毒素感傷文

どうしようもなく感銘を受けてしまう日々のあれこれについて。

100冊読破 3周目(41-50)

1.ハイエクの政治思想―市場秩序にひそむ人間の苦境(山中優)

ハイエクの政治思想―市場秩序にひそむ人間の苦境

ハイエクの政治思想―市場秩序にひそむ人間の苦境

 

 『市場原理か、隷従か』というのはまさしく現代の様相だなあとおもう。消費活動をし、雇用により稼得をもつようになったもの。ハイエクの本を読んでいると、経済学者というより社会学者的であるというか、今で言うなら公共の哲学に近い概念をもって論じていたんだろうなと思ったりする。「ハイエクの経済思想」を以前に読んで、こっちも読みたかったので読んだのですが。

後から学ぶにハイエクは経済学の中でもかなりリベラリズムよりのひとなのでもう少し読んでおきたいです

 

2.聖なる怠け者の冒険(森見登美彦

聖なる怠け者の冒険 (朝日文庫)

聖なる怠け者の冒険 (朝日文庫)

 

 久々の小説です。東京小旅行中に暇になったので買いました。なぜか、伊坂幸太郎の『SOSの猿』を思い出した。なんか外れ値っぽい作品なのに、じんわりと思い出すことが多い。なんというか、時代の変遷を感じます。この話は「大学生」ではないのです。

私はわりと好き。

 

3.猫なんて!(角田光代

これも旅行中暇にあかして読んだ本。錚々たる面々の本だったので、旅の合間に暇ができたら読んでいたのだけど、特に心動かなくて寂しかった。沼田まほかるの『猫鳴り』が良かったからやろうか。あえて猫をテーマにすると難しいもんですね。

 

4.アブダクション―仮説と発見の論理(米盛裕二)

アブダクション―仮説と発見の論理

アブダクション―仮説と発見の論理

 

Twitterでとある人が遠くからオススメをしてくださったので読みました。

記号論理学者のパースが提唱した理念について、科学における論理学的適用を検討した本 という感じ。カール・ポパーを読んだこともなければジョン・スチュアート・ミルを読んだこともないので比較しての話に入る後半は大変厳しいのだけども記号論理学としては我々には馴染み深い入り口だったのでは。なにせ私が今まで論理学らしい本で読んだものといえばヴィトゲンシュタインの『論考』やらホフスタッターの『ゲーデルエッシャー、バッハ』だったもので記号論理学というものに忌避的になるのも仕方なかろう 意思決定理論に出てくる記号はかろうじてついていけるという程度。しかし哲学というよりは科学だ なんといっても科学的思考というか研究の仮説とかがどんなふうに組み立っていくのかとか、帰納的ではない共通項の発見とかを直観ではなく論理によって説明したものって今まであまり見なかった気がする 人間のアブダクションと機械のアブダクションを知りたくなる。もっとも機械にアブダクション…はないのかもしれないけど、パターン認識の精度の向上と複雑性の容認によってある程度『人間のアブダクション』に近い推論はできるようにならないかとついなんかわくわくしてしまったりするな

 

5.共同‐体(コルプス)(ジャン=リュック・ナンシー)

共同‐体(コルプス)

共同‐体(コルプス)

 

これは真に私の体である"がもしも何かを言うとすれば、それは言葉の外部においてであり、それは言われはしない、それは外部に刻印されるー我が身を省みずに(身体を失いながら)。

 

私はエクリチュールと琴線に触れるようなセンチメンタルな代物との区別はつく。とはいえ、私の知る限り、触れないようなエクリチュールはない。

本屋においてあって気になっていたのですが、共同体概念というより『個』と『共同』の境目について問う話に近かったです。なんというかこういう感じの本(ジャック・ランシエールとかデリダとか)難しくないですか。とても難しい。消化不良です

 

6.死と愛―実存分析入門(V.E.フランクル

死と愛――実存分析入門

死と愛――実存分析入門

 

苦悩は人間を無感動に対して、即ち心理的凝固に対して、護ってくれるのである。われわれが苦悩する限り、われわれは心理的に生き生きとしているのである。また更にわれわれは苦悩において成熟し、苦悩において成長するのであり、苦悩はわれわれをより豊かに且つより強固にしてくれるのである。

『愛について』の章で、イブニングドレスの喩えに悶えました。ドレスが美しかったりドレスを着ていてたまたま映えるのではなく、「その人がドレスを着ている」という事実にうつくしさを感じたり魅力を感じるのだと書かれていたり。

あとついつい笑ったのが、「初めての人になりたがる人間は嫉妬深いが、最後の人になりたがる人もまた多くを求める人間である」みたいなくだり。まあ確かに強欲ではありますよね。「あなたの最後になりたい」だなんてね。誰も確かなことは言えはしないしね。「愛とは誠実であることを含むが、誠実は己に対して誓うものであり他人に要求するものではない」というくだりもうなずきすぎて首がもげるかと思いました。そして他人に要求した結果、「自らその人を第三者のもとに差し出すことになる」とも。

フロムの『愛するということ』は、自分から万人に対する愛のようで、agape的であるのですが、フランクルのそれは本当に愛しい人生の伴侶に対しての、またそのときその場所に隣にいてくれる人への感謝というか深い愛情を思い起こさせてくれるのです。そして類型分類(性格や病質などの)に当てはめて心的状態を自ら知覚したり統御することの放棄を『放棄』と書くあたり、本当に手厳しいなと思います。ときに類型に逃げることで安心することもあると思うのですが・・・

 

7.リベラルな徳―公共哲学としてのリベラリズムへ(スティーヴン・マシード)

リベラルな徳―公共哲学としてのリベラリズムへ

リベラルな徳―公共哲学としてのリベラリズムへ

 

かゆいところに手が届く本。個人と政治の関係になるとリチャード・ローティとかランシエールとか、あとジョルジョ・アガンベンとかなんかちょっぴり言葉回しが難しい理論が出てくるのにこの本は翻訳者の努力もあってものすごく簡潔にいいたいことが伝わってくる

リベラリズムコミュニタリアニズムの共和の方向性の模索について、功利主義と社会契約的道徳の関係性について、教育と市民的な徳の重要性について。司法の部分はやや難しいけどそこを除いて読んだって多分公共哲学としてはかなり良書の部類だと思う。言葉は平易だが概念は難しい、難しいけど必要。サンデルとロールズを引き合いに出してくれたこともとてもよかったと思います あの二人についてはなんというか立ち位置や使う言葉が常に明白なので比較されたときにあ、あれのことかってすぐ思い出せる。

 

8.自由の倫理学リバタリアニズムの理論体系(マリー・ロスバード)

自由の倫理学―リバタリアニズムの理論体系

自由の倫理学―リバタリアニズムの理論体系

 

著者は10年ほどまえに亡くなられた経済学者なのですが、これ読んでみたらわかりますがなんというか個人主義も行き過ぎやろ状態です。アナーキズムとは・・・という気持ちにさせられました

 

9.数学ガールの秘密ノート/やさしい統計(結城浩

数学ガールのいいところはあくまで「数学」に忠実であるところだ。途中から数学であることを忘れて、統計そのものにのめりこんでいたので期待値の計算がややこしくなってきたところで微妙に音を上げたのですが概念上の理解に戻るのはとても楽しい。数学本当に苦手意識があるというか、高校でやっていた教科の中でもできない方だったのでわかっている/いないというところに非常に不安があるのです。『原因と結果の経済学』とかは「どう読むか」「その結果が何をもたらすか」にわりと目がいきがちなので、こういう真面目で初歩的な本から入るのもいい

別に驚くべきことでもなんでもないのかも知れませんが、1年近く前に買って熟成させてあるこのシリーズの『ベクトルの真実』がいま自分が興味のあることの近くに位置していて、読まねばなぁと思えたのがとても嬉しいことです。放送大学の授業「ソーシャルシティ」の中でコサイン類似度が出てくるのです。

 

10.沈黙のことば―文化・行動・思考(エドワード T.ホール)

沈黙のことば―文化・行動・思考

沈黙のことば―文化・行動・思考

 

発行されたのが50年前なのですが今でもまったく通用する本です。びっくりします。『かくれた次元』を読んでこれも読もうと思ったのですが、このひとは本当になんというか「他者の倫理」に詳しいです。文化人類学のひとなのですが。

今でも比較社会学なんかで恐らく議題になるであろうことが、ここにもこれでもかというくらい盛り込まれていて、なんというか多様性が重視される今だからこそ是非読んで欲しい本でもあります。医療職の人にお勧めできると思います。