毒素感傷文

院生生活とか、読書の感想とかその他とか

影についての知覚 (0)

もうすぐ、働き始めて2年目が終わる。20代もなかばを過ぎて、後半に差し掛かった。いい時期だなあとつくづく思う。

諸々のことについて節目が来たように感じ、まとめを書いてみたいと思ったが、うまくまとまらない。なので、連載のような形式にしてみようと思う。各々の章でまとまりを持たせた掌編になれば多少書く者として面白いかも知れない。どうしてそのようなことをしてしまうのかわからないけれど、多分癖のようなものだ。何度でも何度でも繰り返し振り返る癖があるのだ。

 

10年目という節目について

9年前の3月の末、わたしはほとんど燃え尽きていた。高校2年生の春だった。次の月である3年生の4月の頭に、自殺未遂(と見做されること)をし、今の自分からはあるまきじきことだけれど救急搬送され、その数日後から1か月余り入院した。積極的治療というより、家や学校という環境からいちど物理的に距離をおくという休養目的での入院だったけれど。

 

あれから9年経った。自分はいま病院で働いていて、毎日病む人たちを相手にしている。その死を看取ることさえある。余談だが、先日祖父が亡くなった。病院で働いていると「死ぬ瞬間」には立ち会うが、そのあとの儀礼的なことにはほとんど関わることがないので、有難い体験でもあった。

 

この手記が誰かの訳に立つとは決して思えないし、ほとんど自分のための過去の慰撫という意味しか持たないのだけれども、それでもあえて人に向けて書くのは「なにかの」足しになればいいやという思いからである。娯楽でもいいし、参考でもいいし、(たまにありがたいことに)目標にでもいい。

 

回復過程としての事実はそんなに書かないし、つらい記憶としても書きたくない

高校を卒業してから8年、実はこれから「社会人」をやりながら「大学生」になるつもりでいる。まだ実際にそうなるかは未確定なのだけども。

コンプレックスがなかったといえばウソになるし、あったというほど強い行動の根拠にはなっていなかったが、なにかを体系的に学んでみたいという思いが強かった。それが直接生産的な物事に繋がるという快感をいちどでいいから味わってみたい、というただそれだけの動機なのだけれど、10年でここまで自分が回復するとは正直あまり思っていなかった。周りからの期待ももうなかったと思うけれど、自分自身がいちばん自分を信じていなかった。今も勿論信じきってはいない。

 

それでもなぜか頭の中はハッピーだった。

これがとても不思議なことで、たとえばうつの最中にあって毎日泣き暮らしていたときにも「死にたい」「消えたい」という思いと、「自分はとても恵まれている」「幸福である」という思いが同居していることが多かった。不幸である、と感じたことがほんとうに一度もない。希死念慮を抱いている間は不幸であると言われてしまえば勿論そうなのだけど、これこそ本人の主観の問題であるため困ったものである。病気で苦しかった間も、必ず世界はいつも美しかった。

 

10年なんて、生きていれば誰にだって過ぎていく。

10代なかばから20代なかばなんて、いい時期だ。ほんとうにいい時期だ。青春に戻りたいという人もいるし、同窓会を開いて和気藹々とする人もいるし、卒業アルバムには写真がある。体の発達と精神の発達が自覚的である時期であり、その時期に悩んだことは何物であっても自分の糧になる(と、わたしは勝手に思っている)。

けど自分にとっては、その10年の間のほとんどが苦しくつらい時期だった。勿論上記のように幸福だと感じることができても、人生がすべて奪われてしまったように感じることがあり、うち1-2年についてはほとんどベッドの上で過ごし、眠れず、食べられないといったよくある症状にたいへん苦しめられた。それがある程度コントロールされ、一般的には過酷とされるような職業を年単位で継続できているということは、数字で考えるより体感としてもっともっと幸福なことであったりする。

 

ときどき、じぶんは幸福になり過ぎて、死んでしまうのではないかと思うことがある。

天罰が下るのではないかと思ったり、今までのこれは全部夢でないかと疑ったりする。起きると身体は憂鬱なあのベッドの上にあり、その脹脛には自分で傷つけた生々しい傷口が痛みを伴っているのではないかと思うことがある。だから夜中に物音がしない部屋で目が覚めるのは、今でもとても恐ろしい。

 

だから、情景として覚えている「あのときたまらなく美しく見えた景色」について、そのときの自分の状況も含めて、ここに書いて行く。そんなに期限は設けていないけど、思いついたときに。

 

あの何度も私を泣かせた世界の景色がいま全部自分の手の中にあって、ほんとうに毎日がしあわせに思う。

 

臨床2年目も終わるし

今年度も本当に失敗ばかりした。仕事も不出来だし、私生活も実にうまくいかなかった。というのはまさに自覚的なこと・他覚的なこと全部含めてだけれど、やり直しをさせてくれる周囲の人びとや環境に感謝するとともに土下座せんばかりの勢いで謝りたい。

でも結局どう頑張ってみたところで、多分この無様というか惨めな生活はそんなに変わらないのだろうとも思う。見つけたところを微修正していくことでしか得られるものはない。10年間生きてみて取りこぼしたものについて、取り返すつもりで修正を重ねていきたい。

章が進めば臨床2年目のまとめとして書いてみてもいいし、あるいは別建てて書いてもよい気がする。にんげん、もっと他人に語るようにして物事を整理してみてもよいのではないか。自分だけがおしゃべりなようで恥ずかしい。