毒素感傷文

どうしようもなく感銘を受けてしまう日々のあれこれについて。

100冊読破 2周目(71-80)

1.精神・自我・社会(G.H.ミード)

精神・自我・社会 (現代社会学大系)

精神・自我・社会 (現代社会学大系)

 

 確かに社会学として読めばめちゃくちゃ真面目ではあるが果たしてこれを社会学の本として位置付ける必要があるかどうかは疑問である。心理学の観念論的な部分も大いにあるし、何より1973年の訳なので読みにくさがある。原著は1934年。80年以上前だ。読みにくくても仕方ないかもしれない

 特に自我の部分、Iとmeの峻別についてはサルトルの『主体性とは何か?』で読むように、即自存在-対自存在として捉えた方が理解しやすいような気がする。心理学の人とかはこの本から入って広域心理学に発展するのかも知れないが、私は哲学と人類学と認知心理学から始めたので難しかった。

 

2.愛するということ(エーリッヒ・フロム)

愛するということ

愛するということ

 

こんな仕事をしているからかも知れないが、たいへんすんなりと自分のなかに落とし込むことができた 愛という手垢のついたテーマであるにも関わらずそこまでガチガチの哲学にも心理学にも依拠せずかといって根拠ない言説にもならず、強いて言えば宗教的愛に近い agapēなのにagapēでもない。

愛するということは、なんの保証もないのに行動を起こすことであり、こちらが愛せばきっと相手の心にも愛が生まれるだろうという希望に、全面的に自分をゆだねることである。愛とは信念の行為であり、わずかな信念しかもっていない人は、わずかしか愛することかできない。ーエーリッヒ・フロム

 

 3.ドラッカーの遺言(P.F.ドラッカー

ドラッカーの遺言 (講談社BIZ)

ドラッカーの遺言 (講談社BIZ)

 

あなんかビジネスパーソン向けの本を読んでしまった・・・。

彼は結構厳しい人で、経営学の中でも一本柱が通りすぎているから『経営者』でなく『経営学者』なんだろうなあという気はする。本屋で立ち読みくらいでいいけど、バイブルにはしない方がいい。でもいいことはたくさん書いてあるからエッセンスだけ盗め。

 

4.純粋理性批判イマヌエル・カント

純粋理性批判

純粋理性批判

 

 な ぜ よ ん だ

 少なくとも何事かを知っているのでなければ、思いなすことも断じて企ててはならない。ーイマヌエル・カント

 実践理性批判を読もうと思ってなぜかとなりの純粋理性批判から読んでしまいました。

超越論的理性批判、つまり直観のア・プリオリについてみたいな話から始まるのですが後半400ページくらいがほぼ自分の中でYAMIに包まれており、読んだことは読んだのですがまったくつかめたかといえばつかめていないというほうが正しいでしょう。

けどフッサールは多分この直観の間主観性について話を始めたんだろうな、となんとなく思いました。現象学の前夜。

私たちの言語はきわめて豊富であるにもかかわらず、それでも思考しようとする者が、自分の概念に精確に適合する表現を求めて困惑することは多い。そうした表現が欠けている結果その者は他者たちにも、じぶん自身に対してすら、考えを正しく理解させることができないのである。ーイマヌエル・カント

 bro,カント・・・!

 

5.おしゃれが苦手でもセンスよく見せる 最強の「服選び」(大山旬)

おしゃれが苦手でもセンスよく見せる 最強の「服選び」

おしゃれが苦手でもセンスよく見せる 最強の「服選び」

 

上記の本に疲れて読みました。メンズ向けなんですが自分が読んでも楽しかったです。ちなみにこの本、誰かの本棚で見たような気がするぞ。

 

6.世界の複数性について(デイヴィッド・ルイス)

世界の複数性について

世界の複数性について

 

アメリカの現代思想家。若くして亡くなられているのが悔やまれます。

様相実在論というのに初めて出会いましたが、現代思想の中でも論理学寄りの哲学。うーん宇宙の多次元性とかと親和性高そう、と思ったのですが数学とか天体物理とかに疎いのでまだなんとも。そういう方面に明るければものすごく面白い話なんだと思います。パラレルワールド(と表現していいものか)が理論的に存在し得るかどうかという話。メイヤスーがいっているのとはまた別かしら。

 

7.「承認」の哲学ー他者に認められるとはどういうことか(藤野寛

 『他者に認められるとは』、というより他者を認めるとはどういうことか、ということに近いな。奇しくも博愛という言葉が出てくるが、もう少しやりやすくすると『他者に対する免疫の寛容』というのが自分の中でしっくりくる説明である。読みやすいけどホネットとかアドルノとか読んでないからなあ。結構個人の実存にまつわる話が出てきて、最近の思想家の名前もぽんぽんでてくるから今後の読書の方向性について考えるために読んだといってもいいかも知れない。あくまで哲学よりなので、心理学っぽい「承認欲求~」みたいな話は出てきません

 

8.自己が心にやってくる(アントニオ・ダマシオ)

自己が心にやってくる

自己が心にやってくる

 

これは面白かったです!めっちゃおすすめ!

神経科学系の本ですが、分野横断的に考察が繰り広げられるのでとくに専門でなくても読めると思います。語彙はそんなに難しくないですが、ただ、解剖生理が頭の中にないと若干面倒かも。

医療系の人とか多少詳しく神経系統について学んだ人ならすいすい読めると思うので当方一押しでございます。スタニスラス・ドゥアンヌ『意識と脳』と併せて読んでもらいたい。哲学系からのアプローチだとどうしても神経系の解剖生理が基本的に症状や病態からの展開になりやすいので、クオリアや自然の心的状態の解説が弱いなーと思っていたので本書は自分の痒いところに手が届く本でした。

ちなみにスタニスラス・ドゥアンヌはわりと情報伝達ネットワークとして脳を扱っているのに対して本書では脳が描く心的状態をピクセルマッピングされた描画みたいなもんだとしていて、なのでスクリーンの数に応じた感情や意識しか持てないという見解なんですね。大変納得がいく。実際の説明はもっとうまい。

クオリアについては最早これは『脳が描くイメージの違い』としか言いようがないのでつまりあれか、欲しい知覚があるならそれを持っている人のイメージをたくさん仕入れてシミュレーションを繰り返しその回路を強化するしかないけど持ってないもんは仕方ないよね的解釈をしてしまったです。あと感情の反復性とか持続性については心理学でもよく取り上げられるけど、本書でもしっかり向き合っていてよかったかなあと思います

 

9.宿命を超えて、自己を超えて(V.E.フランクル

宿命を超えて、自己を超えて

宿命を超えて、自己を超えて

 

フランクル自身がかなり高齢になってからの、対談本です。対談というかインタビュー形式で話が進み、本人についての話が結構たくさんでてきます。

結構衝撃を受けたのは、ロゴセラピーの概念はもともと若いときから彼自身の中にあって、強制収容所にいたから考えたことではなかったということ(恥ずかしながら知らなかった)。フランクルに興味を持たれたら、読みやすいので一度読まれてみてもよいかもしれない。

 

10.公共哲学とはなんだろう[増補版]:民主主義と市場の新しい見方(桂木隆夫)

公共哲学とはなんだろう [増補版]: 民主主義と市場の新しい見方

公共哲学とはなんだろう [増補版]: 民主主義と市場の新しい見方

 

社会哲学についてですが、非常に読みやすくてよい本でした。

自分が今までパブリックデザインとか都市論とかというくくりで探していたものは、公共哲学と名前を変えることができるのかも知れないなーと思いました。

マイケル・サンデルなんかのように政治哲学も少しかみますし、ハンナ・アーレント/ユルゲン・ハーバーマスのように公共性の倫理についても話として出てきます。さかのぼってはヒューム、アダム・スミス、ロックもでてきますし私の好きなロールズにも触れられていて文字通り「公共哲学」という概念を俯瞰していく本。