毒素感傷文

院生生活とか、読書の感想とかその他とか

100冊読破8周目(11-20)

1.2.コミュニケイション的行為の理論中・下(ユルゲン・ハーバーマス

中〜下はパーソンズ、ミード、さらにはマルクスまで及んで各学説の解説に加え、「社会学はコミュニケーションにおける構造は扱っていても中身を扱ってねえんじゃないの」という持論の展開。つまりは「生活世界」の概念の提示とその根拠の話なんですが、今でこそエスノグラフィなどでさかんに研究されている相互行為の様相は当時の社会学の論壇ではあまり扱われてこなかったという気配を感じました。というか私がちょびっとかじった程度の社会学の歴史は1980年くらいだとまだ構造主義に圧倒されている感じがする。

ハーバーマスはそこを指摘しつつ、各人のもつ主観による相互行為の重視から出発してこれを討議倫理に持ち込んだと思ってよろしそう。

 

 

3.子どもをうまく愛せない親たち 発達障害のある親の子育て支援の現場から(橋本和明)

大人の発達障害という概念がずいぶん浸透し、また、子どもの発達障害に対する早期発見と療育につながるメリットもごく一般的なものになってきました。

そんな中、「発達障害のある子にどう接するか」「発達障害のある大人がどう生きるか」といった最近多数出版されているトピックではなく「発達障害のある"親"が"子育て"するのをどう支えるか」、というトピックに着眼しているのが本書です。言葉も平易で、さらに事例から学んでいくので普段あまり本を読まない人でも抵抗なく読める気がします。漫画を読むような気分で読める。

 

いくつものエピソードが出てくる中で、印象的だったのがこの事例。

(前略)δさんは夫と相談し、普段はレトルトの料理でおおよそ済ませ、可能な場合は休日に1、2品の手料理を作って食卓に出すか、冷凍にして平日に回すことを考えた。δさんは子どもを出産したら、愛情あふれる母親の手料理を子どもに食べさせるのが夢であったが、それをがむしゃらにしようとすると自分を窮地に追い込むだけではなく、子どもにもよくないとの考えに至った。その結果、先に述べたやり方が生まれたのである。

母親の手料理は子どもへの愛情かもしれないが、必ずしもそれだけではない。δさんのように、子どもや家族のために必死で働き、なおかつ日常では家事や子育てをやりくりしている。そのこと自体がまさに母親の愛情である。

食事の提供のあり方をとっても、子どもの栄養のバランスが偏ったり、食べさせないで空腹状態にさせたりするとしたら問題であるが、そうでなければいろいろなやり方があっていい。筆者はそこに子育ての"多様性”を見るのである。

 

どうですか、発達障害なんてあってもなくてもこの節には(家事や育児のどの部分の手間を省くにしても)何かしら救われるところのある人はいらっしゃるのではないでしょうか。

どのご家庭にも十人十色の工夫はありますが、こうした事情が伺い知れるのはまさにいまの自分にも励みになる本でした。薄いのですぐ読めます(アピるな)。

 

4.「空気」の研究(山本七平

「そうさせる"空気"があった」…など、日本人固有の「責任を宙に浮かせる」言い回しとその本懐について過去の事例を遡る本です。1980年代くらいに上梓された本だったと思いますが今なおこの議論は有効ですよね…枚挙にいとまがない…。

また、「そうするしかない空気があった」などの不可抗力の言い訳以外に面白かった節が、「絶対悪」をおくことで相対的な善悪のありかたが無視されるというくだり。 道徳的な善悪の存在しない(あるいは情況により結論が変わりうる)場面で、道徳的に絶対的な悪者を決めてしまうことがあるよね、という事例が出てきます。

私は理論的なほうのフェミニズムはわからないのでなんともいえませんが、ネット空間における、特に性差を話題にした議論にはこれを見出すことがあります。「すべての女性はすべての男性のことがうっすら嫌い(怖い)」みたいなのを見るにつけ。反論として逆差別を用意する方も勿論です。本書は主に時事問題だし、書籍の刊行は1983年と随分古いので、古くは太平洋戦争だし近くは公害だったけど、今はポリティカル・コレクトネスかも。

 

知人がおすすめしていた本ですが、地元の図書館で運命的に(?)出会いました。稀によくある。

 

5.研究者の子育て

 

6.「孤独」の価値

薄いのですぐ読めます。2014年、まだコロナなんて当然なかった時期にこれを書けるのは(てかこんな生活してたんか)、森博嗣氏ならではという感じがしますね。先見の明ってやつだ。

孤独にみえる人について「アイツ寂しいヤツだね」と嗤うのはどうなんですか、孤独は結果であって内面の豊かさは測れないのではないですか、孤独を怖がって群がるような連中が群がっていること自体は本当に楽しいんですかそれは1人で充実するよりも大切なことですか?みたいな良い問いがたくさん入っていました。

まあとはいえ孤独であることそれ自体が人に及ぼすダメージというのも近年では報告されていたような気がしますし(特に独居高齢者男性だった気がするけどもちろん出典は忘れた)、楽しみを追求した結果の孤独であれば本人は幸福(永続的な孤独でないならば)であろうといえそうだけど、孤独「感」というのがきっと厄介なのだろうなと思います。孤独感がなければ別に孤独でも(絶海の孤島など致死性の高いものでない限りは)ただちにどうこうということはないけど、孤独感をもつことが苦手な人は確かにつらいだろうと。本書の中では孤独感(からくる辛さ)への対策として創造的なことに手をつけようとあります。まあそのように思う。絵を描くとか詩を書くとか、「見たり読んだりするだけではだめ」。これは本当に。能動的な姿勢により、何か金銭的価値を生み出すことかとは軸の異なる作業による癒しとか達成感みたいなものがある。私は音楽だったしカメラだったわけですが、むろん今はできていません。

コロナ禍の自粛生活が辛かった人は、どちらかというと「孤独に慣れていない」「能動的に孤独になることがなかった」人なんだろうなと今更ながら思いました。しかし、「寂しさに対するアドバイス」って直接人にできるものではないんだよなあ。そして「寂しい、友達(恋人)欲しい」とか言ってる人にこの本を読んでもらったところで、この本には「孤独には効用がある、決して悪いことじゃあない」ということが書かれているだけなので当然別に友達も恋人もできない。中高生のとき、友達ができないという悩みを何人かから聞いたことがあったけどできることが何もなかったのを思い出しました。なんか悲しい感想だ…おすすめですがね…

 

 

7.赤ちゃんのための補完食入門(相川晴)

Twitter(かたくなにTwitter)ででかいアカウントの先生ですね。近所の児童館に寄贈があったので読みました。現在は改訂版があるようです。

離乳食が、食べることで卒乳を促す食事、従来の日本の育児に由来するものであるとすると補完食はWHO準拠で、「母乳(またはミルク)に足りない栄養素を補う食事」という感じらしいです。

まあでもとにかく読めば読むほど「鉄分は必要だが補うのは難しい」…という。じゃあ実際日々の離乳食にどんだけ反映させるかってえと別に私は変わらない(変えられない)んですが、とりあえず良いとこどりだけしました。

上の子と違うところは、

①5ヶ月から2回食、つぶし粥

これは咀嚼が上の子より結構しっかりしていて食べられそうだったので。2回食にしたのは、アレルギーチェックをさっさとしてしまいたかったのもありますが、哺乳量が上の子よりどうも少ないようなので。上の子は生後4ヶ月で160〜200ml/回の母乳またはミルク飲んでましたが、下の子は今も100〜140ml/回くらいです。体重の伸びは大して悪くもないので「そういう子」という認識です。尋常ではない米への食いつきを見せているので、しっかり食べさせようかなあというくらい。

②卵をさっさと進める

卵白をあげるのが怖かったり、卵黄を7ヶ月から始めたりしていたのですが、本書を読んで5ヶ月の終わりくらいから卵黄をはじめました(本当は全卵を使用した卵ボーロからいっちゃって良いらしい)。たまご粥も余裕の食べっぷりだったので卵黄1個まるまる入れたお粥も優にクリアして、6ヶ月台で卵ボーロ粥(???)を食べています。やったぜ。

③早めに赤身魚をあげる

これはまだ。鉄分を多く含むからということですが、たまたま他の魚を進めてしまっているので鉄補完系のレトルトパウダー系ベビーフードで誤魔化しております。まあこんなの全部自己満足だよ。幸い下の子も好き嫌いせずモリモリ食べてくれるので、文句を言うようになるまで鉄分を盛り続けようと思いました。

 

 

8.赤ちゃんからはじまる便秘問題: すっきりうんちしてますか?(中野美和子)

こちらも近所の児童館にあったもので。

私は小児の成長発達は机上の知識しかなく、臨床はむしろ失う過程をやってきた(つまり高齢者や認知症ゆえの機能喪失をみてきた)ので、逆を考えて理解することが多いです。排便のプロセスに関しても、かなり興味深いと思っています。

面白かったのが著者は小児外科で、「外科系はとりあえず浣腸で出してから考える節があるが、内科系(一般小児科)では内服で粘ることが多い」という見方。著者としてはまずきちんと癖を元に戻して直腸の感受性を戻してやろうというもの。

我が家に照らしあわせると、上の子も下の子もほぼ完母(預けている間だけミルク)なのに下の子だけかなり便秘気味(出せなくはないけど数日あく)で、綿棒刺激やるのはこちらとしては構わないけど果たしてやられる方(?)はどれくらいが受忍限度なのだろう…とよく思っていまして。3-4日にしてたんだけど、もう1日空いたらやっちゃえという気になってきました(やってます)。

上の子も上の子で、下の子が産まれる前後で様々なストレスが嵩んだ結果かして便秘に悩んだ時期があります。排便の様子も本書の描写にぴったり。心配だしかわいそうですがとにかくコントロールしてあげるしか手段はないわけで、ひとつこの本が指針になってくれました。

 

9.沈みゆく大国アメリカ(堤未果

10年前の本を今頃読んでしまった…オバマケア、当時も何やら問題アリというのは聞いていたけれどおおよその根本は財源が国庫ではなく民間保険であることによるものです。中間層をごっそり痛めつけてしまったよという話。日本との違いは国庫からの支出の有無だそうです。

とはいえ日本も高額医療費制度の見直しなどで最早底が抜けてきているのが現実ですがね…

 

10.1100日間の葛藤 新型コロナ・パンデミック、専門家たちの記録(尾身茂)

かの有名な尾身先生がコロナ禍での振る舞いを振り返った記録。各フェーズ、提言の前後に起こったことを節として話が進むので私たちの生活を振り返りながら読めます。

専門家が政治の矢面に立つつもりはないと何度も意思表示をしていながら結果的にそうなってしまったこと、その一連のあいだの思路をこうして一般書籍で読めるのはとてもありがたいことです。間違いなくおすすめです。

また、前の10冊で読んでいた『WHOをゆく』でこれまでの各国政府との公衆衛生にまつわる折衝との違いがわかるのも良かったです。政治サイドの見解と不一致だった部分に関しては、どのタイミングで不一致だったか、そしてその後どうすり合わせたか(すり合わせられなかったか)などパターンわけした反省があるのは非常に参考になると思います。政治関係者は全員読んでほしい(圧)。

 

 

10冊を読んで

今回の10冊も半年ほどかかりました。1冊目のコミュニケイション的行為の理論を読んでいたのはまだ産後1ヶ月になっていなかったころのようで、産後ケア先で毎日論文や公募の書類を書きながら疲れたときに読み進めたのを覚えています。いつものことながら激動の(?)半年でした。ここから先10冊はたとえ半年あっても読めるかどうか怪しいですが、楽しんでいこうと思います。えらくポジティブだな。

 

ではまた、ごきげんよう