毒素感傷文

院生生活とか、読書の感想とかその他とか

100冊読破6周目(81-90)

1.人種神話を解体する2 科学と社会の知(坂野徹・竹沢泰子)

人種神話を解体する2 科学と社会の知

人種神話を解体する2 科学と社会の知

  • 発売日: 2016/11/28
  • メディア: 単行本
 

社会学(特に貧困・厚生についての疫学)の教授と経済学(こちらも開発経済学等応用分野)の教授の共著です。集団における遺伝学的影響を環境と比較して考察していきますが、実に誠実な本でした。なぜか最近、ポピュラーサイエンス系の本で、差別を助長・肯定する(人種、ジェンダー、経済格差など)記述をしばしば見かけるような気がするのですが、そのような言説に真っ向から反論していきます。

特に個人的に面白いと感じたのは「遺伝」という現象を歴史的にどのように扱ってきたかとか、どのような分野で研究されてきたのかという話もきちんとしたうえで各論に入るところです(そういうプロジェクトの中で書かれた本なので当たり前といえばそうなのですが)。

遺伝の生物学的な知識は他の教科書などでも得られると思いますが、本書では歴史的背景や産業における取り扱い・生命倫理の問題など、人文系ならではの視点も入っているのがよいです。

 

 2.触楽入門 はじめて世界に触れるときのように(仲谷正史)

触楽入門

触楽入門

 

以前触覚に関する科学の本で読んだのはリンデン『触れることの科学』だったと思うのですが、あちらが神経科学だったのに較べてこちらは工学より(著者ご自身は認知科学の人らしいです)で、認知科学の成果を生活のなかに再現するという試みが色々書かれています。かつて落合陽一氏がろう者のために作った、その場の音を再現して振動と光を出すボール「サウンドハグ」があったと思うんですが、ああいう感じの製作物がたくさんでてきます。触覚で再現される感覚って思ったより遥かに種類が多くて複雑で、かつ他の感覚と密接な繋がりがあるんだなあと面白く読みました。

具体例でいうと、額に振動発生器をつけて視界を再現するのを以前なにかで見たことがあるような気がするのですが、あれはAuxDecoというなかなかふざけた名前らしいです…ふざけた名前なのに機能がすごい(こういうダジャレ的なやつ好きな人、研究界隈多い気がしません?)。

 

 

 3.世界はありのままに見ることができない なぜ進化は私たちを現実から遠ざけたのか(ドナルド・ホフマン)

思ったより哲学の話が出てきました。知覚の哲学、錯覚(認知科学)とか。物理の話は正直よくわかりませんでした…物理的に世界の認識がどうなっていると理解すべきかみたいな話にもっていくんですが、もっていくまでの前提知識が無さすぎて。最終的には「主観的な世界認識を科学で扱う」ことについて論じていて、自分は絶対的な物理主義とか唯物論的消去みたいな考え方に違和感があったのでそういうところはかなり納得できましたし、なにより「探究する意義」みたいなのを感じます。本書は、宗教や信念については唾棄すべきとする強い立場もとりません。

宗教や信念のような変え難いものについても科学の対象にする、むしろ歴史的な変遷や解釈の問題でなくて「宗教を信じる脳」みたいな話にもっていくのは、科学の方法としてもっとも誠実で積極的なやり方だと思っているので切り口がよかったです。

とはいえ総合した話よりむしろ導入が面白くて、冒頭のほうで出ていた視覚科学と印象の話はちょっと親しみをもつのにいい話題だと思います。白目がきれいなほうが性的に魅力的だとか虹彩の輪郭がはっきりしている方が魅力的だという結果は心理学領域で研究成果があるらしくて、輪郭つきカラコンって意味あったんだな…となぜか深く納得してしまいました。

 

4.脳の中の倫理―脳倫理学序説(マイケル・ガザニガ)

脳のなかの倫理―脳倫理学序説

脳のなかの倫理―脳倫理学序説

 

今の神経科学の発展を考えると本書はすでに結構古いんですが、著者は神経科学の大家です。分離脳(てんかん脳梁離断術受けた人)の研究が有名(と自分は思っている)のですが、分離脳に限らずポピュラーサイエンスレベルでも邦訳がいくつかある方です。

主題としては、脳は道徳的判断をどうやってしているのか?とか、医療技術の倫理に対してどうやって(政策的に)対応していくべきなのか?という話なんですが、なんか微妙にどれも素朴というかへーこんなこと考えてるんだ…という感じでした。米国の生命倫理は生命の発生・終焉に対する認識が結構保守的(若干宗教観が絡む)ので、日本の国内の話とはまたちょっと感覚が違うかもしれません。

 

5.ケアの複雑性―看護を再考する(シオバン・ネルソン スザンヌ・ゴードン)

「ケアの複雑性」という言葉から想像するような(私だけかもしれませんが)フワっとしたものではなく、各論点において非常に実証的で示唆に富む内容でした。

原著が書かれたのは2000年代初頭で今とはまた環境も違うものであると思われますが、およそ本質的なことについては現在でも大差はないでしょう。

特に看護倫理においてなぜ「徳(美徳でもいいが)」が重視されてきたのか、それ自体が「卑賎の職業」を「貞節・忠実のある人間が就く職業」であるようにと変換せしめたナイチンゲールの時代の努力によるものであることを指摘していたのが面白いです。歴史的に知らなかったわけではないのですが、「施しをする人間(宗教的に穢れがない)」から「業として施しをする人間」という職業的規範の変遷の中で、規律と規範に誠実な人間であることを証明するために美徳の喧伝が必要であったことがわかります。自分では想像の及ばぬ領域でした。

 

また、なぜ看護師が自分自身の医学的知識や技術を前に出さないのか、心理的なケアを強調するのか、組織・市民はそれを礼賛してきたか(そしてその弊害はなにか)という指摘もよいものです。ベナーの新人から達人までの5段階について当時の潮流や徳倫理と絡めたうえでメスを入れたのも大変興味深かったです。「他のあらゆる環境が整ったうえではじめてできる実践のことを達人と呼んでいないかどうか」については自分も気になるところでした。

 

最終に近い章では型通りの実証研究による相関を指摘したのみでは患者のリスクマネジメントと看護師の人数・能力を指摘したとはいえないことについても言及しており、看護学を研究する人間と病棟スタッフの間の裂隙に注意を向けています。

 

6.知識経済をジェンダー化する: 労働組織・規制・福祉国家(S.ウェルビー他)

日本・ドイツ・イギリス・アメリカにおける女性の経済・労働環境(女性といいつつ労働者に共通する事項は勿論多いです)と福祉制度についてまとまって書かれた本です。労働法規だけでなく政策とその結果、企業や市井のミクロな動向も事例としてピックアップされていて面白い本だと思います。

「知識経済」という言葉自体は以前からあったようなのですが寡聞にして自分は定義を知らず(要するにホワイトカラーのことかと思っていましたがもう少し踏み込んでいる)、この辺がいいとっかかりになっていました。「女性の就労率が高い」とかいうデータの裏にも、実は「IT系といいながら専門職じゃなくてコール対応してる」とかいう結果があったりして面白い(興味深い)。日本とドイツの福祉制度が似ているという話は別の教科書(放送大の『社会福祉の国際比較』?)読んだときにも書かれていたんだけども日本の福祉は企業の制度と折り合ってできているので、意外と米国とかでうまくいかなかった労働へのインセンティブがうまくいっていたりするらしい(実例紹介は1例)と。また、出産~育児のあいだにキャリアが途切れることのないようにというはからいで作られた「マミートラック」という選択もむしろ今は「見えない天井」の強化としてはたらいていたり、フレックス制度使ってみても上司と部下のコアタイムのずれがあるせいで人事に評価されないとかいう悲しい話もありました。ここまでくるとジェンダー関係なくないか?と思いますが、ジェンダーを入り口にして色々な社会的弱者とディーセントワークについて切り込んでいく感じです。それから業種別にみていったときの国際比較で、ケアワーカー(特に無資格でもできるタイプ)の労働が企業を通さずに個人間で融通されるっていうのが不思議でした。日本だと家事労働とか育児とか、「親族間・無償」か「企業媒体・有償」くらいしか選択肢がない気がします。これは「中の人」だからこそわかることなのかもしれませんが、なんらかの施設勤めのケアワーカーと個人宅訪問型のケアワーカーでは知識の共有の仕方や価値に若干の差があるらしくて、実感(というか「予感」?)はあったけど数字で差が出るもんなんだとわかるくだりがありました。

誰にお勧めというわけでもありませんが、社会学社会福祉、労働関連の制度に興味がある方には興味を持っていただけるのではないかと思います。学術書なのでそこそこ高額ですしボリュームもたいそうなのですが。新書でこういうものがあるといいですね…

 

7.音楽と脳科学:音楽の脳内過程の理解をめざして(S.ケルシュ

非常に難しいというか難易度は高いですが、興味のある人は多そうな内容です。聴覚をはじめ、神経科学に音楽がどう関わっているかをまとめた本です。

博論の焼き直しなので、著者の研究のみならずその領域の研究成果をまとめており、本文を数行読むたびに参考文献が3つくらい出てきます(自分も全然追えてはいない)。著者は器楽・声楽で学位とったあとに認知心理領域の研究をしはじめたらしく、言語領域が音楽の分節や和音の理解にどのように関わっているかなど大変面白い切り口で研究が進められています。とくに音楽と心理学にまつわる書籍(ないし文献)を探すと大体音楽領域の人は曖昧(失礼)で神経科学領域の人は「音楽」のように複雑な事象までは取り扱わない(実験計画が複雑だし測定が難しいので結果得にくい)イメージがあるんだけど、そこをやりくりしています。

最初は外界の音の認知に関する話、つまり耳鼻科的な解剖の話からはじまって音韻の逸脱をどういう風に知覚してどこで処理しているかみたいな話をして、「音楽の統語論」の話に辿り着きます。和音とフレーズの双方に逸脱を感じる反応があり、フレーズの場合には和音のみとはまた別の規則があると。

余談ですがそのむかし自分は音楽療法に興味がありました。当時みた本は心理療法寄りで、ここまで神経系の観察とか実験の成果は出ていなかった(というよりまとまっていなかった)ので「なんか曖昧なんだな」と思っておりました。この本の内容が治療法として成果を出すに至るかはともかく、生理的機能はここまでわかったんだなあとなんだか感慨深いです。

①知覚に興味がある人(認知科学ないし哲学)、②音楽(の効能)に興味がある人(やっている人?)、が大分類かなと思います。しかしなんの知識もなしに読むのは無理な気も…(なんらかの関連分野の知識は欲しい)。

面白い話がいっぱい出てくるのでメモしておきたいところはいくらでもあったんですが、音楽の社会的機能の部分で「ASDの子どもでも音楽によるコミュニケーションは良好にできる」みたいな部分があったり(言及した文献までは読めていない)、認知症にも言及がありました。いま自分は認知症患者に関わる機会が多いので、音楽が好まれるのは素直に不思議だったんですが、音楽による刺激は言語とはまた違うところの情報処理であったり快の感情であったりと「意味」を伴わない部分が多く、失見当識が進んでもそれなりに楽しめるのかなとか思ったりしました。手元に欲しいですがこれもお高い書籍です…

 

8.トラウマによる解離からの回復: 断片化された「わたしたち」を癒す(ジェニーナ・フィッシャー)

人に誘われて研究会に参加しています。うち2回分ほどはレジュメを作ったりもしましたが、臨床心理に関してはほぼ素人(というか専門学校時代の古い知識と精神医学系の基礎)しかありません。現代の心理臨床がどんな流派でどのような解釈とアプローチをとっているのかわかっていなかったのですが、解釈もアセスメントも介入もとても斬新だと感じます。ひとりだと多分読まなかったであろう本なのですが、研究会で色々やりとりしつつ進めていくと面白くて、誘ってもらえてよかったなあと思いながら今も楽しんでおります。

研究会が(この本の分は)終わったら、別の記事にまとめてもいいかもしれません。

 

9.10.国家はなぜ衰退するのか 権力・繁栄・貧困の起源(ダロン・アセモグル)

結構前に『官僚の世界史』という本を読んだのですが、合わせて読むと理解が深まるなあと思いました。

結論としては、収奪的な政治体制が創造的破壊を阻害しているから国が内部で貧しくなるという話です。ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』とか『文明崩壊』が地理要素に見出したのに対してこちらは政治要素、特に官僚レベルの体制がどう動いたかで論じています。これの元になる、著者の手による計量経済学の膨大な実証研究を原著フリーで読めるらしいんですが、気力がありませんでした…。

 

おわりに

さて、今回の10冊もかなり時間がかかりました。前回の10冊の最終読了日からまる4ヶ月かかったようです…このままでは年間30冊しか読めない…!

自分の専門のことやら新しい仕事やらで趣味の読書も好きなものばかり読めなくて悲しいですが、だからこそあまりペースを落としてしまわず色々読み続けたいです。次の更新はいつになることやら。