毒素感傷文

大学生活とか、読書の感想とかその他とか

独身最後の記事を書き損ねた

ので、これが伴侶を得て最初の記事となる。

 

 

▼出来合いのおかずのような

これが愚痴でないと言えば嘘になる。

愚痴でもあり弱音でもあり、耄碌した記憶の焼き直しでもあり惚気でもある。最悪だ。だからこそ今書こう。

 

そもそも伴侶を得るということはどういうことなのか。婚姻という契約の形式を取らねばならぬのか。社会への体裁はこうでなくてはならないのか。

そういう議論はよそでやろう、今ここで自分は既存の社会規範に倣うことを選んだのだから。選ばない人は強い。抗う意思がなくてはその選択肢はそもそも現れもしない。私たちは選ぶことを選んだ。

 

しかし選ぶことを選んだあとも、さまざまな細かい選択の連続であった。

かつてここまで、恋人であった人たちと新たなる家族や自分の身の置き所について話したことがあっただろうか。まあ話すに至らなかったその他の人がいるからこそ今の伴侶がいるのだが。つまり選ぶところまで辿り着くにはそこまでの過程が必ずあるのだ。それは自分ではないどんな人にも。意識の俎上になかったとしても。

 

 

▼婚姻への合意の形成について思うこと一頻り

こういった薄っすらとした合意の形成は自分にはとても難しく感じる。住む場所、生きる糧(飯の種)、家族の有り様、それに対する考えを形成するまでにあったことやその判断に影響した要素。言葉になるものもならないものも、様々な感覚を持ち合い、すり合わせた。私はぶつかりたくなかった。ぶつかるのが怖かった。ぶつけて、相手を薙ぎ倒してしまうことも怖いし、言語化できないやわな部分を踏み躙られるのも嫌だった。それがいったい(なに)であるかも最早言葉にはできないのだが、とにかく、こうして家族になるということはその(なにか)をなんとか守った状態で家族という鍋の中に入ることに成功したということである。もっとも、成功したのは家族という新しい枠組みに入るという一点においてであり、この婚姻はまだ成功ではない。人生の終焉において初めて婚姻が成功であったというのだろう。そしてあるいはこの先破局に至ったとしても経緯によっては失敗とは言わないのかもしれない。

 

自分にとってのほかの他人と較べてもしようがないが、2人きりで会話をした最初から、この合意は形成されていたような気もする。でもそこで確信を持つほど自分は自信家ではないし野心家でもない。多分相手もそうだったろう。

こういうとき、会話は延々と続くジャブの応酬に近い。本音は出したり出さなかったり、建前に見せかけて振り返ってみれば大事なキーワードであったり、それを聞き逃したり取り違えたりする。

 

 

私は不思議に思う。目の前の、あるいはとなりの人間と、いったいどうして言葉の意味を共有できるだろうか。経験も学識も等しくなく、かつ、持っているからだも身を置いてきた場所もこれからいる場所も異なるのに、なぜ居を同じくし、同じ方向を向いて、家庭を持つことに踏み切れるのだろうか。

 

最早諦めに近いこのジャブは、いつしか場所を変えても経験を重ねても繰り返されるようになり、次第に日常に変化する。

ただ毎日を浮いたり沈んだり、働いたりご飯を食べたり食べなかったり眠れない夜を過ごしたりするだけで、伴侶になったりならなかったりする。自分の印象としてはそんな感じだ。明確になにかを担保すると言われたわけでも、ややこしい自分の性格や経歴を事細かに聞かれたわけでもなく、ただなんとなく、理解と誤解を重ねればそうなるのだ。としか言いようがない。

 

それは長く時を共にした友人に関してもいえることでもある(そんな人物がいたらの話だが)。異なる価値観や経験を有しているからこそ安心して胸襟を開くことができる。

 

 

 

▼生活の再編について

1年間ずっと、選択の連続だった。ひとりならば、健康に不安があれば辞めればよいだけと思ってがむしゃらに仕事ができたのに、急に弱ったりもした。業務・学問上の(ぬるいとはいえ)目標もあって自分を叱咤激励してきたのに、それが短期には叶わないと知り、目標と手段の変更を余儀なくされた(結果的にはそちらのほうが安パイだったとしても適応に時間がかかる)。

 

生活への戸惑い、人生への戸惑い、他者がどうしようもなく生活の中に組み込まれることへの違和感。自分でない他人が生活にあるのはここまで困難なことであったか、と思うほどだ。

 

先の人生を考えることは難しい。とくにゆとりをもって計画していない人間には再編は喫緊の課題となる。

少ないながらもこれまでのキャリアを考えこれからのキャリアを考える。キャリアを離れる期間と築く期間の分断に気づく(これが一番の負担である)。

住む区画を選び家を選び間取りから居住空間を考え持っていく家具や捨てる家具、新しく購入する家電家具を選ぶ。

家庭の事情を考慮しながら婚姻にまつわる行事の意思決定をする。

 

そういった事柄にヒーヒー言い、手を焼きつつ仕事しながら片手間に考えるのは大変だった。1年経ってもこの選択に慣れたとは到底思えない。仕事に慣れるのにも実質は3年くらい要したように、自分はきっとこの生活にも3年くらいかかって慣れていくのだろう。そのことを思うとうんざりするが、仕方ない。引き受けると決めたのもまた自分なのだ。婚姻への合意というのはそういうものだったのだ。

 

先々のことを日々ぼんやり考えながら雑事をしていると、10年前、先のことなど何一つ考えられなかったのを思い出す。ここにもよく書いているので改めて申し上げる必要性は感じないが、自分は意思決定がとにもかくにも下手で、悩んでいるうちに病気になり、療養に数年を要した。今でも食事や睡眠には難を抱えている。

それがひどかったのが10〜11年ほど前で、この1年はあのつらかった1年からちょうど10年ののちであった。しつこいようだが本当に先のことは何も考えられず、生計の途も就学の計画も立てられずただ毎日苦しんでいた日々からこの1年はまったく想像ができなかった。今でも毎日が新鮮な驚きの連続で、そしてこれだけ毎日驚いているとちょっと疲れる。

 

ちょっと疲れたのだが生活を休むわけにはいかないのもつらいところである。

 

想像はできなかったものの地続きではあり、頭も体も自分という殻を抜け出すことはできないので、昨日も今日も明日も、10年前も今も10年先も(特に問題なく生存していればの話だが)自分という精神は自分という器の中でこうしてもがいている。