1.哲学の密かな闘い(永井均)
大衆誌に寄稿したものから、論文の内容を改変したものまで。最初は倫理の問いや、前提を疑うとはどういうことかという問題からはじまりますが、最終章とかはヴィトゲンシュタインの「語りえないもの」を語ることについてなど結構言語と心理の間をいったりきたりして楽しいです。入門書では、あまりない。道徳や実存のやさしい形而上学(形而上学の中ではまだやさしいのでは?)という感じですが、腑に落ちるほど深く読み込め派しなかったなあとちょっと反省。
2.選択の自由―自立社会への挑戦(ミルトン・フリードマン)
- 作者: ミルトン・フリードマン,ローズ・フリードマン,西山千明
- 出版社/メーカー: 日本経済新聞出版社
- 発売日: 2012/06/26
- メディア: 単行本
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選択の自由、Free to chooseだったので『選択するための自由』(つまりケインジアン的な「公的機関による経済政策や緊縮」に対する批判)という感じです。結果の平等じゃなくて機会の平等をって何度もいっていてよさがあった。つまりマクロな視点での厚生(公正といってもいいのかもしれませんが)を含みますね。ただマクロ経済学的な視点、どうしても個人がエコンになりがちなのどうにかならないのか。
3.脳はいかに意識をつくるのか―脳の異常から心の謎に迫る(ゲオルク・ノルトフ)
これはめっっっっっちゃ面白かったです、面白いというか読みやすい。臨床にいる人で知覚の哲学や心の哲学に興味がある人にこそぜひ手にとってほしい。1冊目だとしても読める気がします。アントニオ・ダマシオ「自己が心にやってくる」より多少読みやすいかもしれない。現象学や実存主義に興味がある人ならばさらにおすすめかもしれない
著者のゲオルグ・ノルトフ氏は現在の心の哲学と呼ばれている領域だけでなく大陸哲学からも着想はよく得たとあとがきで説明されていて、そのあたりはメルロ=ポンティやフッサール、ハイデガーのような身体性や自明性の主観とふかく結びついていることからもよく読み取れる。臨床のひとにとってなにが嬉しいかというと、これはよくあるケースを具体的にもってきて想像させてくれることにある。最初は脳損傷、次は抑うつ、最後は統合失調症といった学生のときから触れてきたケースをもとに哲学の世界に入ることができる。それも科学がベースなので用語がわかりやすい。
心の哲学や知覚の哲学において、臨床(ないし科学畑の方)に他の本をなかなかオススメしにくい理由は、哲学は概念理解が難しいのでスーパー勉強できる人か天才じゃない限り一読して楽しめることはないという点にあります。あんまり面白くないのです。その点この本は、きちんと面白く今の哲学の問題に触れながら、歴史も辿るのです。デカルト、フッサール、ハイデガー、メルロ=ポンティ、(本文中に名前は出てこないけど)とくに統合失調症による自我の自明性の崩壊とかは木村敏にも薫陶を受けたそうな。自分としては統合失調症の臨床には携わる機会がなくて教科書的な知識しかないのでたいへん嬉しかったです。自分が支持しているのはメルロ=ポンティそのものではなくて、彼が扱う受肉の概念のうち、心(世界の内面)の統覚としての「意識」と世界を知覚するための機関である身体(肉)が早期にまとまって示されたことにあるんですが、本書ではもやもやをもう一つ斬りにいってくれていましてですね。メルロ=ポンティはそれによって世界が与えられる、というのに対して自分は意識や知覚というのは身体活動(神経活動含む)の結果(≒副次的な効果)でしかないと思っているので、そこがちゃんと言語化できた点で本書はとてもよいです 素晴らしい クリストフ・コッホの「意識をめぐる冒険」以来です。先に挙げたダマシオの「自己が心にやってくる」、クリストフ・コッホ、スタニスラス・ドゥアンヌ「意識と脳ー意識はいかにしてコード化されるか」なんかも今までに読んでいいなと思ってきたものですが、これらは理論的に大陸哲学を説明するものの、見方としては非常に認知科学や計算科学寄りなので、世界の体験(すなわち自己の一端を担保するもの)の主観性や身体知覚と脳の関係についてそこまで簡潔に示されてはいないのですよ。まあ読んでいる私がアホといえばそれまでなんですが、やはりアホである利点は初読者にも楽しい本を紹介できる点にあると思っているのです。本書の中では、人格と身体の対話がでてきていました。身体は、脳が世界を知覚するのに必要なトンネルのようなものだという結論になっているのですが、言葉選びはともかくそんな感じの答えを自分も持っています。そしてその身体による世界の知覚が部分的に遮断されることにより自己が隔絶するのが統合失調症なのだと。このあたりは中井久夫氏や木村敏氏の本を読んでいる人には腑に落ちやすいところかと思います。
4.トマス・アクィナス 肯定の哲学(山本芳久)
感情に関する哲学(倫理学か)の本、いくつか読んできましたが「神学大全」にはさすがにとっつきにくいなあと思っていたので本書がようやく初めて読んだトマス・アクィナス単身の解釈本です。自分は徳や愛の神学的解釈がもともと苦手です(ミシェル・アンリつらかった)。
遠藤克巳「情念・感情・顔 コミュニケーションのメタヒストリー」
ヴラジーミル・ジャンケレヴィッチ 「徳と愛」
アダム・スミス「道徳感情論」
ルネ・デカルト「情念論」
くらいですかね、感情に関する哲学でこの本とのつながりを感じるの。
ユルゲン・ハーバーマス「公共性の構造転換」
イマヌエル・カント「実践理性批判」
もいれてもいいかもしれませんが…。
いやまあ概念の扱いに関しての繋がりであってこれは完全に私の頭の中だけで完成する地図のようなものです
「情念」が「感情」を惹起するのですが、情念[passio]というものが受動[passio]であることは感情(心の状態)について論ずる哲学の本ではよく説明されています。が、トマス・アクィナスは情念は必ずしも受動的なもののみに留まらないとしているのが印象的でした。言葉の指向性と情念のありようについては私は國分功一郎氏『「中動態」の世界 意志と責任の考古学』がいちばんわかりやすくて詳しいかなと思っています こういう概念理解は現在の心理学や神経科学ではそんなに出てこないので、徳倫理学や公共の哲学について考えるのはとても楽しいのです
接近と後退に基づいても、善と悪の対立性に基づいつも、対立するもの持てないという点において、怒りという感情地は独特のものがある。なぜなら、怒りは、既に降りかかっている困難な悪から引き起こされるからである。ートマス・アクィナス『神学大全』より
トマス・アクィナスの感情の分類はデカルトの情念論と似ていなくもないのですが、『怒り』の特殊性とそのエネルギーの高さについてや愛と憎しみの関係はとてもよかった。
5.ウィトゲンシュタイン―ネクタイをしない哲学者(中村昇)
ウィトゲンシュタイン―ネクタイをしない哲学者 (哲学の現代を読む)
- 作者: 中村昇
- 出版社/メーカー: 白水社
- 発売日: 2009/11/01
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フォロワーの方がお話しされていて気になったので読みました。結論からいうととてもよかったです。ヴィトゲンシュタインは『論考』を読んだきりだったのですが、その若年から晩年までの思考や哲学の立ち位置を口調は軽く、中身はしっかり解説されています。
ソシュール-ヴィトゲンシュタイン-デリダの対比がよかったですねえ。あとは生の哲学といわれる所以がいままでようわからんかったのですが、生活の哲学に近いのかもしれない。オースティンの言語行為についての話ともちゃんと絡めてあって、『論考』で楽しめなかった部分が随分詳らかでありました。ヴィトゲンシュタインは倫理や宗教についての『内容』は語ることがなかった、っていうのとても好きです。かれは形而上学のための方法を検討し、その問いの立ち方のナンセンスを指摘しただけなんかなという気持ちです。あと後年の『言語ゲーム』は結構社会学とか人類学は学ぶところが多い気がしますね。ちなみに後半はレヴィナスとかデリダが結構全面に出てくるので楽しいですが、彼らの提示する概念の理解は非常に難しいです(ヴィトゲンシュタインだけを読んでいればいいというわけではなさそうなのがミソ
6.現代形而上学入門(柏端達也)
最近出た本で気になっていたのが図書館にあったので思わず借りたのですが、入門でもなんでもなかったので心が折れて結構時間をかけて読みました 時間をかけたわりにわかることはそう多くないのですが、形式言語と日常(自然)言語をつなぐためにいくつかの概念の紹介がなされています。そういえば放送大の記号論理学の授業をいつかとろうと思っているので、その前準備といえばそうでもあるのですが、むしろ記号論理学を講座でとってやっと理解に足をかけられるかいなかといったレベルです 読めない、読めないぞ…!
面白かったのは4.5章あたりですかね。4章は人間が価値を賦与しているものについてで、5章はフィクションと偽のちがい(階層性)についてです。基本的に現代哲学からのアプローチなのでまったくついていけないのですが(3章のトロープについてはちんぷんかんぷん過ぎました)ただまあ今読書会でウィリアム・フィッシュ『知覚の哲学入門』を読んでいるので、とくに前半を読解するのに必要かなと思ったのです(語用論についての言及があるので)。あと物質のアフォーダンスやサイン(記号)の理解は、人間の認知心理の面でも哲学の面でもかなり楽しくアツい分野であると(自分の中で)思っているので取り上げられていて嬉しかったです でも分析哲学は全然ついていけそうにない。
7.哲学の誤読 ―入試現代文で哲学する!(入不二基義)
おおこれは高校時代現代文の評論好きだった勢にはぜひ読んでほしいものかもしれない。 深い内容に落とし込んであるが『入試問題』という限りある時間の枠組みの中でほどほどに読まなければならない文章をこんなに深く、適切に解読するのは結構骨が折れる けど哲学の作業は本来こういうものなのではとも思ったりする。時間論(4題目は実在論というべきやろうけど)が2例も出されていたのはよかった、なにせあまりその辺踏み込んでいないので。1題目はお馴染み野矢先生の他覚的知覚に関するお話で、とくにこれに限っていえば自分は思うところが多くありました。なにせその領域が飯の種ですからね。
8.社会シミュレーション ―世界を「見える化」する(横幹〈知の統合〉シリーズ編集委員会)
社会シミュレーション ―世界を「見える化」する― (横幹〈知の統合〉シリーズ)
- 作者: 横幹〈知の統合〉シリーズ編集委員会
- 出版社/メーカー: 東京電機大学出版局
- 発売日: 2017/09/20
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表紙が面白いですが中身も面白いです。人間をエージェント化して移動や定住(社会の不寛容性と都市の配置の変容)をシミュレートしてみたり、ネットのデマ(めっちゃTwitter使われていましたが)をシミュレートして反応と拡散、終息までをモデリングしてみたり。デマへの反応それ自体は危機理論をやっているてもでてくるんですが、起こったことの解析ではなく起こることの予測ができるのは楽しいですね。
個人的には航空機で移動する人間の可視化が面白かったです…こないだ久し振りに飛行機に乗ったからというのもあるのですが。
9.プロフェッショナルの未来 AI、IoT時代に専門家が生き残る方法(リチャード・サスカインド)
プロフェッショナルの未来 AI、IoT時代に専門家が生き残る方法
- 作者: リチャード・サスカインド,ダニエル・サスカインド,小林啓倫
- 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
- 発売日: 2017/09/20
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ひさびさに流行り物っぽい本を読んでしまったが、大変よかった。著者は英国で政策研究をしていた息子と弁護士の父。専門職におけるIT化がどのようにもたらされ、その協力はどうあるべきかについて。『〈インターネット〉の次にくるもの』という別の著者の本を読んだときに、これはいち市民(つまり情報の享受者)としてのリテラシーや学の形成をどうすべきかの方向づけであり、市民教育みたいなものやなと思ったのですがこっちは専門職がどうネットワークを捉えるかという感じですね。面白いです
ちなみに本を読みながら我々は業種として専門職かなあと思うなどしましたが、中程に答えがあって、準専門職ということでした。医業においてはそうかりつつありますね(NP、診療看護師とかはそんな感じ)アトゥール・ガワンデ著『なぜあなたはチェックリストを使わないのか?』やジェイムズ・グリック『インフォメーション 情報技術の人類史』などから引用があり自分は大変納得と満足しております。専門職の分業とルーチンワークの機械化については本当にもっともっと進んで欲しいです
中に引用されていて気になったのはヴォルテールの『最善は善の敵であってはならない』というものです。もともとの文章はどういう文脈でのこの言葉なのかはわかりませんが、最近倫理学まわりを考えるにあたって気になっていることです。
10.入門 貧困論―ささえあう/たすけあう社会をつくるために(金子充)
セルジュ・ポーガム(『貧困の基本形態』)、ルース・リスター(『貧困とはなにか』)、アーヴィング・ゴッフマン(『スティグマの社会学』)、ジグムント・バウマン(『社会学の考え方』)といった社会学分野やアマルティア・セン(『不平等の再検討』)、アンソニー・アトキンソン(『21世紀の不平等』)、ミルトン・フリードマン(『選択の自由』)といった経済学分野からも貧困を分析する。カッコ内は私が読んだ中で、この本とかかわりが深いなあと思ったもの。やや社会学よりですが、税制に言及するところに関してはさすがというかとても実務的だし実践的でよいかなと思います。先の社会学者の皆さん方の本では手に入りにくい具体的知識である。福祉がどのように『あるべき』かは散々語られてきたが、その『実行段階』となると足踏みをしてしまうきらいがある。このあたりは多分経済学を知っている方が強いのだろうなと思ったりします。守られるべきものの守り方を知ることは大切です。まあ両輪回してなんぼやと思うんですけど、片手落ちになると机上の空論として片付けられてしまいますし。社会保障や公的扶助の国際比較とかは面白かったです
それから、この手の本を読んできて一番読みやすいかなあと思います…この手の、っていうと広くなりすぎるんですけど。やっぱり貧困に関しては国内のことを例に出して考えられるのがいちばんしっくりきますし想像しやすいですよね(アホなので