毒素感傷文

どうしようもなく感銘を受けてしまう日々のあれこれについて。

mixiから:親離れ子離れ(20150207)

愚痴と分析。





最近母の傍若無人ぶりが目に余る。
最近てか数年前からだけど、父が病気になり退職してから輪を掛けて酷くなった。

父の目の前で私に向かって本人への当てこすりをしてくるし、毎日父を年寄り扱いするし(うちの親はほぼ一回りの年齢差があるので母親は若い)。

昔は父が傍若無人だった。今もだけど、夜はいつも晩酌していて、なんかの拍子に勘忍袋の尾が切れるらしく娘たちによく怒鳴っていた。だから昔は父のことがあまり好きではなかった。
父は自分が役職や、そのうち職そのものを退くにあたり相当な覚悟を要したと思う。他にアイデンティティのあるような人ではなかったし。多くの社会人男性がそうであるのと同じように。

私は父が傍若無人だった頃、母がその矢面だったことを知っているし、父がそんなことばかりで家庭というものの調和を軽視してきたが故に今があると思っているから、今この状況を憐れんだりはしない。因果応報だと思っている。

そんな背景をもって、2ヶ月も実家で暮らすのは久しぶりで、私はとうとう親離れが完了したことを感じざるを得ない。少し悲しいような気がする。
こんなに尊敬していて愛しているのに、ひとりの成人としてみっともない面を、みっともないとは思いながらも敢えてそれを糺しもせず、恥ずかしいことしてんなぁとしか思えないのが悲しい。
特に母に関しては、母自身がまだ私を味方だと思っているであろうことが痛々しくて、ああもうこの家という子宮の胎盤は機能していないのだと思わざるを得ない。

そもそも今更24にもなった私がこんなことを言うのも恥ずかしいじゃないかというご意見ももっともだろう。

私はどうにも、コーピング行動が母にそっくりらしい。嫌になる程。
尊敬する人には、自分より人格者であって欲しいという願望が強すぎる。10年前から薄々気付いていたのに、受け入れたくなくて、ずっと足掻いていたんだろうなぁ。自分が悪いんだと思いたかったんです。親の言うことが正しいと信じる為には、腕でも切って自分を痛めつけなきゃもう二進も三進もいかんかったのです。途中からはただの自傷行為への依存になって、言語化を諦めただけでしたけど。もうしなくなって結構経つけど、辛い時に楽になりたくて切っちゃいたい時は何回かあったような気がします。そうすると、誰かが悪いって感覚から抜け出せて、ああ自分が愚かだったのだと認められるような気がしたので。

母はそういう誤ったストレス回避行動をしないから、今ああやって父をこれ見よがしに傷つけていますけれど、いずれ自覚するときが来ると思います。こないかもしれないとずっと思っていたけれど、今日の様子を見るにあれはいつか後悔するときがくる。その時まで父は黙って耐えていればいいし、その時がきたら娘たちはあたたかく迎えてあげれば良いのです。きたらですけどね。来なくても本人の意思なので仕方ないし、どうでもいいっちゃどうでもいいです。家族が円満であるのが前提なんて不思議な話です。

暫くどうしても親を恨んでしまうことが続いて、あまり恨みたくないので距離を置いてきましたが、こうやって近くにきてやっぱりもう1人の人間としてその姿勢に学ぶべきことはなくなってしまったと感じるのが嫌だったのだと思いました。

私はやっぱり尊敬する人にはいつまでも私を叱れる人であって欲しいと思うので。叱って、諭して、諌めてくれる人が欲しいです。甘える先が欲しいです。もう随分口が達者になってしまって、そういうことを面と向かって言ってもらえる相手はほとんど居なくなってしまいました。年を取ったので当たり前かも知れません。
でも10年くらい前から常々公正に勤勉にと努めてきたので、そもそも子ども時代からそういうことはほとんど無かったのです。やんちゃできるならしておくべきでした。まぁ自殺企図は盛大なやんちゃといえばそうなんですが、もう誰も口出しできる状態ではありませんでしたし。唯一2番目の姉だけが、私に怒りをぶつけました。数年後、謝ってくれましたが。当然の怒りなので、許すも何も私は最初から姉にどうこう思ってはいませんけどね。ただただ迷惑をかけたことが申し訳ないくらいのことです。



昔からアンバランスな人間ではあったのですが、表面だけ大人びてしまったせいかこういう願望は本当に10年前くらいのままで、素直に怒ったり泣いたり笑ったりできる人が羨ましいです。私は相手を明確に据えて、自分の未熟な部分を認めてもらうような危険を冒すことができないので。まぁ他の部分だって十分未熟なんですけど。

自殺企図をした時でさえ、自分が不幸だとか恵まれていないと感じたことはありませんでした。むしろ誰よりも恵まれていて幸福で、懸命に生きることを休みたいと願うことはとてもいけないことのように感じていました。





何かと較べるようなものではないのですが、やっぱり、大人になってからなるうつ病と私のような成長発達の段階での気分障害では、より未熟な段階での発症の方がなんとなく予後が悪い気がするのは気のせいでしょうか。
なんというか、きちんとそういったあれこれに迎合できていたら、両親の人間としての不完全さを許したり自分の未熟さを許したりできていたら、まだもう少しましなことが言える大人になっていた気がする。少なくとも今更こんなことを片付けなくてはならないあほではなかった気がする。

表面だけ、本当に表面だけ偉くなり過ぎて、こんなクソによく色んな相談を持ちかけてもらったり迷った時に助言を求めたりしてくれて、いつも本当に申し訳なくなる。もっとマシなのに話しかければいいのに。
そして周りの人に頼るには今更私が持っている問題は幼くて、話にならんのですよ。
つくづく人には頼れない性格です。

私は私の信じていた神様を2人も失ってしまったように思います。こういう時、信じる神様を持っている人がとても羨ましくて、私も何か信仰を持っておけば良かったと思わざるを得ません。