しては(他の分野はもちろんこちらがメインでしょうけれども)方向が多岐に渡りますので、ここでは割愛します。他のアカデミアと同じく、分野も手法も研究室によって大きく異なります。

他の領域と異なる傾向は、働きながらの就学(いわゆる社会人大学院生)を積極的に推奨・支援している大学院があることでしょうか(3年かけての履修が可能なところもあります)。進学を支援する病院その他の医療福祉施設から、就学への助成金が出ていることもあります。

しかしこちらも、看護師以外の業界でもちらほら聞かれますね。後述のMBA取得などは特に、実務と結びついているので会社からの助成や通学への配慮があったりしますね。

 

2)公衆衛生・医療情報・医療経営等の隣接分野へ

もうひとつのタイプは、隣接分野への進学です。この中にも特定の専門職修士の取得を目指すものがあります。MPH, MBA, MHA, 臨床心理士等がこれに該当しますが、これらは看護師ないし保健師出身であるかどうかを問いませんし、それゆえ実務経験の有無を問いません(あった場合に問題意識をもちやすいというメリットはあるかもしれません。)

 

このように、上位資格や高度専門職としてのキャリアのステップとしての修士課程進学ルートが多い現況です。もちろん、少数派ではあっても海外大学院への進学もあります。ちなみに看護師全体の母数を考慮すると、これらの進学の方法がありながらも、実際に看護師として勤務していて大学院に進学される方の人数はそう多くありません。臨床実務上必要な資格を取られる方が圧倒的に多いです。

 

このような背景がありながら、自分が通信制である放送大学を選んだのには2つの理由があります。

 

放送大学以外への進学が難しい理由

1)転居の可能性が高かった*2

上位資格や専門職修士を目指す場合、固定の大学への通学が必要です。自分には諸般の事情から転居の可能性があり、研究を完遂できないことも想定できました。このため、在宅でも可能な内容を選んでいます。

2)看護その他医療系周辺分野での通信制大学院は支援体制・研究実績が心許ない

自分は研究をする者としては現在まったく能力がなく、その方法を学習するにしてもなんらかの指南を必要とします。これを通信で行っている看護系大学院のありますが、その研究室の実績や指導方法が明記されていなかったり、卒業生の動向が明らかでなかったりと、進学するメリットがはっきりしないことも関係します。また、こういった手法をとっている大学は私立であるため、学費も高騰します。

 

放送大学へ行くことのメリット

1)入学後のシステムを大体知っていたから

学部編入から卒業までおりましたので、大学院のシステムについても同等の部分がいくつかあります。そのため、安心して入学希望を出すことができました。看護の分野ではなくとも、出身大学の大学院に進学される方は多いですよね(勿論学部から所属していた研究室にそのまま所属するからという理由もあるとは思いますが)。

また、放送大学は選科履修・科目履修については大学院であっても試験なしでの在籍ができます。このため、学部に在籍したことがない方でも研究指導以外のシステムを知ることが可能です。

2)学術的な分野を横断する研究または指導の実績がある教員がいたから

これに関しては看護関連分野にも勿論おられるとは思いますが、自分の場合は臨床を視野にいれつつもあまり看護研究(ここでは看護師が筆頭著者となって行う研究とします)にみられない手法を用いようとしていたので、他分野が専門ながらも臨床と共同研究・指導をされている指導教員の方を希望しました。

 

そしてもちろん、これが遠隔教育で(しかも安価で!)受けられることが何よりのメリットでした。

 

2.受験を考えた時期の学習・勤務の状況と変化

前職勤務は非常にハードだったのですが、学部に在学している間は半期ごとに9つの科目を履修していました。しかし寝食を惜しんで毎日勉強をしていたかといえばそうでもなく、趣味の読書も(やや履修内容とかぶるとはいえ)それなりのハイペースで続けることができました。

が、大学院に関してはもちろん研究が最大の目的となります。2年間かけてとりくむ必要を感じるような問題意識と、それに取り組むだけの時間・知力のリソースが必要です。自分には前職を続けながらこれを用意する自信がなかったですし、もともとは臨床を5年務めたのちに別の大学のCNSコース(慢性疾患看護)に進むつもりでした。テーマも今より(物理的に)臨床に近いものを考えておりましたが、まだまだ曖昧なものでした。なにより仕事と学部の勉強が既に手いっぱいで、研究のことまで考える余裕はほとんどありませんでした。院試の英語をどうしようかと思っていたくらいです...

 

しかし臨床4年目に入って、どうにも自分に転居の可能性がでてきました。通学前提の大学院進学をすると、中途退学という結果になるリスクも抱えることとなってしまいました。それでも進学は諦めたくなかったですし、自分のフィールド(つまり研究の対象となる豊富な臨床)をもてなくなることで研究内容を再考する必要もありました。

いずれにせよ、院試に関しても研究内容にしても前職のままで受験することは自分にはできなさそうだと判断し、転職することにしました。

転居する可能性がさらに高くなってしまったことも強く影響しています。

 

3.院試までの実際の学習・計画とその結果

4~8月(願書提出まで)に行ったことを書きます。

6月半ばくらいに放送大学大学院のガイダンスがあったので、大阪まで出向いて参加しました。基本的にはWebにも書いてあることの説明+αなので、行かなくてもいいかなと思ったりもしました。が、臨床心理コースの方はおそらく必須ですし、それ以外のコースを志望されている方でも損をすることはないと思います。

これを踏まえたうえで、前後して下記のことを進めました。

1)コース・指導教員を考える

大学院を志したことのある方ならご存知のこととは思いますが、とても大切なポイントです。

自分が希望していたのは看護と情報科学、さらに倫理を横断する分野であり、プログラムとしては「生活健康科学」「人文科学」「情報学」という選択肢がありました。

人文科学コースには倫理の指導をして下さる教員が(少なくとも専任教員としては)おられないことや、情報分野の技術に関する指導が得られないであろうことから簡単に除外できました。生活健康科学と情報学では結構後々まで悩んで、過去問を見たり指導教官の専門分野を調べたりと比較をしています。幸い、生活健康科学に自分の研究を見ていただけそうな指導経験をお持ちの方がおられたので、願書にはその方のお名前を書かせていただきました。放送大学だけではないのかもしれませんが、願書提出時に指導教官の名前を書く欄があります(2名まで書けたような気がしますが、空欄も可です)。

 

2)語学の勉強をする

放送大学大学院の受験内容は、生活健康科学コースですと英語(高校~大学受験程度の平易なもの)と、日本語の論述でした。英語に関しては英和辞書の持ち込みも認められており、かなり平易です。

しかしながら、最低限語学は以前よりも伸ばしておく必要があろうと思い(何せ高校以降はまともに英語に触れていないので)、ずいぶん前に購入していた教材に手をつけました。万人へのおすすめではまったくありませんが、Z会が出版している『ACADEMIC』というシリーズです。

単語・リスニングの教材として作られていますが、大人の教養向けでもあり、その内容自体がハイコンテクストな素材です。数年前に面白そうだと感じて衝動買いしたものでした。

テーマ別英単語 ACADEMIC [初級]

テーマ別英単語 ACADEMIC [初級]

  • 作者:中澤 幸夫
  • 出版社/メーカー: Z会
  • 発売日: 2010/01/16
  • メディア: 単行本
 
テーマ別英単語 ACADEMIC [中級] 01人文・社会科学編

テーマ別英単語 ACADEMIC [中級] 01人文・社会科学編

  • 作者:中澤 幸夫
  • 出版社/メーカー: Z会
  • 発売日: 2009/07/09
  • メディア: 単行本
 

自分が受験までに本文すべてを読んだのは、このシリーズ全5冊のうち上記2冊のみです。それぞれに章立てでテーマが分かれており、当時読み漁っていた本と内容がかぶるところもあったので楽しんで進めることができました。

放送大の出題(過去問を公式サイトから閲覧することが可能です)内容と遜色ないどころか、むしろこちらのほうが高度な内容だったと思います。アカデミックな文章に慣れる意図もあって、モチベーションとしては悪くありませんでした。

大体4-6月くらいにかけて、1日平均45分くらいだったと思います。少ないですね。ただ、フルタイム勤務をしながら受験するならば、妥当な時間かなあと思います。

自宅だとやる気が出なかったので喫茶店に行ってアイスコーヒーをがぶ飲みしながら延々と読みました。それから、モチベーションの支えにするため、実際の学習時間を5分単位で記録していました。あとは、英単語アプリやAnkiアプリをスマホに入れて、空き時間にちょこちょこ練習していました。

 

それから、受けたことがなかったTOEIC(ノー対策で)受けました。実はこれ以前にも語学学校に通ったことがあるのですが、多忙すぎて半年で脱落してしまっています。以前予定していた通学の大学院に出願するためにはTOEICの成績を提出する必要があったのですが、語学学校での入学前テストは惨憺たる有様だったので、危機感がありました。

リスニングも読解の練習もろくにしないまま挑んで、結果は540点くらいだったと思います(ショボすぎる)。TOEIC受験申込後に気づいたのですが、放送大学への出願にも語学の資格等を記載する欄がありました。「書いたほうが不利になる点数なのでは...」と思いながらも、書かないよりはマシだと思って書きました(結果にどのように影響したかはわかりません)。

 

本来は文法もやったほうがよかったのだろうと思うのですが、自分はとにかく体系的な学習が苦手でしたので、長時間でも苦なく取り組める環境に身を置くことが最優先でした。英語に関しては真面目でなかったなあと思います。

 

3)研究計画書・志望理由書を書く

これもとにかく時間がかかりました。ぼんやりした内容を形にするのは大変です。

なにより大学院の研究計画書なんて書いたことがないわけですから、ネットで調べたりしつつおおよそのテンプレートを作りました。

①りーざの言葉遊び帖(言語学専攻の方とのことです)

leeza-phoneki.com

②育達科技大学・内山先生のブログ(直リンクですすみません)

www7a.biglobe.ne.jp

北陸先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究所知識科学研究科知識マネジメント領域 敷田研究室ページ

www.jaist.ac.jp

こちらは研究計画書だけでなく試験で大切なことの具体例が示されていて、非常に参考になりました。

④その他、他の大学院で使用されている研究計画書テンプレート

 

...などなど。他にもたくさんあたりましたが、リンクに残っていませんでした。が、たいていはどこも同じようなことを書いています。

  • なぜその研究が必要なのか(または面白いのか)
  • 新奇性はどこか(既存の研究と何が違うのか)
  • どのように研究を遂行するのか(対象、時期、方法などなど)

 

さらに大変だったのは具体性をもたせるための肉付けをしたり参考文献を増やすことで、自分の分野は看護というより情報学分野に非常に近かったこともあってほとんど実現不可能なのではないかと思うような参考文献にたくさんぶち当たって心が砕けそうになりました。

研究計画書は1000字程度、志望理由書は700字程度だったかと思いますが、最初はこれらの区別をせずにトータル3000字以上書いて、テンプレートに合わせて削っていきました。なお、この書類以外に、500字程度で過去の研究(自分の場合は専門学校の卒業研究ですが)を出してもよかったので、要約して提出しました。出すほどの研究でもないのですが、面接でこの研究について説明する機会があったので、話のタネ程度でもいいから書くべきだと思いました(特に自分のように面接下手を自覚している場合は)。

 

個人的にアドバンテージだろうと思っていたポイント

自分が大切にしたことは

  • 今までの自分の臨床経験が問題提起となったこと
  • それらが今も全国的に深刻な問題であり、需要があるにも関わらず解決されておらず、また今後その需要はさらに高まるであろうという見通しがあること
  • 他の職種・医療以外の分野の専門職の協力が必要であり、自分は(多少ではあるが)隣接分野への興味関心が深いこと・それらの文献を読んできたこと
  • 研究対象に容易にアクセスできること、具体的に対象が定まっていたこと
  • 簡単な自分用のメモを作成していたこと

などです。

メモは院試を考える前から研究したいテーマをいくつか捻りだして、簡素な草稿を作っていました(箇条書き程度のたいしたことのないものです)。思いつきや、現実的でないもの、ただ興味があるだけのものも書いていたと思います。

最終的に院試直前には自分の研究の要旨や必要性をQ&Aや箇条書き程度の簡潔な形式で書類1枚にまとめ、参考文献を「使えそうなもの」「使えないかもしれないけど非常に面白いもの・概念として取り入れられるもの」「読んだけど面白くなかったもの」などに分類していました。

また、これらすべてを計画書や理由書に書けたわけではありません。が、他の誰でもない自分が2年間もかけて取り組む理由を芯に持っておく必要を強く感じました。結果的に、たまたまではありますが、面接ですべてお話しする機会に恵まれました。

 

ディスアドバンテージだったかもしれないポイント

①研究手法がガバガバ

これに関しては「かもしれない」で、結果的に合格してしまったのでどこまで詰めるかは個人にゆだねられるだろうとは思われます。自分は自分が扱ったことのない分野の技術を使おうとしていて、願書提出や面接の時点ではまだまだ未熟な状態でした。

未熟ながら下地として勉強していたことといえば、関連分野の成書を読むこと(概説本から研究デザインに近いものまで)と技術的な部分の解説をしている放送大の科目を履修することくらいです。どちらも十分であったとはいえず、実際に面接ではこのあたりに明るくないことがモロバレであったと思われます。

前向きにとらえるのであれば、2年かけてじっくり取り組むわけですから、未熟であっても許容されるであろうと高を括っていた部分もあります。研究デザインから解析まで自分でできるならば、最早それは修論が書けているようなものではないか、と。それも含めて学びに行くことを面接で強調しました(震え声で)。

ただ、これに関しては自分が今や非常勤のヌルパート主婦であるからこそ豪語できることで、実際の放送大学の大学院生はフルタイムの社会人学生も多くおられます。研究に割く余力が多くないことを考慮すると、既にあるフィールドを使い、習熟している手法があるならばそれを武器にするほうがよいかもしれません。

②参考文献を志望理由書・研究計画書の記入欄にいれなかった

研究背景を説明できる資料をすごくたくさん準備していたのですが、「字数制限」というものを気にしすぎてしまい、なんと省いてしまいました。通常、参考文献は記入して当然というネット情報をたくさん見ていたにも関わらずなぜか直前になって日和ってしまいました。普通の大学院なら落ちてもおかしくないような気がします

ただ、参考文献はかなり練っていて、事前にいろいろな分類をしていました。

 

4)願書提出までの状況

新しい職場に慣れるまでにはさほど時間もかからず、語学と学部の授業に時間をつぎ込むことができました。

ただ、学部の授業が非常にハードで、正直院試の準備に充てる余力はあまりありませんでした。自分がフルタイムワーカーで、学部の授業を大量にとりながら院試の準備をするのは逆立ちしても不可能であったと思われます。

何より、このときの学部の授業は院試以降の準備も兼ねて情報科学・数学等の未知の分野に手を出しつつありました。これがさらに状況をハードにしていました(当時の負荷としては悪くなかったと思いますが)。

なので、4-5月は英語を重点的に勉強し、6-7月は学部の科目を履修していました。1日の勉強時間は平均すると2時間程度で、実際の幅は0-6時間程度と非常にムラがありました。

 

そんなこんなで、出来不出来はあれどとりあえず8月末は否応なしにきてしまい、願書を提出しました。

 

5)1次試験・2次試験の実際

<1次試験>

1次試験は各学習センターで受けられるので、英語・論述あわせて2時間で終わります。

試験は公式サイトでも公開されますが、これまでの年の問題に比べて、逐次翻訳が多かったイメージがあります。論述もなんだったか忘れてしまいました(忘れっぽいな)。

 

<2次試験>

こちらは千葉の放送大本部まで出向きます。放送大キャンパスはJR幕張と海浜幕張の中ほどにあり、電車のアクセスはよいのですがそこからがやや面倒です。

ちなみに1次試験の結果の通知は2次試験の2週間ほど前に届くので、離島で勤務されている方などは都合をつけるのが大変なのでは...とちょっと思いました(11月半ばの土日いずれか、時間は9-16時の間で、選ぶことはできません)。

自分は東京駅近くに宿をとって前乗りし、東京で京葉線に乗り換えるという愚を犯して(とっても遠い)疲労困憊の末に大学本部に行きました。

 

面接内容は、一般的な内容だったと思われます。

面接官は2名とも看護が専門ではなく(放送大には看護・保健分野が専門の教員もおられます)、うち1名は願書の指導教員希望欄にお名前を書いた方でした。そのため、看護の臨床での問題については丁寧に説明する必要があるな、とひと目みて感じました。

 

そして面接が始まったのですが、研究計画を○分程度で説明してください、と言われました。正直自分はめっちゃ緊張していたので、指定された時間の半分も使えずに終わってしまいました。研究計画書を出しているので、既に読んでいただいた内容についてつっこまれるものと思っていました。そのため、事前に資料など読み込んでいたのですが、実際は自分の研究を再度喋り直すような形式が求められていたようです...。

ただ、研究対象や方法について面接官から掘り下げていただけたので、つっかえながらも自分の考えを述べることができました。

また、過去の卒業研究についても質問されました。大学院で行う研究内容とはまったく異なるのですが、自分の研究がどのようなものを目指していたのか、それのどこがアピールポイントであるのか、研究後になってさらに深く掘り下げた結果今ではやや不適切な点があるかもしれないことなど正直にお話ししました。

 

面接が進むうちに自分の必死さ(多弁?)に少し興味をもっていただけたようで、「広い知識をお持ちのように見受けられますが、看護をしながらなぜそのように他の分野のことを学ぼうと思われたのですか?」というような質問をされました。個人的には嬉しい質問でした(早口でまくし立てて面接は恙なく終了しました)。*3

 

4.受験の振り返り

1次試験で果たしてどれほど篩い落とされたのかはよくわかりません。英訳も難易度は低かったですし、論述に関しても大学受験よりレベルとしては低いです。なので、2次試験(というより研究計画)に重点を置いたほうがよいのだろうな、という印象でした。生活健康科学コースの出現は85名、合格者は44名でした。

とくに自分が時間をかけたのは、

  • 指導教員の傾向を知ること(専門分野とあまりにかけ離れたテーマを提出しても面倒を見られません)
  • 研究計画書(ネットにいろんなテンプレが落ちていますので参考に)
  • 志望理由書、研究計画書を自分の口で説明できるか(説明できる程度に自分自身に納得できているか)

といったところでした。簡単なことではあるのかもしれませんが、特に3番目に関してはむしろ入学後のために練った節もあります。院試はあくまでパスするためのもので、その後が本番だと思って挑みました(結果的に面接でめちゃくちゃ緊張して、結果がくるまで震えて待ちましたが)。

 

5.まとめ・放送大学の大学院進学をお考えの方へ

上記にあれやこれやと面倒くさいことをたくさん書いてきましたが、箇条書きにしますと、

  • 社会人をしながら(特に転居などの可能性をもちながら)研究するのに適しています
  • ただし、研究に慣れていない場合は準備に時間をかけたほうがよさそうです
  • 指導教員との一致(指定する場合は)を練る必要がありそうです(このポイントがのちにずれたために面接落ちした方をネット上で発見しました)
  • 事前に大学院の科目履修をすることができます
  • 1にも2にも3にも研究計画書です

 

しょうもないまとめになってしまいましたが、放送大学は他の大学と異なるのでややシステムが複雑です。

もしご興味があり、放送大学公式サイトを見ても情報が出てこないことがあれば、自分でお答えできることであればTwitterやこのブログでお返事ができるかと思われます。お気軽にお声かけ下さいませ。

 

長文を読んでいただき、ありがとうございました。

*1:自分は諸般の事情から、受験する旨をしたためたメール1通だけお送りしました。ただ、面接にあたってどこまで事前に相談してよいかわからなかったので、本当にただのあいさつ程度です。返信も不要の旨を記載し、ており、当日までやりとりはありませんでした。

*2:後にこの可能性はなくなりました、家庭の事情は酷なものです

*3:この件については今でも時折人から訊かれることもあり、せっかくなので別の記事を書こうと思っています。

今年できたことできなかったこと来年の抱負

年末までにやるべきことの結果が大体出揃ったので、自分へのメモ(と圧力)も含めて記事を書きます。

 

できたこと

1.院試

放送大学の大学院に行くことになりました。

受験することを決めたのは昨年度で、前の職場を退職するときに多忙から解放されることがわかっていたので、次なる長期の課題を見つける必要がありました。

結果として、職歴も学歴も雌伏の1年となりましたが、我慢しただけの成果を得ることができました。

学部の科目も概ね順調です。

 

2.趣味の時間をつくった

前職だとほとんどやる時間のなかった楽器に親しむ機会が増えました。年明けに、◯年ぶりの発表会に出られることになり、自分としてはまことに嬉しいです。

下手くそですが、バッハの無伴奏チェロ組曲から第2番プレリュードをやります。

 

3.体調管理

今まではそんなこともできなかったのか?と言われそうですが、そうですそんなこともできなかったのです。

おかげさまで、仕事を辞めて半年くらいは月に1回以上何かしらの理由で通院していました。

これからやりたいことも、今までとは違った気力体力を必要とするので体調を整えるのは自分の中では急務でした。

 

4.苦手な科目に喰らいつく

数学と名のつくものは大体苦手なので、微分積分にはじまる放送大学の数学・情報科学分野の科目を臆せずモリモリとりました。

今のところ、成功しています。高校時代に足りていなかったとか、苦手だと思っていたところは都度やり直しています。まだまだ十分とは言えませんが。

 

5.哲学若手研究者フォーラムに行った

ただ聞きに行っただけなのでなんともいえませんが、自分のフィールドを抜け出して修士や博士の学生の方の発表や質疑応答を目の当たりにできるのは非常によい刺激になりました。

特に修論で倫理に近いことをやりたいと思っていたので、応用倫理や医療倫理でなくとも哲学の議論を生で見られるのは嬉しいことでした。

誘ってくれた友人にも、多大なる感謝の意をここにしたためておきます。

 

 

 

できなかったこと

1.100冊読破の続き

今年という区切りでいうと、50冊も読んでいなかったと思います。冊数は目標ではなく、指標でもありませんが時間を割けなかったのだなあとしみじみ思います。仕方ないことではあるのですが、本を読み新たな知識を得たり今までの知識を地固めすることは自分なりの大切な作業なので、もう少し余裕を持ちたかったです。

 

2.将来の計画を明るく見通す

職を辞してしまったことで、思った以上に社会的な不安定さが負担になりました。

受け止めをしたつもりでも気持ちがついていかず、精神的にも不安定になってしまいました。仕方ない面は多々あるとはいえ、自分の精神的な落ち込みに気がつくのはまだまだ下手で、少しずつでもいいから改善したいところです。

やりたいことを投げ捨ててしまわず、手元のことを片付けながらいくつかの中・長期目標を自分の中に持ち続けたいです。

 

3.プログラミング

折角手をつけたのに、中途半端にほったらかしてしまっています。

今後やらなければならなくなる気がひしひしとするので、統計の勉強のかたわらもう少し本腰を入れたいところです。

具体的な目標がまだ立っていないのも不安材料です。

やらなければという強迫観念というよりは、ちょっとずついろんな方面で興味が出てきたの戸、単に何か動かすのが好きなので手を出したという要素も大きいので、楽しめながら続けられたらなと思います。

 

4.体調管理

できたことに書いたやんけという自分の心の声が聞こえますが、純粋にすごく不調で大変な1年でした。昨年までに壊してしまったものが噴き出したかのようにつらかったです。来年はもうちょっと心身ともに健康な状態で迎えたいです。 

 

来年の目標

1.研究の下地をつくる

こればっかりは指導教員が希望通りに通らないといけないとか、いろんな事情がありますが、少なくとも最低限やることであろうと思われます。

大学院でとる科目は大体もう決めていて、おおむね量的なデータの分析に必要なあれこれと、特定行為に関わる共通部分(特定行為をやりたいというよりは課程に興味があるので受けています)の受講、あとは社会経営プログラムから公共哲学や公共政策などの他分野で気になるものをとっていくつもりです。ほとんどの科目を来年中に取り終えることができる計算です。

先行文献を量をこなして読んでいくことも必要となるでしょうけれども、これはまだ来年の数か月では質を高めることは難しいなと思っています。まだまだ量を読みこなすスキルもついていません。

 

2.統計検定を受ける

上記に絡んで、わかりやすい指標として統計の試験を受けてみようかと思っています。現在自分は職業としてはまったくハードではないので、なんらかの負荷が必要な状態であると感じています。学部で興味のある分野も今期でほとんど取り終えてしまい、春以降は何に注力してよいかわからず遊んでしまいそうなので...。

目標は、最高で1級の応用統計または準1級ですが、これは1年では無理だろうと踏んでいます。が、興味はあるのでじっくり取り組む所存です。

現実的なところとしては、来年度中に2級の取得でしょうか。

 

3.看護系の興味ある学会に出向く(できたら別分野も)

看護の学会はそこまで気負わずに行けるような気がするので、現在はシフトもずいぶんゆとりがありますし(なおかつ土日祝日が休みという恵まれた環境におりますし)、活発に活動できればよいかなと思います。完全にまだ物見遊山かもしれませんが...。

指導教官からは「どこ(の学会)に出しますか?」と面接で訊かれたので震え声で答えたのですが、自分に務まるかはやや不明です。早口のオタクになることが目に見えています。この辺りは再来年なので、心にゆとりをもって取り組みたいです。

 

 

おわりに

大雑把に書きましたが、大まかな目標はこれくらいしか作っていません。

自分のキャパシティや家庭の生活の変動にも余力を持ちつつ、落ち着いてひとつひとつ駒を進めていけたらと思い、書き記します。今年は馬車馬のまま突っ込みすぎました...反省も込めて。

100冊読破6周目(31-40)

1.よくわかる組織論(田尾雅夫)

よくわかる組織論 (やわらかアカデミズム・わかるシリーズ)

よくわかる組織論 (やわらかアカデミズム・わかるシリーズ)

 

 組織「行動」ではなく、経営ではなく、「組織論」です。と、最初に但し書きしてあるのですが、組織の構造と特徴に詳しい本です。そういえば経営系の本でこれらしい本を総論として読むのはハッチの『組織論』以来ですね。

あのように組織文化に根付いたものではなく、企業組織や団体などのもつ特性と組織形成の仕組みについて章立てがあります。

組織行動の心理とかキャリア形成については、他の成書でいうと『経験から学ぶ人的資源管理』とかスーザン・コミベズ『リーダーシップの探求』でよいかも。ロビンス『組織行動のマネジメント』ももちろん。

 

2.逸脱と医療化ー悪から病へ(ピーター・コンラッド、W.シュナイダー)

逸脱と医療化―悪から病いへ (MINERVA社会学叢書)

逸脱と医療化―悪から病いへ (MINERVA社会学叢書)

 

めっちゃ長いというか物理的に重い 重いけどこれは読む意味あったなあと深々と思います… 締めにいくにつれ、『医療』がもたらした無条件の正義という名の社会統制があるのはしみじみと感じます。そして診断名がつくことによりなんらかの逸脱を道徳的悪とされることから免れるというのも。それほど新しい本ではありませんが、ここに書かれているそれぞれの歴史、たとえば精神疾患・薬物依存・アルコール依存・小児の虐待と発達障害・同性愛・犯罪…におけるその定義と扱いの変遷は各論として興味を惹くものばかりです。社会運動が先行するものもあれば医療化が先行するものもあります。

現在でいえば保健行動全般とか、「反医療・治療・予防」の領域にこれが及んでいるのも感じます。自分自身は、医療に関するこの意識は目につく医療従事者より少ないと感じますが、むしろ「福祉化」に傾倒しているようです。医療の歴史において、『兆候(外から見える症状)』から『病因(内部の病理)』に焦点が変わったことによる個人の病いの外部化については、フーコー(未読なので概説に過ぎませんが)とかヴァイツゼッカー『病いと人』で読むことができます。T.S.エリオットもこの時期に相当するようです。精神疾患については、これも特殊な経緯を辿ったことから『狂気』というカテゴライズによってその歴史や社会的位置付けを知ることができます。各論としてそれぞれあるものを、それにまつわる社会運動や各国の比較(欧州と米中心ですが…)で振り返ることができるのはまことにお得だと思います。お得て。

 

3.君はいま夢を見ていないとどうしていえるのかー哲学的懐疑論の意義(バリー・ストラウド) 

君はいま夢を見ていないとどうして言えるのか―哲学的懐疑論の意義 (現代哲学への招待Great Works)

君はいま夢を見ていないとどうして言えるのか―哲学的懐疑論の意義 (現代哲学への招待Great Works)

 

面白かったんですけど内容難しくて完全に忘れました。意識に関する経験論と超越論的認識論みたいな話もでてきます。しかし超越論的認識論って完全に理論化に失敗していると思うのは私だけでしょうか。つまりカントの『純粋理性批判』なんですけど、あれを読めなかっただけですかね。前者の経験論とその懐疑に関してはヒュームの『人間本性論 知性について』が内容的に妥当であるように思われたのですが。現象学的な意識については全然わかりません(フッサールイデーン』とかなのかな、読んだことがない

センスデータ説とか勿論出てくるんやが経験とか世界に関する経験の内在性と外在性の話とかあとムーアがめっちゃ出てくるけどムーア全然知らんみたいな気持ちになりました(ムーアはどちらかといえば倫理の印象が強かった、分析哲学もやってるな)

面白いとは思うのですがややオススメはしづらい。前提になる図書が多すぎます。

 

4.生命記号論ー宇宙の意味と表象(ジェスパー・ホフマイヤー)

生命記号論―宇宙の意味と表象

生命記号論―宇宙の意味と表象

 

思いのほか面白かったです。宇宙の意味と表象かどうかはともかく、生物圏におけるコミュニケーション(細胞内・細胞間・対環境・身体対意識)を記号の解釈・伝達という視点から考えます。メルロ=ポンティっぽいなと思っていたらメルロ=ポンティの概念を援用した箇所がありました。前読んだ長沼毅という方の『生物圏の形而上学』より自分にはかなり腑に落ちる解釈だったと思います。

あーあと言語(複雑な記号)の獲得やそれによる意図の伝達が可能か、みたいな章もありました。動物と人間の差になる部分です。そこまで目新しいものはありませんでしたが。そこよりか、細胞間・細胞内コミュニケーションの話の方が自分は好きですね…

それから、「倫理は道徳を攻撃する道具になる」、よい概念でした。触れずにおくのかと思いきや、環境倫理・動物倫理に対する記号圏からの(記号圏を含む)認識で締めくくられていた。自然と文明の二元論に落とし込まず、それぞれのやりとりに用いられる広義のコミュニケーション・情報(記号)に着目せよと。

 

5.因果論の超克ー自由の成立に向けて(高山守)

因果論の超克―自由の成立にむけて

因果論の超克―自由の成立にむけて

 

因果論の話を初めて読みました。確か、いつものフィッシュ『知覚の哲学入門』読書会でこの話が出てきたのだと思います。双子地球のあたりで。

マッキーのINUS条件(Insufficient but Necessary part of Unnecessary but Sufficient set of conditions)、これ大事と思いながら他のことは大体理解できずに読みました(いやラッセルとかカントのかつて読み飛ばしてしまってきた因果論をわかりやすくおさらいできるのありがたかったが) 。

哲学における因果関係は時間的な経過や「理由」までを射程に入れていて、今まで物理や科学全般で当然のように学んできたことについて「因果関係がある」と証明することの難しさを改めて感じた次第です。ラプラスの悪魔が笑ってるぜ。

 

6.言語と精神(ノーム・チョムスキー

言語と精神 (KAWADEルネサンス)

言語と精神 (KAWADEルネサンス)

 

序盤は1950年までのざっくりとした言語学のおさらい、中盤は普遍文法の定義・構造と思い至った(言い方が悪いな)言語の「発生」の過程について。文法の形態素の表層構造・深層構造の話はこれまでの統語論の本にも出てきたんですけど音韻論(特にこの本では、文章になったときのアクセントや発音の変化の規則や循環方式について)と文法の表層構造についてのところは世界思想社の『生成文法を学ぶ人のために』ではそこまで関連づけられてはいなかったですし、私自身理解が追いついていなかったので、文法に興味があったらそしてもっと英語がすらすら読めたら、文と非文や置き換えの規則にもついていけたんだろうなと思います…正直自分にはごくぼんやりとしか理解できませんでした。残念です。本書は1960年代に行われた講義を基にして1967年に邦訳初版が出たものだそうです(これは第3版)。

ちなみに原著第3版はpdfが無料公開されています。

https://www.ugr.es/~fmanjon/Language%20and%20Mind.pdf

初版の時期を考慮すると、まだ自然言語処理の分野では「翻訳」「人間の言語による命令を実行するプログラム」(ELIZA, SHRDLUがこれにあたりますかね)が困難にぶち当たっている時期なので仮説の域に過ぎないとしています。

今でこそ深層構造の段階での意味・解釈について応用されていますが、当時かなり挑戦的であったことは伺えました。ただ心理学の行動主義や構造主義言語学について「大量の資料を集めただけで、その内容を説明したことにはならない」と述べているわりに普遍文法ってまだ証明されていない部分もたくさんあるしそこまで言い切れることではないのでは…と思ってしまいました… いや後出しでこんなことを言うのは不適切だとは思われますが…。最終章(2004年に付け足された7章)には言語について文化人類学や心理学が言語学に対してさらに多くの知見を与えていることが書かれています。しかしながら、意図や普遍文法を生み出す過程については未だ不明な部分が多いとして締めくくられます。自然言語処理やりたい人、どこまで追いかけたらいいの。

 

7.自己と他者の社会学(井上俊、船津衛他)

自己と他者の社会学 (有斐閣アルマ)

自己と他者の社会学 (有斐閣アルマ)

 

自己の解釈ー他者との関係に的を絞って、社会学の中でどのように扱われているかの概略が見える本です。重々しくなくて気軽に読めます、が、特にコミュニケーションについては発展が目覚ましいのでところどころ古いと感じる場面もあります。2005年発刊なので、2019年とは特にSNSの社会的機能が全然違う。基本的には理論または質的調査に拠る解釈なので、量的なものとしては扱いにくいと思います。

しかしながら、学術というよりも、自分がよく表現する「迂遠なコミュニケーション」は大体この辺に詰まっているな...と思います...または間接的なコミュニケーション。心理学でこの辺りを説明するのとはまた異なる文脈です。また、『演じる私』と『「異質な他者」とのかかわり』の章は、現在ではむしろさらに先鋭化しているように感じられます。特に後者。自らと接点がない(と感じられる)他者を扱うとき、人は「差別していない」といいながら本人たちと会話することなく先入観をもち、判断し、介入を決めてしまう。

息抜きによい本であったと感じます。

 

8.功利主義とは何か(ピーター・シンガー、カタジナ・デ・ラザリ=ラデク)

功利主義とは何か

功利主義とは何か

 

1冊にスマートにまとまっていていいな、と思いました。現代の功利主義の基本的な考え方と実践(実用)をふまえて書かれています。なにもかもに適用できるかと言われるとまったくそうではないけれど、「合理的であるためには部分的に自己抹消的になる」っていうのはよくよく感ずるところのある考え方です(功利主義が効用を最大化するためには、ある面において極端な合理性を排除する必要があるというやつ)。

シンガーの『実践の倫理』は事前に読んでいましたが、正直例の中では「は?」と疑問が出ることも多かったです(特に医療倫理の面では、「必ずこういう選択をするだろう」「葛藤が生まれるだろう」などという根拠なき決めつけが多い)。「〜である」と「〜すべし」のリンクが自明でなさすぎじゃない?と思っていたんですが、こちらではそれは場合により切り離されて扱われています。整合性があり受け入れやすいかと。

個人的に気に入った個所は、局所的にみればロールズだって選好的な功利主義と真逆のことは言ってないという部分ですね…実際にそうであると感じています。全体主義的だからダメみたいなのはつい言いそうになりますけれども、適用する言説に対して少なくともこういう結果を導くから(そしてそれが全体主義と言われるものであることがあるというだけ)ダメ、という説明が可能なはず。今回の A very short introduction はその辺がちゃんとあってよかったです。おすすめできるかと思います。

 

9.道徳を基礎づける 孟子vs.カント、ルソー、ニーチェ(フランソワ・ジュリアン)

道徳を基礎づける 孟子vs.カント、ルソー、ニーチェ (講談社学術文庫)

道徳を基礎づける 孟子vs.カント、ルソー、ニーチェ (講談社学術文庫)

 

1年くらい前に、人にお勧めされてまだ読めていなかったものです。読んだ。

孟子とかあー性善説の人やろ?としか思っていなかったんですが、性とか徳とか天の概念が思ったよりずっと複雑で面白かったです。キリスト教に根付いた(カント的な)徳は権力と分かたれたものですが孟子はそうではなく徳と得(力で得るもの)はおなじものと捉えていると対比します。必ずしもうまくいってはいないのかも知れないし論拠が弱い部分もあるのですが、根をキリスト教的な部分に求めない「徳の衝動」のような考え方は面白いなと思いました。

 

10.ケアする人も楽になる マインドフルネス&スキーマ療法 BOOK2(伊藤絵美

哲学界隈を通じて知り合った方がスキーマ療法の自助グループ主催をされていて、興味があったのでお借りしました。

中のケースが、えげつなくつらいエピソードが出てくるんですよね…よく生きてこられたなあ、と言いたくなるくらいの人生を送ってこられながら、こんなままで生きたくないとカウンセリングルームに来られたのが最初のようです。自分を助けようという欲求を持てることがまず素晴らしいことである、と本の中でも述べられています。

生きづらさの問題を解決したいと思うとき、すでに自分は自分に対して治療的になろうとしている(スキーマ療法の定義を使うなら『ヘルシーな大人モード』)。

自分にこれを当てはめてみると、苦しみをスキーマとの対話へと昇華すること、(『ヘルシーな大人』を育てる・拡充する)ことは生きていく中で手探りでやっていたようです。あらゆる生きづらさに対してスキーマ療法でなんとかなる、とは思わないし(いずれにせよ心理面接を要するものは非常に時間がかかるのでそれそのものに気合いがいる)、何より自分がその他の心理面接の技法に詳しくないのでなんとも言えないけど、「今、ここから自分を組み直したい人」向けなんだろうなと思った次第です。高齢者や重病を抱える人向きではないと思う。

処理しがたい経験をもったゆえに(それがどんなものでも)、認知に何かしらの強いバイアスがかかって以降の生活に困るような場合、「生活が安定していて時間があれば」できるのかなという感じがしました。少なくとも、衣食住の安心がなかったり、今現在暴力を振るわれていたり、精神疾患の急性期だとかで受けられるようなものではありません(結構侵襲性が高いし、その分実施にも高い技術力を要すると感じました)。そもそも、実施できる人が日本にはほとんどいないという話も伺いましたが。

自分が去年放送大学で受けた授業の中で、こういうケースが挙げられていたのが『地域福祉の理論と実践』だったんですが、暴力により母子ともに歪んだコーピングをせざるを得なかったというエピソードを思い出しました。時間をかけて、それでも「こうなりたい」という気持ちを中心に援助が進む心理療法です。

 

雑記

前回から3か月ほど経過していました。この間に、放送大学の大学院の入試を受けてきました。体調を崩したりストレスが多かったりと散々な秋を過ごしてしまい、もう空気が随分と冷たくなってきています。

今も放送大学に所属しているので、普通の授業の試験準備やチェロの発表会に向けた練習などに追われているので、読書が後回しになってしまって切ないです。

いろんな知識を自分の中に溜めていくのがつくづく好きなのであろうと思います。

 

ではまた、そう遠からずこのシリーズを書けますように。