毒素感傷文

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500冊読了記/100冊の中からオススメ10選(401-500の中から)

1.この宇宙の片隅に(ショーン・キャロル)

この宇宙の片隅に ―宇宙の始まりから生命の意味を考える50章―
この宇宙の片隅に ―宇宙の始まりから生命の意味を考える50章―
  

この本に関しては個別の記事を書きました。

天体物理の中でも非常に読みやすい本であると思われます。事前にマックス・テグマーク「数学的な宇宙」やニック・レーン「生命・エネルギー・進化」を読んでいたために目新しいと感じるところはそこまで多くはないのですが、何よりその読みやすさと明快さが魅力であると思います。下記の引用をみていただくとわかるように、確率論の話がぼちぼちでてきます。科学全般に対する一般人の態度の規範になるような本でもあります。

それから、読了当時には同意しかねていたのですが、「いかに人は佳く生くるか」という問いに関しても、意外と現代の哲学はこれを本格的な議論として受け入れているようです。

解決策は、きわめて小さくてまともに取り上げる必要のない信頼水準があるのを認めることだ。その可能性が偽であることを知っているかのようにふるまうことは意味をなす。つまり、私たちは「私はXを信じる」を、「Xが成り立つことを証明できる」ということではなく、「Xを疑うのに相当量の時間や手間をかけるのは非生産的だと思う」ということだと受け取る。

私たちは、ある理論に有利な証拠を積み上げるあまり、それについての懐疑を維持することが「分割ある警戒」を超えてただのへそまがりになることもありうる。

私たちは常に、新しい証拠を前にして自分が信じていることを変えてよいという気でいなければならないが、そのために必要な証拠は、それを手間をかけて探さなくてもよいほど圧倒的である必要があるかもしれない。

結局残るのは、何かの絶対的な証明ではなく、何かについての高い程度の信頼であり、それ以外のことに対する不確実性が高まるということだ。

それは私たちに望める最善のことであると同時に、世界が事実として私たちに確かに認めるのもそこまでだ。人生は短い。絶対確実は決して出てこない。ーショーン・キャロル「この宇宙の片隅に」

www.ted.com

tedにも著者の動画があるようです。

 

2.脳の中の天使(V・S・ラマチャンドラン)

脳のなかの天使
脳のなかの天使
 

この方の「脳のなかの幽霊」のほうが著名なようです。

著者のラマチャンドラン氏は神経内科の医師・研究者です。本書の冒頭で提示される、「研究というものに実験装置が加わると、その装置をいかにして使うかといったことに固執してしまい原始的な反射を用いたり手ずからおこなう実験が軽視されたり扱われなくなってしまう」という危惧は結構身につまされるものがありました。いえ、特になにか具体例があるわけではないのですが。

神経美学の話になるとこれが結構面白くて、ラマチャンドラン氏のお名前にもあるようにルーツであるところのインドの仏像のうつくしさの要素についての話がでてきます。これが後半に入ったくらいなので、前半はほとんど神経科学の話です。具象と抽象の谷についてや、デフォルメのありかたについても書かれています。美術系の本でなくてこういった認知科学から捉えられた美学(芸術・音楽の知覚について)の論は多くないので、読んでいて嬉しいです。芸術系の人で、認知科学に興味のある方への入門書としていいかもしれません。

 

3.不合理だからうまくいく:行動経済学で「人を動かす」(ダン・アリエリー)

カーネマンの「ファスト&スロー」が意思決定にまつわるゲームのような感覚で読める本だとしたら、これはヒューマンドラマを読みながら(実際アリエリー教授の若年時代に負った全身の熱傷との闘いが説明に多く用いられます)行動経済学を学ぶことができる本です。リチャード・セイラー行動経済学の逆襲」よりも少し心理学寄りです。

特に情緒と意思決定の関係について書かれた点については昨今の医療者必読と言いたいくらいですが、必読というと言いすぎですと怒られそうなのでやめておきます。信頼と怒りが意思決定に影響することや、感情的に決めた(利点もあれば欠点もある)ルールが長期に行動に影響する点など面白いです。医療者なので、アリエリー教授が若くしてひどい火傷を負ってそれから立ち直るまでの苦痛とそれの対価として得た経験知に気がいってしまいますが、人間の知覚を永続的に変化させる痛みの経験についても積極的に検討しておられ大変読んでいて面白くありました。

タイトルはちょっとトボけていますが、トボけて手に取るとまあまあいい本です 行動経済学に興味あるけど難しい本は手が出しにくいワ〜という方に是非。

 

4.植物たちの救世主(カルロス・マグダレナ)

植物たちの救世主

植物たちの救世主

 

「熱狂的植物育成本」です。

著者はスペイン出身の園芸家、カルロス・マグダレナ。英国王立キュー・ガーデンで近絶滅種を含めて希少な植物の繁殖と保護に努めています。その活動範囲はまさに世界中どこでも、高山・砂漠といった極限環境から熱帯雨林や孤島までありとあらゆる場所を対象としています。本人は植物「学者」とは呼ばれないのかもしれませんが、キュー・ガーデンの講師も務めていて、現在ではどのような環境で生育するかわからない希少植物の発芽から次世代へのバトンタッチまでを考慮し、実験し、そしてあわよくば元の環境に戻して繁殖させます。ひとつひとつの実践が既に探究行為なのです。

希少な植物をみつけると、まずどの科・属・種に分類されるかを見分けます(そうすることからしか話は始まらない)。そして気候や気温、土の状態や発芽の条件といった生育条件を調べ、キュー・ガーデンの研究室に持ち帰り最適な環境を作る。毎回試されるこれも、場合によってはラスト・チャンスかも知れないのです。土地の人間社会も植物の生存に大きく影響しているため、生きるための森林伐採や国策による開墾が土地の環境を変えてしまうことはままあります。悲劇的な状態でほぼ唯一無二の植物を発見し、悲鳴をあげるシーンもたびたび。また、キュー・ガーデンで繁殖に成功しても、元の環境で適切に扱われるとは限りません。

植物を救い続け、驚くべき出会いに感嘆する著者の目は植物のいる現在の環境だけでなく過去・未来の数十年にわたり向けられていて、僅かながらその視線を共有できるのがまた面白いのです。著者はスイレンが大好きで、スイレンのためなら現地で他の調査中でもすぐに車を止めて走り出してしまいます。さながら植物への依存症なのですが(著作の中で本人がそう述べており、コカの葉を噛みながら高山に向かうシーンは見もの)、その情熱が植物たちを何度も再生に導き、滅びの瀬戸際で踏みとどまらせます。学術書でもなく専門書でもなく、これは一種の冒険譚(むしろ本人ではなく、植物の)に近いものがありました。

植物を取り巻く人為的環境への言及は批判的なものばかりでなく、現地の人々への理解と協力的姿勢に満ちており、現地の社会で現存の環境を維持・向上するメリットを述べたうえで技術の伝達を行います。産業でもなく政策でもなく教育でもなく、植物に関する「国際協力」というのがよいのでしょうか…文化人類学や考古学等他の地理環境と文化に関係する本は読んだことがあるのですが、ここまで「植物」に特化した本は自分は初めて読みましたし、ものすごく面白かったと書くしかありません。おすすめです。

 

5.WORK DESIGN(イリス・ボネット)

WORK DESIGN(ワークデザイン):行動経済学でジェンダー格差を克服する

WORK DESIGN(ワークデザイン):行動経済学でジェンダー格差を克服する

 

行動経済学…うんまあ行動経済学

内容は簡単な認知心理学のおさらいと膨大な企業・官公庁のもつデータで「バイアスを探る」本です。経済の理論的な部分は他の本に譲ってよいですが、ジェンダーのみならずエスニシティに関わる「バイアスの介在」がどのように学習・採用・組織内活動に影響しているかを、さまざまな手法で実証します。鮮やかなのはその事実ではなく、改善可能かどうかと、教育方法が有効か無効かの提示の仕方です。著者は公共政策大学院の教授であり、また部局長の歴もおありとのこと、学術界や政界まで及んで女性や民族的少数派のひとびとがいかなる差別を受けるか説明し、その解消のきっかけとなる組織構造・採用システム・研修内容の変更にどれだけコストをかける意義があるかを述べています。

収集されたデータの検証、行われた社会・心理実験、実際に各国各組織で修正されたダイバーシティへの取り組みがいかなる結果であったかは各章をお読みいただければと思います。教育・研修・採用におけるメソッドを変更する有効性は、測ってこそ改善のしがいがあり、そしてコストの投入もできるものなので、やみくもにやるもんとちゃうでというメッセージがあちこちから読み取れます。ダイバーシティ研修後に免罪符効果で否定的な価値観が強化されるとかわりと絶望できる内容だなあと思います(なにくれとなく耳にしていたことではあるのですが)。あと人事評価システムの公平性と客観性とか。

昨今、働き方改革だの大学入試改革だの移民政策だのいろんなところで改革の余波があるのですが、そこに対しても前に後ろに検証がなされてどんなかたちであれ反省が活かされなければまた金をドブに突っ込んだことになるよなあと思うのでした。

 

6.医療現場の行動経済学:すれ違う医者と患者(大竹文雄 平井啓)

医療現場の行動経済学: すれ違う医者と患者

医療現場の行動経済学: すれ違う医者と患者

 

平井氏の記事は、実は以前に下記の記事に目を通しております。

www.igaku-shoin.co.jp

ついでに、引用元であるModern Physicianも購入しました(手元にあります)。そちらの内容を、もっとわかりやすく、また「日常の診療場面でよくある例」を交えてまとめなおしたのがこちらの本と思うとよいです。

雑誌や医学書院の記事の中にはみられなかったのが、医療従事者側からのバイアスももちろん存在しているということでしょうか。

患者さん(医療を受ける側)の方にもおすすめですし、医療従事者にもおすすめできる本であると思います。とくに臨床の方へ。

 

7.無限論の教室(野矢茂樹

無限論の教室 (講談社現代新書)

無限論の教室 (講談社現代新書)

 

数学の哲学ーというか、概念としての数学について考える物語です。

というととっつきにくいように思えますが、数弱の私でも考えながら読めるようなものなので、興味はあれど苦手、という方にも大変おすすめできるかと思います。先生が毎回ケーキやお茶を出してきたりけなしてきたりしますが、1講義ごとに1問題ずつ考えます。「アキレスと亀」「可算無限と非可算無限」「ゲーデル不完全性定理」などなど。数学ガールみたいな感じで読めます。たぶん。

 

8.アメリカ大都市の死と生(ジェイン・ジェイコブズ

アメリカ大都市の死と生

アメリカ大都市の死と生

 

この本は実は関連映画が出ていて、映画を見ていただいたほうがよりわかりやすいと思われます。

youtu.be

ジェイコブズは市井のジャーナリストであり、生涯学者ではありませんでした。しかしながらトップダウンの都市計画がいかに有害であるかを様々な方向から指摘しており、ジェイコブズ以降、近代の人類学・都市社会学その他に大きな影響を与えました。何より、無遠慮な都市の改変を止めさせたことにその功績があるでしょう。

実証がしっかりしていないこともまた批判されてはいるのですが、現代に都市に住まう者でも十分に感じられる都市の要素とその重要性について再考できる本であると思います。誰におすすめすればいいかといわれると困りますが...都市が好きな方へ。

 

9.刑務所の読書クラブ(ミキータ・ブロットマン)

刑務所の読書クラブ:教授が囚人たちと10の古典文学を読んだら

刑務所の読書クラブ:教授が囚人たちと10の古典文学を読んだら

 

実に感ずるところの多い本でした。珍しく、むしろ短編小説に近いスタイルの本です。

ちなみに文春オンラインに私などよりよくまとまった書籍紹介があって、もうこちらをお読みいただければ十分興味をもっていただけるようにも思います。

bunshun.jp

読書というのは誰にでも同じように楽しまれるようなものでもなく、また刑務所という特殊な環境が読書クラブの参加者たちをひきつけていた(そこにとどまらせていた)ところが大きいなという印象です。刑期がおわり、釈放されたのちの受刑者の行動に対して、著者の諦念や、限界に対して絶望する心情も描かれています。

 

 

10.心理言語学を語る:ことばへの科学的アプローチ(トレヴァー・ハーレイ)

心理言語学を語る: ことばへの科学的アプローチ

心理言語学を語る: ことばへの科学的アプローチ

 

音韻論、意味論、語用論そして統語解析についてそれぞれに躓いている自分にとっては大変面白い本でした。今まで読んだ本たちを犠牲にせずに新たなる話題に繋げられるのは、著者が学説の分離をいちおう列挙・概説してくれているからです。

本書は心理学または言語学の学部生と、その他興味ある一般の人に向けて書かれているとだけあって、分厚いながら大変読みやすくやっております。いや大変というほどでもないんですが、語義通りに読めば読めるという意味において決して高くないと思います(ほかの本が難しすぎるというのもある)。因みに本書は心理言語学の教科書が重版になったのちに書かれており、さらなる興味のある各位はそちらを読まれたしとのことでありました。こちらは学説の詳説を極力省き、それらの生み出されるプロセスの解説に焦点を当てていますから、心理言語学の研究や解釈をじゅうぶんに楽しむことができるでしょう。

認知科学や、その言語的側面に興味のある方におすすめです。