毒素感傷文

どうしようもなく感銘を受けてしまう日々のあれこれについて。

100冊読破 3周目(61-70)

1.<ひと>の現象学鷲田清一

 

<ひと>の現象学

<ひと>の現象学

 

 みなが貧しかった時代には、家族や地域に、柳田國男のいう「共同防貧」のしくみがあった。その家族や地域の閾が鬱陶しくて、それを経由しないで他者とじかに接触するというのは、それによって生じる傷もまたじぶんで引き受けなければならないということだ。それが「自己責任」の論理である。

社会構造の知覚、身体の可処分性などなど鷲田教授のいつもの抜群な言葉選びで綴られています。とても読みやすいですし、内容としても理解したければ高度なところまで含まれていて実に充実しています。なにかについて、考えるきっかけになる一冊です。とてもおすすめ。相変わらず臨床屋さん向けではありますが、今回は上記のように社会学的な側面も顔を覗かせます。

 

2.〈こころ〉はどこから来て,どこへ行くのか(河合俊雄)

〈こころ〉はどこから来て,どこへ行くのか

〈こころ〉はどこから来て,どこへ行くのか

 

うーんこれ自体を読んでどう・・・というものでもなかったかしら。

言説をそれぞれ読み進めるのは楽しいですが、これを読んだから何かがわかるという類の本ではないし、それぞれの研究領域をおさえていたら内容が楽しめるかな、という本です。まあもともと対談本自体がほとんどそういう「なにかを説明する」類のものではないのですが。

 

3.Hatch組織論 -3つのパースペクティブ(Mary Jo Hatch)

Hatch組織論 -3つのパースペクティブ―

Hatch組織論 -3つのパースペクティブ―

 

これのために、前の記事で書きました。

streptococcus.hatenablog.com

ハッチの組織論は実にいろんな角度から「組織」そのものの構造とその内容を記していて、好きなところを読んでもいいようにできた本だと思います。

マネジメントに興味がある方なら是非読んでみていただきたい本です(私からこの本の魅力はどうにも伝えきれない気がするので)。

 

4.哲学的な何か、あと科学とか(飲茶)

哲学的な何か、あと科学とか

哲学的な何か、あと科学とか

 

誕生日におすすめ本を募ったときに人に教えてもらった本です。とにかく読みやすいというかとっつきやすい。これを読んだからって哲学がわかるといったら各方面から助走をつけて殴られますが、楽しく読むにはこういう「考えることを楽しんでいる」人のものがいちばんである気がします。

シュレディンガーの猫とかゲーデル不完全性定理とかを哲学の命題と絡めながら展開していきます。

後世に名を遺す哲学者の多くは(すべてか?)哲学以外の学問にもかならず習熟しているので(そもそも哲学という学問領域は他の学術領域の延長にいつもあるように思われるので)数学的概念の理解ができたらもっと楽しいだろうなあと思うのです。でも私は哲学的ゾンビの話はあんまりおもしろいと思えない(なぜなのだろう)。

様相実在論を唱えたディヴィッド・ルイスの『世界の複数性について』を今読んだら面白い気がする。

 

5.狂気の社会史―狂人たちの物語(ロイ・ポーター)

狂気の社会史―狂人たちの物語 (叢書・ウニベルシタス)

狂気の社会史―狂人たちの物語 (叢書・ウニベルシタス)

 

古の健康なギリシア人と我が身を対照しみよ、と言ってニーチェは倦むことなく彼の時代を苛んだ。彼らギリシア人は自由な精神をもち、健全で、身心ともに健康な人間の代表であった。「彼らは人生の生き方を知っていた。」

こういう書き口の本を読むのは得意でなくて、とても時間をかけて読みました。ただ、ニジンスキー(バレエダンサー)やシューマン(音楽家)、ニーチェ(哲学者)など私でもさっと作品が出てくるような人たちのその生命の痕跡が病跡として残されているのは大変にありがたいことですし、興味深いことでもあると思います。この本を下さったのはかさっぱさんなんですが、私も同様に、芸術家や学者といった後世に名を残す人間たちの『軌跡』『知覚』について知るのが好きなのです。

中世~近代の精神疾患(あるいは精神病質)の扱いの歴史、無残なのですが読んでおいて損はないといいますか、そういう歴史はやはり知っておくべきものなのだろうと思ったりします。

 

6.反知性主義: アメリカが生んだ「熱病」の正体(森本あんり)

反知性主義: アメリカが生んだ「熱病」の正体 (新潮選書)

反知性主義: アメリカが生んだ「熱病」の正体 (新潮選書)

 

昨今のアンチワクチンとかそういう系かな?って思ったら意外と合衆国成立の宗教的背景とかの話でした でも先住民のジェントリファイとかはやっぱり日本にはなかった文化なのでなんというか面白いというか皮肉なもんだなと思います。良くも悪くもさっくり読めます

 

7.エスノメソドロジーを学ぶ人のために(串田秀也

エスノメソドロジーを学ぶ人のために

エスノメソドロジーを学ぶ人のために

 

このシリーズ『◯◯を学ぶ人のために』、めっちゃいい。放送大学の教科書と章立てがにているから読みやすかったのもあるかもしれないけど、前回の宗教社会学〜もほんとよかったんですよ。

計量社会学的なことは大変意義があると思うけど、要素化しきれない、比較しきれない部分を抽出するにはエピソードの解析手法が問われる。量的分析はそれこそ経済学とかでよく目にみえるけど、固有の文脈やコードの内容の解析はやってみんとわからんなという感じがある。

色々のことを考える。仕事のうえだと、私たちは固有の言葉や文化をもっていて、それは対患者だけではなくこと医療者間、さらには同業種間で用いられる。ちょうど今は新人が育つ時期なので、彼らがこの独特のコードを獲得することについて考えたりする。あるいは、病気という固有の文脈に限れば、こと病歴が半生よりも長いひとを相手にすることも多い自分に関してはこういうコードの理解は実に大切で、また暗黙知から言語に転換される必要性も感じる。現場にいてさえ、これが明確に言語化されているところをあまり見ない)。ところで、ふつうの、普段のコミュニケーションについても考える。会話の噛み合わなさ、'次元の違い'、あるいは文脈の違い。相手が文脈の違いに気がついていれば崩壊したコミュニケーションは修復や副え木することが可能だが、できなければそのまま諦めるしかない。

ふと、東京に遊びにいった時にすごく面白かったのを思い出した。二人の会話がまるでテンプレートをなぞっているようで、台本の棒読みのようで面白かったのだ。『そこになんの齟齬もないようにみえる』ことが、こんなにおかしく感じられることだと思わなかった。コードは個人やバックグラウンドによって異なって当然なので、会話が噛み合わなさそうだと思ったら、互いの諒解のために沈黙や訂正や聞き直しが必要になることはあって当然だと思う。それがまったくないことは、むしろ打ち合わせられたドラマみたいに思えた。果たして彼らは本当に共有できたのかと。

まあそんな与太話はよして、これはふつうに面白かったです 診療場面の解析なんかもとても面白かった(エコーをお腹にあてながら説明するとか、術前の説明とか)。我々は自分のコードを翻訳して相手に伝えるとともに、相手の無意識のコードを解釈して自分たち用に処理しているのだろうなと思う

 

8.ブルデュー 闘う知識人(加藤晴久

ブルデュー 闘う知識人 (講談社選書メチエ)

ブルデュー 闘う知識人 (講談社選書メチエ)

 

フランスの社会学ピエール・ブルデューの本の翻訳・通訳をされていた方が書かれた本。

ブルデューそのひとについての本を読んでみて思うことは、この本の中にもあったけど「社会学をはじめ歴史学、美学、芸術学、政治、哲学、文学、人類学を学ぶにあたってブルデューを解釈することは極めて重要である」ということと同時に、自分の中に基準となる学術領域があることは面白いということ。それは私の場合は仕事のことでもあるのだけど、それ以上にもっとずっと昔から音楽とは親しんでいて、時代を解釈するときにそのとき営まれていた音楽と音楽教育、音楽の集会(聴者のものであり奏者のものでもある)の形態を理解することが役立ってきたなあということ。音楽を理解することは社会の大衆の営みと貴族文化の営みの双方を理解することであったし、宗教の有り様を理解することでもあった。だからそういう風にして、基準となる学術領域からの視点で時代を俯瞰するとともに「その時代の視座に立つ」必要もあるであろうと思われるのです。

ブルデューとジョルジョ・カンギレムの関係も、多分この本を読まなければ知らなかったのであろうと思われます。自分が拠って立つにしろそうでないにしろ、何か学問を深く学びたいときに「その体系」を時系列に整理したり、交錯していた年代を理解することも面白いです。

 

9.社会哲学を学ぶ人のために(加茂直樹)

社会哲学を学ぶ人のために

社会哲学を学ぶ人のために

 

これあれだ、『いま、世界の哲学者が考えていること』の、まじめ版といってもいいかもしれない。まあその本はわりと一般人向けに書かれているので情報分野とかはとくによく書かれているのだけど、あれ読んで面白かった人はこれ読めると思う。語彙も平易な入門書といえそう

対して公共の哲学の難しさは、なんというか空間やコスモポリタニズムと政治の扱いにあるのではないかなという気がする。公共哲学とはなんだろう、という本も読んだことがあるけど、こっちの方が概念理解がスムーズなのだ

イメージとしては、社会哲学を学ぶ人のために>エスノメソドロジーを学ぶ人のために>公共哲学とはなんだろう、を読むと概念理解はどんどん形而下から形而上に進んでいける。ただ扱う規模に関してはエスノメソドロジーが一番小規模でわかりやすいね

 

10.言語ゲームと社会理論―ヴィトゲンシュタイン ハート・ルーマン橋爪大三郎

ヴィトゲンシュタインの思考にちょっとでも触れたくて読んでみたのですが、読了後書いたものがルーマンに詳しいらしいひとからつっこみを受けました。

すみません、ハートにしろルーマンにしろ私はそのときはじめて聞いたようなド素人です。

本文内容とは別に、あとがきがものすごくきれいな文章だったのでちょいと引用させてください。

本文を書き了えたいま、あとがきに書くべきことが思いあたりません。と言っても、会心の出来といういみではないのです。これはまずった、しくじったというところばかり。手を入れればきりがないし、いまさら言訳けは見苦しいし。大きな口をたたいたわりには大した仕事もできていない自分を愧じる気持で一杯です。つぎの書物で挽回するしかありません。

日本は、あるいみでは、厳しい土地柄です。まっとうな学問的努力、創造的営為をまっしぐらに持続しようとするとてきめんに、いろいろ理不尽な障碍にぶつかるらしいのです。皆さんもご存知でしょう。しかしそうした困難も、また、それをわが糧としないようではなんの創造的営為と申せましょう。

ものを書く。考える。……これすべて無償の営為であることは、言うまでもありません。自足せる栄光であります。それなのに、わずかとはいえ印税なるものまで手にできるとは、これぞよいしるし、商品世界の有難さに思わず感謝せずにはおれません。もしもその上、この書が読者の喜びーーお支払いいただいた代価の苦痛を上回る喜びーーともなるなら、これを仕合わせと言わずして何としましょう。そうあれかしと祈るばかりです。

さいごにやはりこのことだけは。畏友落合仁司氏の口ぞえこそあれ、無名の私に執筆のチャンスを下さり、周到な編集者の配慮をもって終始根気よくおつきあいくだはった富岡勝氏に、どう感謝すればいいのか。氏の(口車とは言いません)適切なおすすめがなかったら、本書をまとめる気はおきませんでした。とにかく心からお礼を申します。

著者識
一九八五年二月