毒素感傷文

院生生活とか、読書の感想とかその他とか

100冊読破 3周目(81-90)

1.法のデザイン—創造性とイノベーションは法によって加速する(水野祐)

法のデザイン?創造性とイノベーションは法によって加速する

法のデザイン?創造性とイノベーションは法によって加速する

 

本のあとがきに『なめらかな社会とその敵』が触れられていてふふってなった。法律の形態に実務で関わる人は面白いのだろうなあといつも思う。

知財に関するものとか情報の扱いと法律って離れられないものなので一度本を読んでおきたかったのです。購入したのでまたパラ読みしよう(そんなにお堅い本ではないです)

 

2.アナーキー・国家・ユートピア―国家の正当性とその限界(ロバート・ノージック

アナーキー・国家・ユートピア―国家の正当性とその限界

アナーキー・国家・ユートピア―国家の正当性とその限界

 

3単語タイトルシリーズの中でもかなり読みたかった本のうちのひとつ。本屋でみかけてから1年ほど経っているのではないでしょうか。

ロールズと大学を同じくするノージックの、ロールズへの敬愛が伝わってくる本です。ロールズの理論に対する批判は様々あれど、的確に読み解いたうえでそれに注釈するような感じで最終的に社会の成り立ちを説明づける。鈴木健なめらかな社会とその敵』は社会モデルのお披露目といった感じだったけれど、ノージックのこれはリバタリアニズムリベラリズムの解釈に加えて国家の定義を慎重にすることからはじまる。法と経済学は外せん要素やし、最後の拡張社会を論ずるにあたりに前提として要る。リバタリアニズムに関しては『自由の倫理学』とか読んだけど結構挑戦的な内容やったし参考にするにはちょっと…という感じだったけれど、『アナーキー・国家・ユートピア』は今読むからこそ面白いのかもしれない。

ところで哲学用語図鑑に新しいバージョンが出ていて、そこにノージックも載っていた けどやっぱり用語図鑑だけでは概念を理解することは難しい。中身をそこまで理解しきれなくてもいいから、本人の言葉に触れることで自分自身の理論のマインドマップ作成に寄与すると思う

 

ちなみに『木鐸社』という出版社を初めて見たので調べてみたら恐らくお二人のみの会社…か…?さすがにそれはないのか、どうなんだ 社会科学専門の学術書を扱うようです。ニクラス・ルーマンの書籍をいくつか取り扱っているようでこれは是非読みたい。そして『勁草』もそうですが、『木鐸』も含蓄ある言葉でとても好きです あいや聞きなれないので調べたのですが、孔子論語より『天将以夫子為木鐸。』が語源だそうです。確かに新聞は社会の木鐸たれ、は聞いたことあるな(実際にそうかはさておき。

 

3.ガリバー旅行記ジョナサン・スウィフト

ガリバー旅行記

ガリバー旅行記

 

ところで、彼等は、この膀胱で、傍に立っている男の口や耳を叩きます。これは、この国の人間は、いつも何か深い考えごとに熱中しているので、何か外からつゝいてやらねば 、ものも言えないし、他人の話を聞くこともできないからです。そこで、お金持は、叩き役を一人、召使としてやとっておき、外へ出るときには、必ずついて行きます。召使の仕事というのは、この膀胱で 、主人やお客の耳や口を、静かに代るゞ、叩くことなのです。また、この叩き役は主人に附き添って歩き、ときゞ、その目を軽く叩いてやります。というのは、主人は考えごとに夢中になっていますから、うっかりして、崖から落っこちたり、溝にはまりこんだりすることがあるかもしれないからです。

このくだりを引用しているのが多島斗志之の『症例A』で、あれを確か高校生くらい読みました。物語の主人公は精神科医なので、ガリバー旅行記には精神疾患のような表記がよく出てくるなどと感想を抱きます。

イマイチこの本の良さがわからず他の人の感想を読むと、なるほど当時の社会批判というか痛烈な風刺としての作品であったのでした(無学にしてしらなんだ)。

 

4.実践理性批判――倫理の形而上学の基礎づけ(イマニュエル・カント)

実践理性批判――倫理の形而上学の基礎づけ

実践理性批判――倫理の形而上学の基礎づけ

 

およそ世界のうちで、そればかりか総じてこの世界の外部にあってすら、なんら制限なく善いとみなされうるものとしては、ただひとつ善い意志が考えうるだけである。悟性や機知や判断力、またそのほか精神の才能とも称されるもの、あるいは勇気や果断さや根気づよさといった気質の特質は、疑いもなく多くの点からして良く、望ましいものである。ー1-1-1 通常の倫理的理性認識から哲学的な倫理的理性認識への移行

ジャンケレヴィッチの「徳について」も読んでみたいと思いながらそれにはまだ及ばず、本屋で手に取った。岩波とか光文社新訳を読んでもよかったのかもしれないけれども。けどまあこのハードカバーは一冊にまとまっていて素晴らしい。純粋理性がアプリオリな悟性や感性、知性に関する検討だったのに対して実践理性はそれを道徳の基盤として捉え、道徳がどのように意思を左右するかみたいな話を展開していく。ああけどやっぱり内容は難しいです 日本語なのに読めない。理性が理性であるために、道徳は神の存在を必要とするみたいなくだりがめっちゃ好きです(スピノザを読まねばなるまい

哲学の細密な探究に、公衆はまったく携わるところではないけれども、その教えには公衆といえども関心をもたなければならない。教えは公衆に対して、そういった細密な探究ののちにはじめて正しく白日のもとであきらかにされうるものなのである。

基本的に、書物は読まれるためにあり、世に住もう人々が言葉を変化させて生きている以上翻訳という作業は終わることなく続き、名著であればあるほど市井の人に届くのだろうなあといつも思うのです。まだ哲学にほとんど興味がなく、ヨースタイン・ゴルデルの『ソフィーの世界』を幼少に読んだことしかないころ、霜山徳爾訳の『夜と霧』に出会い、そして挫折したことがあります(のちに池田香代子訳で読むことができました)。いかな名著であっても手に取ることができなければその人にとって意味を成すことはできない。

 

5.数学的な宇宙 究極の実在の姿を求めて(マックス・テグマーク)

数学的な宇宙 究極の実在の姿を求めて

数学的な宇宙 究極の実在の姿を求めて

 

読むのめっちゃ時間かかりました…本書の中にしっかりとデヴィッド・ルイス『世界の複数性について』における様相実在論に触れられていて哲学ちょっと好きな人間には大変嬉しい本でした。数式はわかりにくいものは抑えてあり、図がたくさんあって比較しやすいのもアホには有難い。

多宇宙概念については観測可能性のあるもの/ないもの問わず理論上、つまり電子望遠鏡でどのように観測を行い、そこから仮説を検証していく(理論宇宙についてモデルを構築していく)のか、といった手法まで解説されています。

この本を読む少し前にニック・レーンの『生命、エネルギー、進化』を読みましたが、難易度としてはあれと同等かそれを上回るレベルです(正直ついていけん、つらいと思いながら読み切りました)。あと時間概念についてはモデルは違えどベルクソンの『物質と記憶』を彷彿とさせます。というか本書の特記すべき点は多分Level 4数学的多宇宙の話やと思うんですけどそれ自体はLevel 3から予想可能なのでLevel 3頑張ろうな!っていう気持ちになりました 数学とか物理好きな人にはすごく楽しいんじゃないかと思いますが、哲学の中でも少しこういうものに触れたり天体物理学に興味があったりすると楽しめるような気がします。

むちゃくちゃ難しいので万人にはお勧めできませんが。

 

6.続・哲学用語図鑑 ―中国・日本・英米(分析哲学)編(田中 正人)

相変わらず哲学のザッピングをしたいときに恃みになるシリーズです。TL諸氏の他にこの本にもお世話になっております(これさえ知っておけばよいというわけではなく、思想の地図のようなものです)

 

7.失われた時を求めて 全一冊(マルセル・プルースト

失われた時を求めて 全一冊 (新潮モダン・クラシックス)

失われた時を求めて 全一冊 (新潮モダン・クラシックス)

 

だれにでもその人なりの風邪のひきかたがあるように、その人なりの裏切られかたというものがある。

あまり詳しく知らないまま人に勧められていたのですが、確かに大陸哲学の本を読んでいるとプルーストの名はよくでてきます。現象学的心理学の本といってもよいのかもしれないとさえ思う。本屋に全1冊バージョンがあったのでそれを読んだのですが、『失われた時を求めて』は10巻くらいに及ぶ長編だそうです。角田光代女史が手ほどきを受けながら訳されたとのこと。

この本を読んでいて真っ先に出てきたのは谷崎潤一郎の『卍』でした。あれはよい本です。あれに似ていて、プルーストが描かぬのは、性愛の妙というか複雑性ではなく個人の歴史の複雑性を前面に出したからなのだろうかという気もします。なるほど、哲学者がよくプルーストを引用する理由がわかりました。本編の中にも出てきますが、わたしは戯曲をあまり読んでいなくて、バルザックなんかもわからんのです。ボードレールのような詩篇も。中高生のころに、この辺りの文章に触れておくべきだったと思います。勿論今でも遅くはないでしょうし、当時も純文学を読んではいましたが。

 

8.臨床哲学対話 いのちの臨床 ―木村敏対談集1―(木村敏

武満徹との「コミュニケーション」の話、とてもよかったです。

医療人類学のヴァイツゼッカー「病いと人」からこの著者の存在を知ったのですが、臨床屋さんの哲学はひじょうに現象学的で馴染みが深いです。今から読まねばならぬと思っている西田哲学あたりにも近いものを感じるし、何より繰り出される会話のかみあいがとてもうつくしい。この本を読んで、どうこう、という感想よりも「もっとこういう本を読みたい」という欲求のかたちをクリアにすることができました。2も読みたい。

 

9.忘れられた巨人(カズオ・イシグロ

忘れられた巨人

忘れられた巨人

 

忘れること、許すこと、許さないということ(それによって矜持を保つこと)、そして時をやり過ごすこと。色々なことに想いを巡らせつつも、わくわくできる物語でした。続きが気になる冒険譚なんて、この数100冊でこれくらいしか読んでいない気がします。

なんというか、あえて高齢の老夫婦をテーマに据えたところと、次のもう1冊の説明にだしますが「現象」を敵に据えるところが面白いなあと思うのです。

 

10.失われた町(三崎亜記

失われた町 (集英社文庫)

失われた町 (集英社文庫)

 

失われたものへの癒しなど存在しない。人は皆欠落した断面の手触りを日々確かめながら、それを日常として歩き続けるしかないのだから。

1年ほど前に人からお勧めされていた本で、ようやく読むことができた。小説。とても、なんというか、描写が甘い。若い。書きたいものがたくさんあるのはわかる。イデアもわかる。読んでいて恥ずかしくなる文章だった。けど、『現象』を扱うSFという捉え方なら勿論魅力的だと思った。正直この読んでいて恥ずかしくなる感覚のせいでめちゃくちゃ時間がかかってしまったのだけど、てんかんっぽさとか意識を扱うあたり、町という『大いなる冬』みたいな現象を扱ってみたり、なんというか抉り出したいものがこの人の筆ではまだ彫りきれていないみたいに感じた。粗い若さだ

蓮實氏が『伯爵夫人』で三島由紀夫賞を受賞したときに、あれは実験的な文章だからこんなものが受賞すべきではないと言ってらしたと思う。そして『abさんご』を書いた黒田女史と比較され、『あの人の文章は瑞々しいから私とは違う』といったことも(記者の質問がナンセンスすぎる

構築と分解を繰り返して文章を実験する、可能な構造をすべて試行するくらいのことをしなければ、或いは彼のいうように『瑞々しさ』を研いでいかなければ、文章というのは洗練されぬのだなあと思う。