毒素感傷文

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人間を作るということ: 不妊治療(高度生殖医療)について

年末に書く記事ではないような気がするがそんなことは一切気にしない。

というわけで、年末の締めくくりとして(???)1年半ほど続けた不妊治療について記録がてら書いていこうと思います。我ながら綺麗に治療をステップアップしたケースだと思っているので、何かの参考になれば嬉しいです。

また、書いているうちに1万2000字を超える大作になってしまったので、ご興味のあるところだけつまみ読みしていただけましたら幸いです。

 

不妊治療(高度生殖医療)のきっかけ

20代で結婚してから1年が経過しましたが、妊娠が成立しませんでした。その間に少なくとも2回の生化学的妊娠(検査薬でのみ陽性となり、胎嚢を確認することなく月経が始まる状態。流産の定義は満たさない)を経験しており、よくあることとはいえ「もう少し突っ込んだ検査や処置をしたほうがよいのではないか」という意識がぼんやりとありました。

また当時、ストレスの多い環境(転職・大学院の入試)が重なったこともあり、体調を崩して食欲不振になってしまいました。その結果、もとからあった月経不順がさらに不調となり、これを機に受診しようと決めました。

幸いにして月経不順はシンプルなホルモン剤で対処することができましたが、挙児希望を伝えたところ一緒に始まった排卵誘発+タイミング法で自然妊娠を得ることはできませんでした。

 

当方の年齢としては、タイミング法による治療をはじめたのが28歳の終わり、人工授精は29歳半ば、体外受精のための初の採卵をしたのが29歳の終わりくらいでした。今の妊娠が成立したのは30歳、無事産めるころには31歳になっている予定です。

 

 

治療開始まで

結婚する前(今から4年ほど前)にブライダルチェックを受け、簡単な性感染症のスクリーニングをしていました。クラミジア・トリコモナス・淋菌・B型肝炎あたりだったかと思いますが、特に問題なしで、エコー上の形態異常もありませんでした。子宮頸がん検診(スワブ)も陰性でした。

唯一、月経が開始した当初から月経不順(稀発月経気味)でしたが、生活に支障がなかったためこの時は治療を受けませんでした。

 

 

1.不妊治療のステップアップスケジュールと実際

排卵誘発+タイミング法(2019.11-2020.4) 5-6周期程度

卵胞の成長が遅く月経周期が不安定であり、さらにストレスによる食欲不振が重なって急激に痩せたため、黄体機能不全(恐らく)による月経周期の短縮が重なり受診に至りました。

そもそも月経不順は月経発来から継続しており、なんらかのホルモン調節が必要になるかもしれないと薄々思っておりました。

 

クリニックで挙児希望を伝えたところ、ホルモン調節とタイミング法によるソフトな不妊治療がはじまりました。大体この頃から、週1回程度の通院がはじまります。

診療内容としては、

  1. 排卵前に卵胞発育・子宮内膜肥厚の計測と促進(内服)
  2. 1.の経過をみるために来院。期待より発育が遅ければ内服薬または皮下注射(FSH製剤等)追加。期待通りであれば3.
  3. 排卵誘発のための筋肉注射、36時間程度後に排卵するため当日翌日あたりに性交渉タイミングをとる
  4. 3.の1週間後の卵巣の観察と、子宮内膜維持のため再度hCG筋肉注射、のような感じです。妊娠が成立せず月経が来たら、月経の3-5日目からまた1.の内服のために来院します(4.の受診の時に内服薬をもらっておくことも可能)。

 

月経周期が28日である場合、来院は最低でもその間に4回という感じでしょうか。実際には私の場合は卵胞の発育がゆっくりであったため、皮下注射の追加が必要なことも多く、結果的に週に2-3回通ったときもありました。

 

人工授精(2020.7-2020.10) 4周期

洗浄・濃縮した精液をカテーテルで子宮腔内にそのまま入れるという方法です。排卵誘発+タイミング法と同じ方法で卵胞の発育を促進します。排卵日が近くなり子宮内膜の厚さが十分になったことを確認して、確実に排卵が起こるようにhCGを投与(筋注)しつつ、子宮に細い管を入れて洗浄精液を流します。管といっても本当に細いので、キリキリと少し痛むくらいです。

処置後もほぼ痛みはありませんが、気になるときは痛み止めを飲むようにしていました。月経の痛みのように重くはなく、長続きもしないので日常生活にはまったく支障ありません。通院回数も排卵誘発+タイミング法のときとほぼ同回数・同内容です。

 

このとき、パートナーには当日の朝(午後からなら処置の4時間前までくらいに)精液を採取してもらい、自分で持参します。採精室を用意している施設もありますが、それはそれでハードルが高そうです。

 

人工授精は卵子が卵管の中を通って子宮内まできてくれることが前提なので、卵管や排卵に異常がない場合にこの方法が試されます。そして、一般不妊治療と呼ばれるのはこのフェーズまでです。

私が実際にチャレンジしたのは4周期。およそ4-6周期ほどで妊娠に至る確率がプラトーに達するようなので、4回でだめなら諦めても良いだろうと見切りをつけました。そして3回目の実施と同時に採血等行い、次なるステップである体外受精の準備をしていきました。4回目の判定をする頃には体外受精の事前準備が必要なので、待たずに検査を進めた方が良かろうと思って自分から希望を伝えました。

 

体外受精(顕微受精を含む2020.10-2021.6) 採卵2回、移植3回

ここからはより侵襲的かつ高度な治療、いわゆるARTといわれるものです。通院回数はさほど大きく変わりませんが、事前に受けるべき検査も処置も多く、またひとつひとつの侵襲が大きく、おまけに精神的負荷に加えて経済的負担が跳ね上がります。経済的負担に関しては、令和3年から補助の所得上限が撤廃され、補助内容も格段に豊富になり現実に即した内容になりました。今後は保険適用されるとのことでありがたい話です。

そして世に言う「不妊治療」が非常につらいと言われるのはこのあたりです。後述しますが、不妊治療にはなかなか終わりが見えないことも多いのです。

 

1回目採卵

結果: 卵胞23個→採卵14個→従来法体外受精で5個受精→胚盤胞2個凍結(ランク5AB、5BC)

成績としては…よい胚はできましたが、体外受精を行なった時点で未熟な卵子が5個ほどあったり、3個ほどうまく受精しなかったようで、「受精卵になれなかったものが多い」という印象です。問題がない場合には、受精卵になれるのは7割程度だそうで。一方で、卵胞が育っても中に卵子がないとか有効に吸い出せないこともままあるようです(なので23→14は恐らくそれほど変な数字ではない)。

また、胚盤胞にまで育てたのは胚の成長の質を見るためですが、こちらの2/5はこれで妥当な個数のようです。受精卵のうちおおよそ40-50%くらいだそう。

 

そして見ての通り、最初の時点で卵胞の数が多いです。内服薬での卵巣刺激であれば1つ、多くても2つ3つが限度の卵胞が、連続自己注射による方法で20個以上育ちました。ひとつひとつが最低でも10mm以上、大きければ20mm前後あるので、卵巣は両側とも10cm近くまで腫れます。通常は3cmくらいの臓器である卵巣がこのサイズになると、お腹が苦しくなりますし、見た目でもわかるくらい下腹部が張ります。

私はAMHが比較的高かった(7.5くらい)ためこのようなことになったのですが、しかし「1回で有効な胚がたくさんできる」というのは結果的に身体的経済的時間的負担を軽減します。「卵巣が元気であるほど誘発をする」というのは個人的に意外でした。

 

ショート法と呼ばれる排卵誘発(家で自己皮下注射します)に加え、その月経周期はできた胚を凍結する(そのまま移植はしない)方法です。卵巣をこれほど刺激した状態で胚をそのまま移植すると、妊娠が成立した際にさらに卵巣の状態が悪くなり危機的な状態に陥る(OHSS; 過剰刺激症候群)ことがあるからだそうです。

気になって調べてみますと国内で死亡例はあるものの随分昔のことで、現在では一旦胚を凍結して卵巣を休ませることで死亡するまでには至らなくなったようです。

 

ちなみにこのとき、皮下注射の4日目ほどになるとなぜか動悸がしてしまい大変でした。結局様子を見ながら必要分打つことができましたが、副作用かと思われる症状が出たら病院に相談するのがベストだと思います。それくらい体への負担が大きく、また慎重に行うべき治療です。

 

2回目採卵

卵胞20-30個→採卵17個→顕微受精14個→胚盤胞7個凍結(ランク4AA、5BB+5CC、4BC+4CC、5BC+5BC)

1回目の採卵でできた胚盤胞が思いの外少なかったので、採卵できたすべての卵子を顕微受精にしてみました。結果としてはよくできたようです。

他の検査でわかった子宮内膜炎や着床ウインドウの結果を参考にして抗菌薬を内服後、排卵日6日目にあたる日付に4AAの胚を移植し生児を得る運びとなりそうです。

妊娠初期には内膜に血腫ができたり(出血はありませんでしたが)つわりが重く毎日嘔吐するなどの日々でしたが、今のところは安定してトラブルもなく、出産に繋げることができそうです。

 

2.受けた検査・処置とその結果

まとめ:

事前スクリーニング
  • 性感染症の有無
  • 子宮頸がんの有無
  • 卵巣・卵管・子宮のエコー上の形態異常
  • 排卵(卵胞発育と排卵)サイクルの異常
  • 男性ホルモン・女性ホルモンの異常
  • パートナーの造精機能・濃度・運動能・形態の異常
  • 精子の機能的異常(体外受精時の観察)

 

私の家庭の場合はほぼ原因が見つかりませんでした。卵胞の発育がやや遅いことがわかった程度で、それも内服により調節できました。

 

一般〜高度不妊治療にあたり行った検査
  • AMH(アンチミュラーリアンホルモン)→異常なし
  • 卵管通水・造影
  • 卵子の肉眼(顕微鏡下)的異常
  • 受精後胚盤胞までの成長
  • 子宮内膜蠕動
  • 子宮鏡(経膣内視鏡)による肉眼的異常→子宮内膜炎
  • エンドメトリオ(子宮内膜フローラ・慢性子宮内膜炎・着床ウインドウ)→すべて異常あり

内容: 内膜フローラに乳酸菌なし、慢性子宮内膜炎あり、着床ウインドウ約1日のズレ

 

卵管の検査

1.卵管通水

排卵誘発+タイミングを複数回(3回ほど?)試したあとに行いました。内診と同じエコーで観察しながら、生理食塩水を子宮内から卵管に向けて流すものです。造影より負担が少ない分わかることもそう多くはありませんが、少なくとも閉塞・狭窄はまったく見られず、「こんなによく流れる人はかえって珍しいくらい」と言われました。排卵誘発やタイミングは同じ周期に行えます。

 

2.卵管造影

生殖医療センターをもつ病院に転院して最初に受けました。卵管造影は通水とは異なり造影剤を子宮内に流します。そしてX線透視下で頭がやや下向きになる程度の臥位になり、造影剤の流れを観察します。こちらはエコーではなくX線の撮影が検査結果です。

 

因みに私は検査中に造影剤が体に入ってもまったく実感がなく(痛みがなさすぎた)、スタッフの方にかえって心配されました。こちらもやはり検査結果は良好で、卵管の形や太さもまったく問題ないとのことでした。

 

子宮内膜の検査・処置

子宮洗浄(内膜除菌フローラ改善処置)

なんだそれはという名前の処置でしたが、要するに子宮内膜に定着している常在細菌叢を洗浄しようというもののようです。人工受精と同じ要領で管を子宮内に入れ、抗生剤入りの生理食塩水を流します。

検体をとったり培養を出したりといった細かいことはせず、胚移植などをする際の前処置という感じです。都合、2回受けたことがあるのですが、1回目が死ぬほど痛く(卵管が攣縮しており子宮が圧迫されたのではないかとのこと)て冷や汗が出るほどだったのですが、2回目はまったく平気でした。個人差だけでなく個人内の差も大きいとよく知りました。あと、1回目がトラウマだったので2回目のときは事前に鎮痙剤を飲んで行きました(勝手な内服はやめましょう)。

 

子宮鏡

エコーではなく、子宮内に内視鏡を入れて直接肉眼で観察します。

前処置として、内視鏡のファイバーが入る程度に(とはいえ細いものですが)少し子宮口を広げなくてはなりません。生理痛のような重い痛みがきますが、私の場合は内服の鎮痛剤と坐薬をもらえば耐えられる程度でした。ポリープなどが見つかればこの時点で切除するので安静が必要ですが、私の場合は子宮の形は問題なく、内膜の全体的な炎症(慢性子宮内膜炎)が見つかったため抗生剤を内服することになりました。このときの抗生剤ではどうも炎症は治らなかったようですが(後述します)。

なお、子宮鏡を行う周期には移植することはできませんでした。

 

蠕動検査

着床するくらいの時期に普段内診で行うエコーを3分ほど撮影し、子宮が蠕動によって受精卵を排出してしまうような動きがないかを観察します。身体的な負担はほぼゼロです。この検査も特に異常は見つかりませんでした。子宮鏡と同じタイミングで検査を受けました。

 

エンドメトリオ(慢性子宮内膜炎+常在細菌叢菌株同定+着床ウインドウ)

自分の場合はこの検査が決め手になったように思います。操作としては子宮体がんの検査と同じで子宮内膜の組織を摘んで検体を採取します。痛かったです(歯を食いしばって耐えないといけないレベル)。後述しますが、特殊な解析を行うので民間の検査会社が特許を持っているらしく料金が高いです(10万円以上)。また、この検査を行う周期では移植ができません。

自分の場合は、2回の胚移植が不成功に終わった段階で「肉眼的に胚の形成に異常がないなら次は子宮内膜かな」と考えて検査希望を申し出ました。

 

検査に2周期を費やしたのには諸々のタイミングも影響しました。2回移植をすると胚がなくなるため次のための採卵をしたのですが、このときの体の負担もかなり大きく、また転職後であったこともあり疲れが溜まっていました。転職直後に移植をして妊娠するとほんの数ヶ月で辞めることになるので、若干気兼ねしたのもあります。もちろん仕事を続ける選択肢も無くはないのですが、院生としてのスケジュールも考えると無理をして仕事をする理由がありませんでした。

また、検査をせずにただ移植日をずらすという手もありましたが、反復不成功で原因を探さないというのも気がかりだったので体の休みも兼ねて受けることにしました。

 

まず慢性子宮内膜炎。炎症が続いているとそれに対する白血球が常に活動している状態となり、異物である胚も排除してしまいます。これが着床障害や不育症の原因となります。私の場合は、子宮鏡での慢性子宮内膜炎発覚後の抗生剤によって除菌ができていなかったことがわかったので、別の抗生剤を飲むことになりました。1-2週間の内服でしたが、副作用の下痢で苦しみました。

 

続いて常在細菌叢。通常、子宮内には乳酸菌がいて子宮内を酸性に保つことで他の菌の繁殖を防ぎますが、乳酸菌が何らかの理由で減ってしまうと大腸菌などが繁殖して着床を妨げます。つまり、慢性子宮内膜炎の起因菌がわかる検査です。起因菌がわかればそれに最適な抗生剤を投与できるので、私には有用な検査でした。結果としては乳酸菌がほぼゼロで、そのほか諸々の雑菌がいました。先述の抗生剤を飲みつつ、プロバイオティクス(乳酸菌)の膣剤を数日間使って整えます。

 

着床ウインドウの検査は、胚が着床可能な24時間ほどのゴールデンタイムが排卵日から起算してズレていないかどうかを調べます。通常であれば排卵してから5日で着床しますが、私の場合はこの着床ウインドウが排卵6日目であったため着床に最適なタイミングがズレていたようです。このため、次の移植のときには排卵6日目で移植しました。

 

結果として妊娠に至ったので何が良かったのか(たまたまだったのかもしれません)が、この検査でわかったことによる恩恵は自分の場合は大きかったようです。

 

採血

  • AMH(同年齢平均の1.5倍くらい)
  • 卵胞ホルモン・黄体ホルモン
  • テストステロン
  • プロラクチン
  • 甲状腺ホルモン

多分これくらい受けて、どれも異常はありませんでした。

 

費用

なんだかんだで高額な費用なので気になる人が多いような気がします。私は金の計算が好きなので、とりあえず自分が受けた検査とそれにかかった費用をつらつら書いていきます。

検査
  • 各種採血 1項目数千円
  • 子宮内膜蠕動検査 数千円
  • 卵管造影・卵管通水 それぞれ数千円〜1万円程度
  • 子宮鏡 数千円〜1万円程度
  • エンドメトリオ 3項目フルセット15万円弱
  • 子宮内膜除菌フローラ改善処置 数千円〜1万円程度

 

余剰凍結胚盤胞の融解移植のみの場合は10万円程度。自己注射などの薬剤・受診費用すべて含む

  • 顕微授精

たくさん卵がとれた場合には受精操作にも凍結にも費用が上乗せされるので、60万くらい

 

トータルの費用はあまり覚えていませんが、2年間の通院で排卵誘発+タイミング5-6回+人工授精4回+体外受精3回(採卵は2回、うち1回は顕微授精)をし、170万くらい。うち20万超が検査代。

助成により返ってきた費用(採卵〜移植までのサイクルに適用)が70万円。よってざっくり100万円くらいでしょうか。

 

 

 

生活面でつらかったこと

1.身体的負担

採卵は負担が大きく、卵胞刺激がはじまって1週間ほどすると卵巣が大きくなるので下腹部に痛みが生じます。鎮痛剤の内服で多少は落ち着きますが、生活に支障が出ますし、デスクワークならともかく立ち仕事は辛いです。私の場合は採卵後に卵巣が長く腫れていたので、採卵後も痛みが1週間ほど続きました。

 

諸々の検査で痛みを伴うものもありますし、投薬の種類によっては吐き気や胃痛・下痢・動悸が出ることもありました。月経とPMS(月経前緊張症候群)が元から強い人は調子の良いときが月の半分もないと言いますが、ARTをしていると残りの半分さえも何らかの投薬で調子を崩しやすい状態と言えるかもしれません。

また、移植後などは膣錠を入れないといけないので管理が面倒だったりします。身体的な不快感もあります。

 

2.時間的負担

通院の時間的負担が大きいです。2年間欠かさず、平均して1週間に1回程度通院していました。クリニックですと診察終了と薬局の受け取りまで1-2時間程度、生殖医療センターだとさらに待ち時間が長いので1.5-3時間程度の時間を要します。特殊な検査や人工授精、体外受精の採卵・移植などは4-5時間程度かかっていました。

通院のための移動時間も考えると半日以上潰れることもしばしばありました。

 

私にはこれが結構つらく、「他の人には必要ないようなことでなぜこんなに時間を奪われないといけないのか」という無力感が非常に大きかったです。就業に苦労する人も多いですし、フルタイムワーカーだとなおのことでしょう。

予定通りに通院できればよいですが、卵胞の発育をみて採卵を決定したり内膜の様子を見て移植を決定したり検査をしたりするので、予期できる通院ばかりではありません。

私の場合は勤務先が融通を利かせてくれるところでしたが、それでもかなり勤務の変更をお願いしないといけないので遠慮がありました。

 

3.就業に関する負担

そもそも就労が不安定になりました。常勤の仕事は既に辞めていましたが、私の勤務形態ですと常勤をしながらの高度生殖医療はほぼ不可能だったように思います。もちろんそうされている方はおられますが、そもそも大学院生をしながら非常勤の看護師をするだけで精一杯だったので、不妊治療を並行させることは限界を行ったり来たりする感覚でした。

また、先のことが見えないので転職というわけにもいかず、何にも踏み切れない状態が続きました。このことに関しては私が進学していたことも大いに関係するので当てはまらない方も多いでしょうけれども、就業形態に関して葛藤が生じやすいのはおおよそ共通の事実だと思われます。

 

4.精神的負担

巷間本当によく言われることです。不妊治療をよく知らずとも、ご存じの方も多いのではないでしょうか。

一見健康な自らの体が、こと生殖機能に関してきちんと機能していないこと、原因がわからないこと(私の場合はわかりましたが)、いつまで治療を続ければ良いのかわからないことへの不安、伴侶の期待に応えられないことのストレス、反対に治療に伴う身体的精神的負担やキャリアの阻害に対する伴侶の無理解(どんなに努力してもどうしても難しいことはあります)へのストレス、治療のせいで本来水入らずのはずの性生活へのなんらかの介入があることへのストレス。枚挙にいとまがありません。

 

そしてそのどれもが、本来のように体が機能してさえいれば必要ないのだという損失の感覚。耐えがたいものがありました。

 

さらに偏見もあることの多いセンシティブな治療ですから職場に理解を求めることも難しく、仕方ないので上司にだけ伝えれば無理解な上司が職場の人間に言いふらす(悪意はない)など、なかばハラスメントに遭うこともありました。善意であってもハラスメントですし、仕方ないので自分のことと切り離して、あくまで医療従事者として一般的な説明を試みたところで相手は素人です。そして結局興味本位の充足しか得られないことへの徒労感に至ります。良くも悪くも明け透けな職場にいたので、気遣い半分興味半分なのは正直最悪な気分になることもしばしばありました。

受精に伴う操作や処置を日常的に受けている身としては、「今どんな治療をしているの?(勤務日をずらしたときなどは)どんな処置だったの?」などと訊くのは、つまり通常の婚姻生活を営んでいる人に「昨日セックスした?何回くらい?激しかった?」って訊くようなものです。いっぺんきいてやろうかななどと思ったこともありますが、さすがに言いませんでした(笑)。これは悪い冗談としても、治療に際してコメントするときには「自分が素人であること」「性と生殖の意思決定に立ち入る権利は夫婦以外のなんぴとたりともないこと」くらいは心得ておいて欲しいなと思います。

 

また、よく言われるような、実家や義実家から「孫はまだか」などと催促されるようなことは幸い私の場合ほとんどありませんでした。が、孫ができることを前提として話をされると暗澹たる気持ちになることはありました。男親からのものだったので、正直想像もつかないであろうし致し方ない部分もありましたが、あらゆる親族にも友人にも話すことのできない辛さを抱えることになりました。言えば偏見か憐憫かくらいしか得られないであろうことが予想できたからです。そんな心無いことを言う人間を友人にしたことはありませんが、それでも「言ったところでどうにもならないこと」を言うのが元々苦手な身としてはSNSに延々と治療経過を書いては不満と愚痴を垂れ流すくらいがやっとでした。SNSならば見たくないなら見なければ良いだけですし、多くの発言はスルーされることが前提だからです。しかし、あえて不妊治療仲間を作ろうという気にはなれませんでした。治療経過は十人十色ですし、治療の撤退も治療の成功もその人個人のものであって、治療していることだけをよすがに他人と心を通じ合えるとは到底思えなかったからです。

 

よって私の場合はカウンセリングを受けることにしました。不妊治療に特化したカウンセリングではなくて、その他日々のことや自分の性格特性に由来するつらさまでなんとなく受け止めてくれ、解釈と助言を下さるようなカウンセラーさんに出会うことができたので、今でも時々利用しています。

 

 

昨今の不妊治療を取り巻く動向について

1.不妊・不育治療助成

令和3年の治療から、ARTに関する所得上限が撤廃されました。

一般不妊治療は10万円が上限で、実費の半額が負担される制度だったと思いますが、ARTは採卵や移植などそれぞれの処置に伴い支給されます。領収書の管理が面倒でした。なにせ平均週に1回の通院なので、薬局の分とも併せると1年で1cmを優に超える分厚さの束になります。

私の場合、たまたまARTの治療サイクルが令和3年にギリギリかかるところからで、ARTの費用に関しては支給額満額もらえました(採卵2回、移植3回分)。

それでもたくさん足は出ます。エンドメトリオなど特殊な検査ですと10万20万かかりますし、これらは助成対象外です。

 

2.健康保険の適用について

自分が終わってしまったので細かい情報は追っていませんが、採卵や移植などはようやく保険適応になるようです。しかしこれもまだ「直接の」処置に対してしか適応ではありません。先に述べたエンドメトリオやPGT-A(着床前に胚細胞の一部を採取し染色体異常を調べる検査)などの高額な検査や、着床障害に対する免疫グロブリン投与などのオプショナルなものは未だすべて自費ですし、助成事業の対象外です。

 

 

雑感

1年半ほど不妊治療のお世話になってみて思うことは、出口が見えない戦いは実に大変だということです。

伴侶以外に頼れる人もなく、解決しない問題にいつまでも付き合わねばならず、時間と体力を浪費し、仕事や学業をセーブし……と、ただでさえ負担が大きい通常の妊娠出産に加え、おそろしく遠い道のりを歩かされている気分でした。

慢性疾患を病むこともつらいことですが、こうして健康な体に侵襲的な治療を延々と続けることも実に苦しいことです。

 

そしてさらに今付け加えて感じるのは、自分の負担はまだマシな方で、見渡せばもっと過酷な条件の治療を耐えている人がたくさんいるということです。原因不明で何度も繰り返す初期の流産など、何回期待して何回絶望されているかと思うと想像を絶する記述に出会うこともあります。その度に処置を受けねばならず、身体的にもリスクのある状態に置かれるのは本当に苦しいだろうと思いますし、診断・治療技術の発展と負担の軽減が進むことを祈るばかりです。

また、治療の休みや撤退を考えたりすることも負担です。行くも地獄退くも地獄で、しかしその意思決定は自分しかできず、ほんとうに孤独な葛藤です。

 

妊娠9ヶ月を目前にして自分はようやく重い口を開く気になれましたが、恐らくずっと口を噤んだままの方もたくさんおられるでしょう。私はまだ環境に恵まれたほうでしたが、伴侶や近しい人からでさえ心無い言葉を投げられて傷ついたりすることもままあるようです。

 

しかし、周囲の人が治療を受けている人に配慮するのは非常に難しいことだとも思います。傷つくポイントも人によりますし、一概にいつも地雷が一緒とも限りません。

ただ、不妊治療を受ける人は事前に調べ尽くしていること(未経験者の助言はほぼ不要)や本音と建前を使い分けていることくらいは知っておいていただいても損はないかと思います。それくらいに、治療に挑むには覚悟も忍耐力も必要で、誰かに打ち明けるようなときには既に相当な苦しみを耐え抜いているからです。

おいそれとコメントしてほしくない、だったらつらいときにただ何も言わずに心の支えでいてほしいというのは、恐らく不妊治療に限らず多くの悩みにおいても当てはまることと思います。治療を経験した者としては、不妊治療だからといって特別な配慮は必要なく、ただ「想像の範囲を超えることへの想像力」について一度考えていただけたら嬉しいなと感じます。考えてみたことのない方には何か得るものがあるかも知れません。

 

治療してみてよかったこと

掘り返せば「つらい」ことばかりだったので、折角ですからちょっと良いことも書いてみます。

1.患者体験

これは私が医療従事者だからかもしれませんが、静脈麻酔をしてもらうのが生まれて初めてだったのでちょっとワクワクしました。採卵のときに鎮静・鎮痛の麻酔薬を使ってもらいますが、意識が朦朧とする感じはなかなか味わえるものではないので貴重な体験でした。

 

2.治療に詳しくなる

自分が当事者になるまでは、いかな医療従事者といえども漠然としか内容を知りません。詳しくこれを知るのはなかなか知的好奇心を刺激されました。また、胚盤胞が育つ様子などを写真でもらえたりするので、「これが胚かーー!!!」などとテンションが上がります。

 

3.生殖や遺伝、医療技術の倫理に詳しくなる

これは私が倫理全般に興味を持っているからですが、生殖・遺伝・技術倫理などの最先端の議論がどこにあるのかなど、興味の幅が広がりました。それまでにはあまり気にしてこなかった出生前診断や母性保護、国際間の代理出産の是非など、「なんとなく」でしか知らなかった情報が我がこととして感じられるようになったことは個人的には良かったと思っています。

 

4.伴侶との絆が深まる?

か、どうかはわかりませんが、未知の課題に挑むことで何度も話し合いが必要になりましたし、自分自身や伴侶との向き合い方・子供を得ることの是非や軌道修正などさまざまな観点で新しい発見がありました。

妊娠から育児の過程でここにぶつかる方が多いのだと思いますが、先んじて難題を乗り越えたことはその後の意思疎通をかなり円滑にしてくれたと思います。

もっともこれは良い見方をしているだけで、実際には伴侶に隠れて何十回も嗚咽をこらえて涙を流した結果で、なおかつ抑えられなければ伴侶に些細なことで八つ当たりをし、後悔を繰り返した結果の産物です。やはり無ければ良かったと思うことの方が多いですし、迷惑をかけて申し訳なかったという気持ちが上回ります。

 

そしてもちろんこれらは後付けで自分を励ますようなもので、治療しなくて済むならそれに越したことはなかったと思ってもいます。ただ、「タダでは転ばんぞ」という考えはいつもどこかにあったので、どんな苦しい体験からも何かしら得るものがあって欲しいものです。

 

 

おわりに

気持ちの面でのことは書き出すとキリがないので切り上げますが、もっと具体的で詳しい情報はネット上に様々落ちています。信頼できるものから出鱈目まで玉石混淆ですから目を養う必要はありますが、この記事は単なる個人の体験談であり日記です。これが不妊治療のすべてではないことをご承知おきいただけましたら幸いです。

 

また、この件に関しては私自身気持ちの整理がついていない部分もあり、何かご質問いただいてもお答えできないことや、同じ境遇の方の気持ちを受け止められないなどのこともあり得ると思います。公開しておいてなんですが、「同じ境遇だから自分のことを理解してくれる」というような期待はしないでいただけると幸いです。もちろん求められればお力になれる範囲で尽力することもあるかもしれませんが。

 

まだ胎児が健康に産まれてきていない中この記事を公開するのに若干の躊躇いはありましたが、産まれてきてからなんらかの事故や病気で亡くす可能性もあることを考えると「まあもういいか」と思えたので公開する運びとなりました。

ダラダラ書いたので後日修正するかもしれませんが、ひとまず、良いお年を。