毒素感傷文

どうしようもなく感銘を受けてしまう日々のあれこれについて。

100冊読破 5周目(41-50)

 1.なぜ世界は存在しないのか(マルクス・ガブリエル)

なぜ世界は存在しないのか (講談社選書メチエ)

なぜ世界は存在しないのか (講談社選書メチエ)

 

私たちは世界像という観念を手放すことができますが、だからといって科学も手放さなければならないわけではありません。むしろ、すべてを説明しなければならないという要求から、科学を守らなければなりません。そのような要求に応じられるものなどないのです。

哲学なんぞに触れたこともございませんわという人でも多分読めるので手にとってみて欲しいと思うなどしました。特に科学と哲学、宗教と哲学、芸術と哲学については短いのにこれまでの来歴への批判と著者の見解がきっちり述べられていてよい。自分はダニエル・デネットリチャード・ドーキンスのような積極的(攻撃的)無神論が好きではないのですが、概ねここに書いてあるものと同じものです。また、科学に関してもメルロ=ポンティ「見えるものと見えざるもの」以上に慎重に捉えられていて嬉しいです。

 

2.徳について 1 意向の真剣さ(ヴラジーミル・ジャンケレヴィッチ)

徳について〈1〉意向の真剣さ

徳について〈1〉意向の真剣さ

ある価値判断をするとき、判断される人間がただ単に目に見える形、手に触れうる形で行ったことだけではなく、それを行うためにしなければならなかったが、目に見えず手に触れることのできないものも考慮しなければならない。その人間がそこに到達するために辿らねばならなかった長い道、乗り越えなければならなかった障害、打ち勝たねばならなかった抵抗、その人間の動作が表象する、ときとして悲痛な犠牲だ。言い換えるならば、ただ単に到達している点だけではなく、どこから来るか、どこを通ったか、どのような懐疑、試練、幻滅の循環を経過したか考慮しなければならない。ーヴラジーミル・ジャンケレヴィッチ「徳について Ⅰ 意向の真剣さ」

 

《感覚》器官が、局所的な反乱によって健康という至福な麻酔状態を破って苦しませる器官であるのとまったく同じように、《患者》は、苦しむことのできる者だ。享楽に耽る無頓着さは、相互に相殺しあった力の均衡にほかならず、まったく不協和音がなく、どの音も遊離せず突出しないコーラスであって、ーー気遣う意識が《安楽な存在》と呼ぶものだ。(中略)しかし、呼吸し、自由であり、若く、あるいは、健康であること以上に、《存在する》ことになんら直接の、積極的な、特殊な喜びを感じないのは言うまでもない。平和、自由、青春、健康、ーーこれが我々の不幸の四つの治療薬であり、回顧するとき、それぞれ幸福の四つの根幹だが、戦争、隷属、老い、病気によって奪われたときにのみ味わいがある。

 

楽観主義者は、試練で損なわれた自分の幸福を飽くことなく総計する。なにものにも意気込みを削がれることのないこの再生ないし再構成は、生体の形をとることがある。それを《順応する》と言う。この点では、我々は本当にゴム状の意識を持っている。抱負を狭め、自分の弱さに合った生活様態を採用しさえすれば、耐え凌げないものがあろうか。隔離され、籠もりきって、病院のベッドのうえで、音楽もなく、そして、愛もなく、この上なく哀れむべき不幸な人間は(運命の苦い皮肉ではないだろうか)結構幸福な自分を見いだし、不幸への自分自身の調整のうちに思いもよらなかった勇気を発見するが、この勇気は、絶望に対して免疫となった生きる人間のやむをえない生存能力にほかならない。

 

「考えながら行動し、行動しながら考える」とは、ベルクソンが好んで喚起した言葉で、ジャンケレヴィッチもこのベルクソンの言葉をしばしば援用し、これこそ叡智の定義だといっているが、また、ベルクソン は人の言うことではなく、することを見よとも言っている。ジャンケレヴィッチは、さらに"する"ことに人間の真の道徳的使命を発見した哲学者と言えるだろう。"する"のとは、ジャンケレヴィッチの倫理学の根幹をなすと言うことができる。たとえば、主知主義は、善なるものがあり、この善は良く、この善をしなければならないと言う。つまり、真理を考えるいかなる思惟がなくても真実である真理が存在し、他方、中立で無気力で基本的に受身な意識を想定する。しかし、ジャンケレヴィッチは、善はしなけらばならないなにか、したがって、まさにするべきなので、存在しないと理解しなければならない、と言う。人間は、しなけらばならないことがあることは知っているが、なにをしなければならないかは知らない。善は、事前に存在するものではなく、良くすることによって創造されるもの、つまり、善は、これをする意志なくしてはまったく実存しないという。徳に対するジャンケレヴィッチの姿勢の根底には、一貫して、このような意識のダイナミズムの確認がある。しかし、他方、ジャンケレヴィッチの人間観の根底には、死に宿命づけられた有限で半開の"不条理な"人間の生涯は"唯一回"であり"独自存在"であって、結局、事後に"存在した"といういわば完了形でしか表現できないという厳しい認識がある。ー仲澤紀雄(訳者あとがき)

 好きすぎて引用し過ぎました。すみません。

というかあとがきの引用があまりに秀逸でもうこれ以上いうべきことがない気がします。徳と愛、「徳について」では才覚や芸術への感覚などを含めた広い分野を扱っていましたが、こちらはどちらかというと徳倫理学的な本でありました。中身をしっかり読めているかと言われると全然です

 

3.ゲノムで社会の謎を解く―教育・所得格差から人種問題、国家の盛衰まで(ダルトン・コンリー、ジェイソン・フレッチャー)

ゲノムで社会の謎を解く――教育・所得格差から人種問題、国家の盛衰まで

ゲノムで社会の謎を解く――教育・所得格差から人種問題、国家の盛衰まで

 

社会学(特に貧困・厚生についての疫学)の教授と経済学(こちらも開発経済学等応用分野)の教授の共著です。集団における遺伝学的影響を環境と比較して考察していきます、あと証明できることの限界についても書かれており、ニコラス・ヴェイド著 「人類の厄介な遺産」のような片手落ちには止まらんぜという苦節が見えます。

医学・進化生物学あたりに詳しい方は既知の内容が多いかもしれません。

 

4.生成文法を学ぶ人のために(中井 悟)

生成文法を学ぶ人のために

生成文法を学ぶ人のために

 

生成文法の方法論について少し掻い摘んでといった具合で、あくまで導入ながら難しさは極力省いて「それによって何がしたいか」「何がわかるか」「意味論、語用論とどう接続するか、どこが違うか」を解説してくれる感じです。

生成文法の入門書とか詳しくないどころか入門するつもりもそんなにあるわけではないんですが、文法構造からどんなものを読み取っているかを逆行的に理解するの面白いなと思いました。

 

5.デリダ 脱–構築の創造力: メタポリアを裁ち起こす(中田光雄)

デリダ 脱?構築の創造力: メタポリアを裁ち起こす

デリダ 脱?構築の創造力: メタポリアを裁ち起こす

 

高橋氏の「デリダ」は生い立ちや経歴も含めたデリダの思想の基礎となる部分や誤解されやすい部分を詳らかにする本でしたが、こっちはデリダの持ち出す主要概念からさらに発展させるのと、多少遡ってどの哲学者のどの思想を援用しているかに言及します。最終章でアポリア(≒袋小路)の集簇としてのメタポリアがでてきたくだりは面白かったですが、デリダの解釈でなくてもよいのではと思ってしまったのも事実。

 

6.言語哲学を学ぶ人のために(野本 和幸)

言語哲学を学ぶ人のために

言語哲学を学ぶ人のために

 

生成文法とどっち先に読むべきか悩んでいたのだけど、先に生成文法読んでおいてよかった(少なくとも統語論がなにかくらいは知っているのでそこで蹟かなくて済む)。

読書会でちょうど分析哲学についての話をしていたんですが、デイヴィッドソン、ダメット、クワインあたりがちょくちょく出て来て解説されるのは有り難いです、が、意味論の最後の方まったくついていけなかった。言語学的な意味論というより可能世界意味論がわかりにくい。様相実在論は1冊だけ本読んで、その他物理・数学系の本をそれぞれ1冊ずつ読んでいたので復習がてら読めたんですけど、哲学入門おける意味論いまいちよく掴めていなかったのか本書が難しいのか本当に内容が難しいのか。もう少し各論的な本を読んでおいたほうがよかった気がします...

 


7.記号論入門─記号概念の歴史と分析─(ウンベルト・エコ)

記号論入門─記号概念の歴史と分析─ (教養諸学シリーズ)

記号論入門─記号概念の歴史と分析─ (教養諸学シリーズ)

 

記号論理学について割かれたページは意外と少なく、記号全体(サインそのもの)についての網羅的内容でした。「言語哲学を学ぶ人のために」と併せて読んでよい感じ。

 

8.幸福の形式に関する試論:倫理学研究(マルティン・ゼール)

幸福の形式に関する試論:倫理学研究 (叢書・ウニベルシタス)

幸福の形式に関する試論:倫理学研究 (叢書・ウニベルシタス)

 

ある人が善き生を生きた〔と言える〕のは、その人が意欲したもののいくつかを為すことができて、その人の願望が実現された場合だけでないーーそれは不幸で荒廃した生にも言うことができるーー。それだけでなく、その人に出来たものまた出来なかったもの、その人にとって実現したものまた思い通りにいかなかったものにおいて、それにもかかわらず(多くの抵抗またはその欠如に対抗して)自分自身のイメージに従って生きられた生の針路を保持することができた場合、さらに、その人が生の過程のうちにその人の生の本質的価値を見て取ることができ、その過程の中で、固有な種類の悦びではないとしてもあらゆる(エピソード的で一時的な)悦びや苦痛の他に、自己信頼と世界信頼を保持できた場合にも、その人は善き生を生きたと言えるのである。ーマルティン・ゼール

 

生の持続の中でできる限り豊かな願望実現として理解された全体的な幸福は、個人的な生構想Lebens-konzeptionenの立案を共に含んでいる。というのも、生の経過の中で多少とも実現されるのは個別の願望ではなくて、願望の組み合わせだからである。合理的に相互一致でき、そのうえ非-幻想的な性格を持つ願望だけが善き生の時間を導きうる。こうして目的論的な考察から、善き生は一定数の目標の達成を目指してそれらの目標を追求することのうちに見出される、と結論づけられる。善き生は、願望実現の途上で有意味な生構想のうちに予示されるような仕方で演じられるのである。

 

今回の100冊の中で万人には推せないものの道徳哲学のうちとくに感情とか個人の規範となる倫理ではなく社会福祉環境倫理、グローバリゼーションに対する倫理のありようとしてかなり理想に近い議論がされていたように思う(自分が公共の哲学の領域が好きだからだとは思う

第二研究が本題(幸福と道徳のコンフリクトについて)だけど、第三第四も普通に面白い、とくに第三研究は応用倫理学の範疇に属しており、生命倫理・動物倫理が道徳の名宛人として、ないし道徳のパートナーとして提出する課題を検討する。ハーバーマスの著書は「公共性の構造転換」くらいしか読んでないんですけどやっぱり読んでおいて損はしなかったというか興味の方向性ははコミュニケーションと互恵性についての問題に帰着するので、この本を第二の出発点にしたい感じです(第一はどこだ?

 

9.アダム・スミスの動態理論(星野彰男)

アダム・スミスの動態理論

アダム・スミスの動態理論

 

アダム・スミスの経済理論について、バックグラウンドにある哲学の理念を解説し、後年のリカードやの批判に耐えうる思想を紹介(紹介?)する。

・・・が、私はそもそもスミスの理論を教科書でちょっと読んだ+道徳感情論を読んだくらいで、彼が哲学の分野で誰から影響を受けどの理念を援用しているかとかそんなに知らないんですよ、完全に白目剥いて読むだけに終わってしまいました。

 

10.経験から学ぶ人的資源管理 新版(上林憲雄)

経験から学ぶ人的資源管理 新版 (有斐閣ブックス)

経験から学ぶ人的資源管理 新版 (有斐閣ブックス)

 

組織論についてはロビンスの「組織行動のマネジメント」やハッチ「組織論」がもっとよく説明していたと思いますが、労働側と雇用側の関係を示した上で特に企業における労働者・その周辺の法整備・給与や能力評価の考え方を読めて良い本でした。最初は間怠っこしい。あと1部は別に読まなくてもいい