毒素感傷文

院生生活とか、読書の感想とかその他とか

100冊読破 5周目(81-90)

1.この宇宙の片隅に(ショーン・キャロル)

この宇宙の片隅に ―宇宙の始まりから生命の意味を考える50章―

この宇宙の片隅に ―宇宙の始まりから生命の意味を考える50章―

 

http://streptococcus.hatenablog.com/entry/2018/03/16/220441

以前これに関してエントリを書いているので割愛します。とってもオススメの一冊。

 

2.WORK DESIGN 行動経済学ジェンダー格差を克服する(イリス・ボネット)

WORK DESIGN(ワークデザイン):行動経済学でジェンダー格差を克服する

WORK DESIGN(ワークデザイン):行動経済学でジェンダー格差を克服する

 

タイトルはなかなか釣りっぽい(釣りっぽい言うな)ですけど中身かなりしっかりしていました。行動経済学…うんまあ行動経済学 でも内容は簡単な認知心理学のおさらいと膨大な企業・官公庁のもつデータでバイアスを探る本です。経済の理論的な部分は他の本に譲っていいくらいですが、ジェンダーのみならずエスニシティに関わるバイアスの介在がどのように学習・採用・組織内活動に影響しているかをこれでもかというくらいさまざまな分野で実証します。鮮やかなのはその事実ではなく、改善可能かつ有効・無効の提示の仕方。著者は公共政策大学院の教授であり、また部局長の歴もおありとのこと。学術界や政界まで及んで女性や民族的少数派のひとびとがいかなる差別を受けるか説明し、その解消のきっかけとなる組織構造・採用システム・研修内容の変更にどれだけコストをかける意義があるかを明確に述べています。

収集されたデータの検証、行われた社会・心理実験、実際に各国各組織で修正されたダイバーシティへの取り組みがいかな結果であったかは各章をお読みいただければと思います。教育・研修・採用におけるメソッドを変更する有効性は測ってこそ改善のしがいとコストの投入ができるものなので、やみくもにやるもんとちゃうでというメッセージがあちこちから読み取れます。ダイバーシティ研修後に免罪符効果で否定的な価値観が強化されるとかわりと絶望できる内容だなあと思います(なにくれとなく耳にしていたことではあるのですが)。あと人事評価システムの公平性と客観性とか。

昨今働き方改革だの大学入試改革だの移民政策だのいろんなところで改革の余波があるのですが、そこに対しても前に後ろに検証がなされてどんなかたちであれ反省が活かされなければまた金をドブに突っ込んだことになるよなあと思うのでした。

関連書籍として挙げられる(本の中でも引用されていた)お勧め本。

「ファスト&スロー」ダニエル・カーネマン エイモス・トヴェルスキー

「あなたはなぜチェックリストを使わないのか?」アトゥール・ガワンデ

「貧乏人の経済学」エステル・デュフロ アビジット・バナジー(未読)

「予想どおりに不合理」ダン・アリエリー

 


以下直接の引用ではないけどおススメできると思われる本

「モラル・エコノミー」サミュエル・ボウルズ

 


因みに本書もわりと前知識少なめで読めますし、おススメ各書もかなり読みやすいと思います。お墨付きです(私の

 

3.植物たちの救世主(カルロス・マグダレナ)

植物たちの救世主

植物たちの救世主

 

著者はスペイン出身の園芸家。英国王立キュー・ガーデンで近絶滅種を含めて希少な植物の繁殖と保護に努めています。その活動範囲はまさに世界中どこでもというほかなく、高山・砂漠といった極限環境から熱帯雨林や孤島までありとあらゆる場所を対象としています。本人は植物「学者」とは呼ばれないのかもしれませんが、キュー・ガーデンの講師も務めていて、そもそも現在ではどのような環境で生育するかわからない希少植物の発芽から次世代へのバトンタッチまでを考慮し、実験し、そしてあわよくば元の環境に戻して繁殖させます。ひとつひとつ実践が既に探究行為ですね。

希少な植物がまずどの科・属・種に分類されるかを見分けます(そうすることからしか話は始まらない)。そして気候や気温、土の状態や発芽の条件といった生育条件を調べ、キュー・ガーデンの研究室に持ち帰り最適な環境を作る。毎回試されるこれも、場合によってはラスト・チャンスかも知れないのです。土地の人間社会も植物の生存に大きく影響しているため、生きるための森林伐採や国策による開墾が土地の環境を変えてしまうことはままあります。悲劇的な状態でほぼ唯一無二の植物を発見し、悲鳴をあげるシーンもたびたび。また、キュー・ガーデンで繁殖に成功しても、元の環境で適切に扱われるとは限りません。

植物を救い続け、驚くべき出会いに感嘆する著者の目は植物のいる現在の環境だけでなく過去・未来の数十年にわたり向けられていて、僅かながらその視線を共有できるのがまた面白いのです。著者はスイレンが大好きで、スイレンのためなら現地で他の調査中でもすぐに車を止めて走り出してしまいます。さながら植物への依存症なのですが(著作の中で本人がそう述べており、コカの葉を噛みながら高山に向かうシーンは見もの)、その情熱が植物たちを何度も再生に導き、滅びの瀬戸際で踏みとどまらせます。学術書でもなく専門書でもなく、これは一種の冒険譚(むしろ本人ではなく、植物の)に近いものがありました。

植物を取り巻く人為的環境への言及は批判的なものばかりでなく、現地の人々への理解と協力的姿勢に満ちており、現地の社会で現存の環境を維持・向上するメリットを述べたうえで技術の伝達を行います。産業でもなく政策でもなく教育でもなく、植物に関する「国際協力」というのがよいのでしょうか…文化人類学や考古学等他の地理環境と文化に関係する本は読んだことがあるのですが、ここまで「植物」に特化した本は自分は初めて読みましたし、ものすごく面白かったと書くしかありません。おすすめです。

 

4.心理言語学を語る:ことばへの科学的アプローチ(トレヴァー・ハーレイ)

心理言語学を語る: ことばへの科学的アプローチ

心理言語学を語る: ことばへの科学的アプローチ

 

おススメ本ばかりですみません。本書もおすすめさせてください。言語学の音韻論、意味論、語用論そして統語解析について躓いている自分にとっては大変面白い本でした。今まで読んだ本たちを犠牲にせずに新たなる話題に繋げられるのは、著者が学説の分離をいちおう列挙・概説してくれているからです。

本書は心理学または言語学の学部生と、その他興味ある一般の人に向けて書かれているとだけあって、分厚いながら大変読みやすくやっております。いや大変というほどでもないんですが、語義通りに読めば読めるという意味において決して高くないと思います(ほかの本が難しすぎるというのもある)。因みに本書は心理言語学の教科書が重版になったのちに書かれており、さらなる興味のある各位はそちらを読まれたしとのことでありました。こちらは学説の詳説を極力省き、それらの生み出されるプロセスの解説に焦点を当てていますから、心理言語学の研究や解釈をじゅうぶんに楽しむことができるでしょう。

 

5.6.リヴァイアサンⅠ Ⅱ(トマス・ホッブズ

リヴァイアサン〈2〉 (中公クラシックス)

リヴァイアサン〈2〉 (中公クラシックス)

 

リヴァイアサンの特に第3部の宗教への権利の集中の解釈、そもそもキリスト教に詳しくなくうろ覚えなため色々わからなかったはずなのに少なくとも「神学否定」はしていなく、また神の恩寵を否定するものでもないことは明らか。しかし神学は哲学ではないとはっきり述べてもいる。法哲学とか公共哲学なのかもしれんが、基本は制度論ですね。集権のメカニズム。人間の感情の相互作用が権利の協奏曲発展するっていう考え方は情念論とか道徳感情論よりもちろん発展的だがなんというか意外にも行動主義っぽい 歴史家の制度論…
ノージックの「アナーキー・国家・ユートピア」を先に読んでいるのでなんというか真逆からのアプローチと思えば考えは理解できると思うが、何せ時代が違うのでミルの自由論とかリバタリアニズムの文脈にはすぐ接続できない。潮流は明らかにそっちですが。

 

7.現代社会と経済倫理(永井位行 鈴木純

現代社会と経済倫理

現代社会と経済倫理

 

「いま、世界の哲学者が考えていること」の経済ver.という感じがする(あと主体も日本を中心にしているのでわかりやすい。言葉が平易ですので初学者向けだとは思います。倫理系の入門書で心が折れるという方で、企業倫理とか資源配分の公正とかに興味があるなら本書はおすすめできて心も折れません。その分中身はやや薄いです。放送大学の教科書よりさらに平易。

 

8.よくわかる看護組織論(久保真人 米本倉基 勝山貴美子 志田京子)

よくわかる看護組織論 (やわらかアカデミズム・わかるシリーズ)

よくわかる看護組織論 (やわらかアカデミズム・わかるシリーズ)

 

やわらかアカデミズム、めっちゃニッチな本出してるやん…!と思って読んでみましたドンピシャ面白かったです、現場を知っている人が読んでも面白いとは思いますし組織論全般を扱っている方に読んでいただいてもよいのではないでしょうか。対人援助をチームで行う人間の特殊性をよく説明してくれます。

 

9.現代現象学ー経験から始める哲学入門(植村玄輝 八重樫徹 富山豊 森功次)

現代現象学―経験から始める哲学入門 (ワードマップ)

現代現象学―経験から始める哲学入門 (ワードマップ)

 

わかりやすく、かつ項目立てがはっきりしていて大変おすすめです。難易度は中程度。 医療職を含む対人援助職で哲学の議論に興味がある人(特に医療倫理や生命倫理というよりもケアの倫理や身体論について興味がある人)へのよい入門書として出せると思います。

フッサールから出発してたびたび立ち返りますが、テーマごとにそれぞれ熟した議論を解説してくれるし脚注の読書案内も充実しています。最初は認知哲学に至るような部分も含むが、そこはきっちり現象学入門なので新旧の議論を追ったうえで各論に入っていく。第2部の応用部分では価値、美学(芸術)、道徳あたりが面白い。美学の項目は「分析美学入門」の著者が書かれているので…。あとは全体的にどの論を持ち上げるとか否定するとかいった判断がないのがよい。ベナーとかメイヤロフに興味があり、読んだことがあるならば看護の知識でも読めます。ただし哲学の一般的な議論は前提のように出てくるので注意は必要かと思われます…(シェーラーとかは私もまったく知らない

 

10.正常と病理(ジョルジュ・カンギレム )

正常と病理 (叢書・ウニベルシタス)

正常と病理 (叢書・ウニベルシタス)

 

もし病気がやはり一種の生物学的規範だということが認められるなら、病理的状態はけっして異常といわれることはできず、一定の場面との関係の中で異常だといえることになる。逆に、病理的なものは一種の正常なものなのだから、健康であることと正常であることとはまったく同じではない。健康であることは、一定の場面で正常であるということだけでなく、その場面でも、また偶然出会う別の場面でも、規範的であるということである。健康を特徴づけるものは、一時的に正常と定義されている規範をはみ出る可能性であり、通常の規範に対する侵害を許容する可能性、または新しい場面で新しい規範を設ける可能性である。ある環境および一定の要請システムの中では、腎臓が一つしかなくても正常のままでいられる。しかし、もはや腎臓を失うような贅沢をすることはできない。(中略)健康とは、環境の不正確さを許容する幅であるージョルジュ・カンギレム「正常と病理」

医学史を紐解きつつ、病理学がもたらした「生理学」について考察します。以前にカンギレムについてはグザヴィエ・ロートの本を読んでいますが、環境との関係性としての生命の主体に重きをおくのはまことに適切な姿勢であると思います。現代でも。

カンギレムは、遺伝特性のように"避け得ないが,環境の中で特性(有利にしろ不利にしろ)が発見されるもの"や病気(病理)によって正常(無意識の生理)が規定されていることを指摘します。疾患の罹患を含めた内外の環境への反応として現れた結果としての「病理」は、心理領域でも随分盛んでありました。カンギレムのこの考えが、公衆衛生に対して考えを向けていたバシュラールから受け継がれたものであることが本書の註に書かれています。ストレス理論でおなじみのセリエを持ち出して、社会システムに対する適応と非適応の問題を論ずるところは最早現代でも同じで、むしろ進歩がない(我々の教科書に

レジリエンス(擾乱に対する回復力)を健康の定義とする考えは、今もそのとおりで、その擾乱自体を各人に対してソフトにしようとする現代のむきは非常によいです。が、社会のシステムは全然そうじゃないんだよなあとか思ったりもします。逸脱から戻って来づらいというか、疾患を抱えて生きるには厳しいというか。ここは正常と病理に書かれた範疇を超えるのですが。