毒素感傷文

どうしようもなく感銘を受けてしまう日々のあれこれについて。

義理チョコとしての感情/愛情

暫く『愛情とは』『感情とは』という話題をTwitterのタイムラインで見ていて考えたことをまとめておきましょう。

駆け出しながらも専門職者なので、自分の技術をそう安く売るのはどうかと思ったりしました。しかもこれは完全に個人の見解ですので、それが職の名をかぶって歩くことも少し危惧しています。が、しかし専門職として身についたというよりは日々臨床と向き合ったり座学で考えた結果手に入れたものであり、特にこの職に特異的なスキルでもなければ誰でも手に入れられる技術だと思うので、あえて開陳しましょう。

 

最初に申し上げておきますと、以下のお話は対象は患者ではありません(患者にはもっと気を遣います)。医療スタッフや知人友人と接する際などに、私がいつの間にか身に着けていたものです。

 

1)気づかいの技術:相手と、時々自分を錯覚させるということ

私たちは職務上、相手に興味関心を寄せることを求められます。まったく興味がなかったとしても、その情報は仕事上必要なので手に入れなければならない。

しかし、相手に自分の情報を渡すにあたって、肯定的か否定的かどうかもわからない状態では相手を怖がらせますし警戒させます。

勿論職務上なので立場も明示しますし、相手も情報を悪用しないことは重々承知のうえです。しかしそれ以上に情緒的な受容が求められる場面でもあるため、我々は技術を使って面接を行います。そして私は、それが日々の人間関係にも用いられつつあるなあと思うことがあります。そういう前提のもとに以下が考えられます。

 

①相手を無条件に肯定すること

受容の姿勢は、黙って相槌を打ちながら話を聴くだけで伝わる時もあれば、それだけではないときもあります。相手の話を解釈し、自分の見解で相違ないか確かめ、たまに大げさに驚いたり悲しんだりもします。

ここにひとつめのポイントになる、意図的な感情の表出があります。

相手が感情を持っている以上、こちらも感情を持っています。当然人間対人間ですから、陰性感情を抱くこともありますが、それはぐっと伏せます。何故ならこちらの陰性感情を相手に読み取られると、相手の自由な感情の表出を妨げてしまうからです。

けれどなんの感情的反応も返さない状態も、それはそれで相手に不安を抱かせたりします。なので、『私は情緒的にあなたを受け入れることができる』という姿勢を最初に示しておくのです。

 

②「共感されている」と相手に錯覚させること、時に自分をも騙すこと

我々が身に着けるべきとされているスキルのうちに「傾聴」と呼ばれるものがありますが、傾聴とはただ話を聴けばいいわけでもありません。

話を聴いたうえで相手の葛藤を解きほぐし、具体的な問題の解決でなく情緒的な納得を促すものです。

 

ですが、情緒的にいつも相手の心情を理解できるわけではありません。人間のものの感じ方など、突き詰めれば本人以外に理解はできないのです。ですが、『理解された』『受け入れられた』と感じるには、すなわち錯覚が必要となります。「この人に受け入れられた」と思わせる技術とは、なんでしょうか。恐らくケースバイケースなのでしょうが、基本的技術としては

・対象の考え方をインストールする

・その考え方で状況をシミュレーションする

・シミュレーションして得られた感情について、言語化する

・言語化して相手の同意を得られたとき、「理解された」が成立する

というのは一つの道筋であると思います。これにももとになる理論はきちんとあるのですが、引用が面倒なので割愛しますすみません。

 

 

 

2)義理チョコとしての感情

で、上記の前提スキルを手に入れたうえで、自分の本来の感情とはある程度乖離した『義理チョコ』的感情をもつことについて考えていきます。

 

①義理チョコ的感情の抱き方

実際には情緒的に受け入れられない場合でも、ある程度義理の感情を持つことで相手との間に緩衝材を入れることができます。共感できない考えでも、情緒的なつながりをもつことができるわけです。

それは実際に抱いてる感情でなくてもまったくかまいません。しかも、実際に抱くことすらしなくてもよいのです。ただ、相手との関係の醸成の際に必要そうな肯定的感情を明確に示し、なおかつ自分と相手を上手に騙せればそれでよいのです。

 

②義理チョコ的感情/愛情のメリット

心から愛情や感情を抱かなくてもいい、というと一見無味乾燥ですけれど、実際にやってみると情動はかなり楽になります。何せすべてが本物というわけでもないので、その場を離れたら着脱することができるのですから。

着脱可能で、かつ相手に好意を示すことができるというのは武器になります。あくまで相手からも好意を要求するのではなく、ギフトのようなものです。いらなければ捨ててくれてもこちらの心は痛まないし、受け取ってもらえれば一石二鳥。まさに義理チョコなのです。

 

③義理チョコ的感情/愛情のデメリット

一見なんの副作用もなさそうなこのシステム、使い過ぎるとそれはそれでデメリットもあります。

・自分の本来の感情を見失いがちになる

敵を騙すにはまず味方から、と自分を騙して感情をまとい続けていると、本来の自分の感情がどんなものであったかわかりづらくなってしまいます。対面上の感情を抱いたら、その場を離れたあとは本来の自分の感情を取り戻す作業もしておかなければいずれ感情がわからなくなってしまうのです。

 

・相手から『本命チョコ』が返ってきたら面倒な手続きが必要になる

自分の義理チョコが好意的に受け止められ、相手から本命チョコ、つまり好意が返ってきた場合が結構面倒です。義理チョコで返してもらえればそれでよく、そこから相手の本心を確かめながらこちらも本心を返すというすり合わせをしていけば手順として問題ありません。が、いきなり本命チョコが返ってきた場合、こちらとしては『義理だったのに・・・どうしよう・・・』と相手を騙したことに罪悪感を抱き、なおかつ本心との乖離に戸惑うことになります。

 

 

 

3)何故義理チョコなんかわざわざ持たなくてはならないのか

むしろこれを最初に持ってくるべきだったのかも知れない。まあいいや。

この義理チョコ的感情/愛情は

①他人の愛し方がわからない

②他人を心から愛したり受け入れることができない

③他人から受け入れてもらえない/受け入れられていると実感できない

④自分の感情ないし愛情は他人にとって迷惑・恐怖なのではないかと悩む

などといった自意識から生まれる問題で葛藤する人のためのツールだと思っています。

悩んでいないのならこんな回りくどいことはしなくともよいのです。

ただ悩み続けた結果いまこのかたちで落ち着いたので、使い物になればと思ってまとめておきました。

 

 

4)も一度まとめ

要するに言いたいことは

①義理の好意を持つのは相手のためでもあり、弱い自分の本心を守るためでもある

②義理なので、受け取ってもらえなくても傷つく必要はない

③一度着たら脱ぎましょう

④義理を使いこなせるようになったら、本心のすり合わせも練習しましょう

 

 

でした。長々とお付き合いいただきありがとうございました。

お返事になれたかどうかはわかりませんが、私なりの答えです。