毒素感傷文

院生生活とか、読書の感想とかその他とか

100冊読破 6周目(11-20)

1.そろそろ左派は〈経済〉を語ろう――レフト3.0の政治経済学(ブレイディみかこ 松尾匡 北田暁大

イデオロギー的には右派のケインズ的な国家による公共への投資がひいては左派の経済のやり方じゃん?っていうのはよくわかるんですけどアベ憎し過ぎでしょっていう印象を持ちました。中盤までの言葉の解説は松尾氏が一番というかこの人しかまともな人おらんやんと思ってたのに結局その人も政治的正答を求めて現政権批判に落ちているので、議題と構成はいいのに中身が熟していない感じがあります。

あと対談形式は基本となる用語がわかっていないと読みにくいもんやと思うんですけど、「ニーズとサンクション」って言われた時にはホェ?となりました。それ並ぶような言葉じゃないと自分は思っているんですけどどういうことなんですかね…市民のニーズとサンクションって…(これは社会学の人のほう

 

2.実践の倫理(ピーター・シンガー

実践の倫理

実践の倫理

 

ヴィーガニズムについていくらかの断片的な知識を得て思うことですが、言うは易し行うは難しということもまたあるのです。というわけでよく参照されている本書を読みました。

論理的な解が正しければ倫理の実践が可能か、人口に膾炙することが可能か、などはやはり難しく、多少の歪みが加わるであろうと思います。誰もが平等に理解するというのは、非現実的であろうと。まあここでヴィーガニズムを例えに出しましたが、中身はなんでもよいのです。最近よく考えてみて、社会の様相との乖離をみて「難しいですなあ」と思ったことの一例というだけ。その考えが間違いだとは私は思いません(というか、言うことはできない)。

本書の中にでてくるいくつかの思考実験についてもいささか妥当性に疑問があります。思考実験が哲学の道具として妥当かどうかというのもそもそも最近取り上げられている話題ではあると思いますが、前提が杜撰だなという印象をもった点がいくつかありました(特に生命倫理と効用の定義)。いわゆる'Plants tho'として彼らが反論しているものではなく、彼らが「何を」「どのように」守るべきで、そのために「誰を」「どのように」批判するのかという点においてです。極端な例で、映画「サファリ」のように現地人と金持ちの遊興を対比させて書くことはできるでしょうが、それですら貧困に喘ぐ現地人が調査された地域において管理可能な範囲において彼らの稼得のために行っていることであり、一絡げに解決できるようなことでもないし、そのための方向転換をして間接的な犠牲と費用はどれほど発生するのだろうかと思うのです。この辺りはもう少し、倫理ではなく国際間の厚生経済学を勉強する必要があるかなと思いました(効率の観点からではなく倫理の尊重の観点のために)。

 

動物倫理は配慮の平等なので、人間の苦痛に対して人間が最大限に配慮しているのと同等に苦痛を感じる能力のある動物にも(その苦痛をもたせないような)配慮をせよというのがあったと思うんですが、それ自体が(つまり意識の介在という階層化に対する)種差別ではないのか?という考えに至ってしまう。さきほどの'Plants tho'の方向へ、つまりより低次(または意識とは呼ぶことのできない)神経回路をもつほうへ注意を傾けるわけではなく、人間に向けてです。人間の社会における権利はさらに複雑で、動物の権利は苦痛を免れる権利だけでなく「(人間の)社会で」生きるにあたり不遇を受けない権利とは別の権利だと思っている。動物がありとあらゆる権利をもたないとはあまり思っていない。福祉はもちろん必要だと思っています。余計な苦痛を与えない(つまり動物福祉)、無益な再生産を行わない(苦痛を産生しながら環境と動物の生命を浪費的に扱わない)という環境への配慮は、こと先進国にあたって課題だとは思っています。が、発展途上国における狩猟は認容されている。これはこれで不思議なことです。先進国の要請により途上国がこれを目指しているのは確かですが、「魚の釣り方を教える」というのが開発経済学における途上国支援の基礎です。自国の産業構造をある程度自立して行えない地域において、他国への依存を比較的少なくすることは容易ではないように思われます。人間と動物における権利の階層性は否定しながら、人間と人間の権利の階層性は否定しないことは(シンガーの倫理を考慮すると)できません。途上国においては必要悪は認められるようです。無論先進国の浪費と環境汚染、途上国の経済や環境への影響は多大なる不利益であり、そこには責任が生ずるし途上国の人々を非難する理由にはなりませんが。

本書に書かれているわけではありませんが、菜食に基づいた農業による経済効果は動物食に比べて運転費用が少ないため、先進国においては経済効果が非常に大きいという試算もあります。が、その点についても途上国においてはその効果が微々たるものである由を説明する結果もあるようです(さらにその著書自体がピア・レビューに基づくものではないので批判の的になっている)。そしてそれらを正確に予測することは難しく、副次的作用まで含めるとさらに測定は困難になるでしょう。これらの(むしろ環境倫理に対する)漸進的な態度というのは批判されるべきなのでしょうか。私が動物の倫理の議題そのものに全面的に了解できていない(その問題だけを当該の課題とすることができない)ことにも問題はありそうです。そして他の倫理をもって動物倫理の代替とすることは、たぶんしてはならないと思われます(問題のすり替え)。

もうちょっと色々勉強すべきなのでしょう。保留事項がたくさんあります。

 

3.厚生経済学と経済政策論の対話: 福祉と権利、競争と規制、制度の設計と選択(鈴村興太郎)

この本のほんのわずかでも理解できたか怪しいです...。

このような感想から始まるのは憚られるのですが、ある種、著者の業績(というより仕事)を辿るような本でもありました。勿論教科書レベルよりずっと専門的で浩瀚な知識を要する(少なくとも厚生経済学の原理と変遷は知っておかないと議題についていけない感じだった)叙述ですが、対談を挟むこともあり著者の誠実な人柄と秘めたる熱情、静かで強い好奇心が伺える文章です。正直小説を読んでいてもこのような単語や表現はあまり出てこないのではないかという場面がいくつかありました。

そんな背景はさておき、本はポール・サミュエルソン教授との対話から始まります。厚生経済学の歴史、その提示内容、功利主義の目指すところを確認します。この辺りはかろうじて授業やら他の本でも触れたことがあります。第Ⅱ部は「競争と規制」という名前を戴いていますが、原理の説明のみならず昭和以降、日本が選択した経済政策に対してミクロの経済がどのように反応したか、という点を中心に検討します。もちろん政策の背景には国際経済の反映があります。鈴村氏によると、経済理論に関する文献は多々あれど「実際の経済現象を説明する文献はそう多くない」とのことでした。

それから、全編を通してケネス・アローの社会選択理論の対比も行われます。功利主義的な価値観を脱却すべく(それを目的としてではありませんが)構築された理論に対して、その成立の不可能性を指摘しています。ピグー・ヒックス以降の厚生経済の困難であるように思われました(しかしピグー、ヒックスの理論が現在も妥当性あるものであるいくつかの提示もあります)。厚生経済における「競争の必要性」と、「競争とはなにか」の論議を経て、9節冒頭にもある「血の通った厚生経済学を求めて」に至り、合理性と自由な選択の両立(というより双方を保障する)を図る理論について検討します。このあたりの数式はかろうじてベイズの定理が読める程度であとは全然無理でした。

それから第Ⅲ部途中、氏自身が科研費の選考者であり、またその世話にもなっていたとの由がありました(アカデミアに身を置くならばそれはそうですね)。これは希望であるが、と述べたうえで、特に時間のかかる文系学問には短期間での成果を求めるのではなく長期的視点で資金を投入する必要があるだろう、とのことでした。さもありなん。

分厚いしとっつきにくいと思うし分野外の人間が読んでもなんもわからんと思うんですけど、対談の形式がとられている(もちろん対談でない部分で註と追加はあります)ことでキーポイントの説明や時系列の変化を何度も辿りますから、教科書とはまた違う形式で耳目を(目だけやん)惹きます。現代経済学の講義以来経済の話から(特に理論からは)かなり足が遠のいていたと思います。これを機にちょっと戻りたい....

 

4.中東世界の音楽文化 ~うまれかわる伝統(西尾哲夫 他)

中東世界の音楽文化 〜うまれかわる伝統

中東世界の音楽文化 〜うまれかわる伝統

  • 作者: 西尾哲夫,水野信男,飯野りさ,小田淳一,斎藤完,酒井絵美,谷正人,椿原敦子,樋口美治,堀内正樹,松田嘉子
  • 出版社/メーカー: スタイルノー
  • 発売日: 2016/09/23
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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この本を購入してから多分まる3年くらい経つのだけど、なんとなくジャケ買いしたにもかかわらず、当時の興味は今の自分の興味をちゃんと反映しているなと思えて嬉しくなりました。音楽の話をするのに本を読むなんて変わっているな、と友人に言われたのを思い出します。

音楽「文化」と書くだけあって、民族の歴史のみならず土地の歴史も宗教の影響もそれぞれ書かれいます。音楽に対しては特に、教義そのものが是としていないこともあり歌い手も器楽奏者も土地を離れざるをえなかったり、作曲の様式を外から取り入れているときもあったとの由。これを書いている方々(章ごとにそれぞれの研究者が書いておられます)は中東の音楽や民族文化に関する調査をしていて、「アラブ」と一括りにせずにトルコ/シリア正教/イスラム文化とそれぞれに違いがあることを主張していました。たしかに知らなかったし、区別がついていませんでした。

本以外の情報を挟みますと、2年くらい前に『歌声に乗った小年』という映画を観ました。パレスチナガザ地区から『アラブ・アイドル』という歌番組(いわゆる素人一攫千金系の)に出る、という話。映画はそれ自体でとても重みのあるいい映画だったけど、この中にコーランを朗唱するシーンがあります。浅学にしてコーランの朗唱を聴いたことがなかったのだけど、その教義に反して非常に音楽性の高いものです。教義で禁じられているのは享楽的なものだけだとはいえ、時期によってはイランでは音楽全般が禁じられたと。本書の中でも、朗唱と音楽の身体性について述べられている部分があります。


محمد عساف - على الكوفية | Arab Idol

 

また、面白かったのは、西洋音楽との融合の過程です。西洋の音階や楽器はなかなか受け入れられなかったものの、ヴァイオリンは比較的早期に受け入れられたとのこと。中東の文化圏には、微分音が存在します。この微妙さを表現できるのは、弾き方によっては区切られた音階の存在しないヴァイオリン属でした。開放弦の調弦を下からG-D-G-H(やったかな)とし、弛ませることで穏やかな音色にしていたと。弓の毛も全部は使わず、指板寄りを弾くそうです。自分も末席を汚しながら弦楽器をたしなむ身なので、この話は非常に面白く読みました。

西洋のブームを反映したポップスやロックに親しむ若者もいるようですが、それはそれで海外との競争力において欠ける点があるために難しい面もあるとのこと。

ちなみに、『アラブ・アイドル』で優勝したムハンマド・アッサーフ氏はその後国連パレスチナ難民救済事業機関青年大使としても活動しながら音楽活動をしているようです。ポップスながら、音階も楽器も西洋とは異なるので純粋に面白いです。


#محمد_عساف - يا حلالي يا مالي | Mohammed Assaf - Ya Halali Ya Mali

 

 5.アメリカの高校生が読んでいる資産運用の教科書(山岡道男 浅野忠克)

アメリカの高校生が読んでいる資産運用の教科書

アメリカの高校生が読んでいる資産運用の教科書

 

これも3年前の月1万円本購入キャンペーン(自分の)のときに買ったものですね。あまり意味を見出せなくて放置していましたが、家庭をもったらそれなりに面白いかと思ってやっと読みました。複式簿記が読めると家計簿が読める...

サブプライムローンのシステムとか、その崩壊とか詳しく書かれているので結構面白いです。が、『資産運用の教科書』としてどうかはちょっとよくわかりませんね...読み物としては悪くないです、お金に興味を持ち始めたらという程度。

 

6.神話・寓意・徴候(カルロ・ギンズブルグ)

神話・寓意・徴候

神話・寓意・徴候

 

ずいぶん前に人からいただいた本。カルロ・ギンズブルグの本は『チーズとうじ虫』を以前読んだのですが、あちらが物語形式で書かれているのに対して、こちらは評論形式です。しかしある意味目指すところは同じだなと思いました。序文にも書いてあるけども、"合理主義と非合理主義の溝"を埋めるべくして書かれた本だそうな。

自分はこういう形式に慣れていないし、科学認識論といっても既にあるべき土台を科学によって提供されてしまっています。歴史を繙くにあたり、7つの題材を用いて宗教上のイコン・美術の解釈・精神分析・歴史の中の政治…等々持ち出しそれぞれの道理と科学を突き合わせていく構成です。あと余談なんですがデカルトはやっぱり神学の影響を無視できなかったらしいです。あの往復書簡どうも臭いなみたいなことをかつてやっていた読書会で言っていたような気がするのですが、無神論者の謗りを免れるために省察の内容にちらほら神が説明なしで使われるんですよね…魔女と悪魔の契約の話とかから入るのでちょっと面食らいますが、当時の医学・人類学まわりの構造主義であったり実証性を求めるようになる道筋で非科学が説明されるの自体は楽しいです。

自分はところどころしかついて行けなかったと思います...

 

 7.薬価の経済学(小黒和正 菅原琢磨他)

薬価の経済学

薬価の経済学

 

家にあったので読みました。

お堅いばかりの本かと最初は勘ぐっていましたが、思ったよりずっと面白かったです。最初からコラムの話をするのも気が引けますが、ところどころに挟まれるコラムで話の全貌もわかりやすくなります。このコラムニストは元証券会社のアナリストらしく、なるほど行政批判も製薬・卸業も俯瞰できるわけです。報道も大手から専門誌まで均しく較べることができて臨床からも遠い、実にバランスのとれた観察者だと思いました。

製薬会社が定めた薬価が卸業者を通して医療機関へ売却される過程の価格の鬩ぎあいとかまったく知らない話でしたし、医療費にかかわる政策全般の詳説も最初の方でなされるので門外漢でもある程度ついていけると思います。

後発医薬品とか高額医薬品と高額医療費制度あたりはまあ大体知ってる話なんですけど、投与継続期間でいうと抗リウマチ薬が総額(患者数×投与期間×投与頻度×薬価)でいえば結構な上位にランクインすることがわかりました。自分は免疫内科勤務でしたので、生物製剤を打つスパンとその種類の豊富さ、適応の幅広さには正直びっくりすることが多かったです。まあ高いよな…わかる…バイオシミラーの話も出てきていましたね。

後発医薬品については、薬剤師による薬局での変更が処方箋からのオプトアウトによってなされていたものがオプトイン方式になって促進されたっていうの、好きです(ハードウェアの変更で意思決定を誘導するやつ)。創薬に関してはインセンティブが何%になれば有効にはたらくかみたいな試算もちゃんとされていることを知れました。いや面白いというか当たり前なんですけど、本当に新しく知る話ばっかりなので「よくできているなあ」という印象があります。

 

それから、業界の独占性・閉鎖性に関しても説明の章があります。医療系ベンチャーの話にについては、客観的に構造を一部しか見ていないのにそれでも渋いなあと感じることがままあります。産業構造に依存していそうというのと、広くは社会保険だの経済・福祉政策の構造に依存していそうという感じがあり、実際にそのようでした。

医療福祉のIT化はともかくとして地域社会の構造変換とかは正直(展望なので)あまり現実的ではなかったんですが、総合して勉強になる本でした。

 

8.命の価値: 規制国家に人間味を(キャス・サンスティーン)

命の価値: 規制国家に人間味を

命の価値: 規制国家に人間味を

 

序盤の情報規制問題局における意思決定のくだり、サスペンスっぽくて面白かった(といってはいかんが)です。

費用便益分析の話がメインなのですが、ちょうどこの本の前に読んだ『薬価の経済学』(というか医療の経済学全般)が費用便益分析を用いているので、その詳細といったふうに読むことができました。

費用便益分析という金の話を持ち出すと一様に人は嫌がるというのは日本でもそうでなくてもあるようで、こうした考えが強い反対に遭うことはままあるようです。が、費用便益分析の中には定量化しづらいもの(例えば人の幸福は個人によって差があるとか)なので、広義では功利主義とも少し異なる立場といえましょう(即、人間に量的に適応するものではないという意味において)。

 

9.10.数学ガールの秘密ノート 微分を追いかけて / 積分を見つめて(結城浩

ベクトルと数列が未読なんですが、放送大学科目『入門微分積分』の教科書が自分にはあまりに難しかったので入門編(放送大のは入門って書いているが『大学数学』としての入門)として購入しました。が、これの問題が解けるようになっても放送大の教科にはまるで歯が立たないです...いちばん嬉しかったのは、積分のほうの最後に級数が出てくるおかげで教科書のわからなさがだいぶほぐれたことでしょうか。

文系用の数学という感じで心のハードルをとっても下げてくれますが、受験数学が最低限出来る人にはまったく必要ないと思います。

 

 

 

雑記


この数か月は転職したり慣れない科目の試験を受けたり院試の準備をしたりその他もろもろ、とにかく忙しくてなかなか本を読めませんでした。その代わり、結構ウェイトのある本を中心に時間をかけて読めたと思います。

ただ、自由に本を読めないことがいかに苦痛かはよくよく思い知ることになりました...ストレスがものすごかったです。

この記事を書いている現在で既に次の10冊区切りが半分以上になっているので、相当我慢していたんだなあという感慨があります...