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毒素感傷文

どうしようもなく感銘を受けてしまう日々のあれこれについて。

響け!ユーフォ

アニメの方を見終えましたので、昔の吹奏楽部員として色々思ったことをつらつら書いておこうと思います。なおネタバレはせず、感想文の類でもないことを先に申し添えておきます。

 
 
 

▼先に自分のスペックを述べておく

 
音楽の習い事は小さい頃のリトミックのみです。ピアノもバイオリンもやっていません。
中学生になる直前くらいに音楽室で古いトランペットに出会い、チューニングB♭が出せるようになったくらいで中学になり、迷わずトランペット志望。でトランペット。3年間トランペット吹きました。ちなみにコンクールは2.3年と出て2回とも県大会銀賞どまり。
 
高校になり、トランペットを志望するもオケ部だったためレッスンが必要な弦楽器には(やってもいいorやりたくない)という選択肢があり、やりたくないわけでもないなと思いつつ反対にマルをつけあえなくチェロへ。
そこから10年にわたるチェロとのおつきあいが始まりました。レッスンも通い始めてちょうど10年です。しかしながら上手ではない。
 
さてここから本題へ。
 
 
 

▼『楽しく部活しますか、それとも』

 
この選択肢は『ん?』と引っ掛けるためにあるのかな、と思いました。
音楽をやることは決して楽なことではありません。楽しいことではありますが。
全国を狙うからつらいだけというわけではなく、どちらかといえば『音楽の志向性を問う』質問でしたね。
 
つまり大会の上位入賞を狙わないのであれば篩い落とすぞ、という宣言であったと。
 
散々他のところで解説みたいなものがなされていますが、全日本吹奏楽コンクールは県大会(または地区大会)→広域地区大会→全国という3段階。どんなに下手でも銅賞、そして評価に応じて銀賞か金賞です。
演奏曲目は2曲、課題曲と自由曲。課題曲は5曲の中から選べます。譜面はその年の初めに発表される、公募式のもの。ちなみに以前までは高校生以下は1-4番しか選べなかったのですが、最近社会人・大学生向けの難易度の高い5番を選べるようになったと聞きました。
そして1.2番はオーボエファゴット、Esクラ、コントラバスなどといったちょっと吹奏楽にとってはイレギュラーな楽器がなくとも吹ける小編成向け、3.4番は大編成向け。
 
A組は最大人数55名(私が吹奏楽をしていたころは50名でしたが)までしか出場できませんので、過酷なオーディションが開かれたりするのですよね。笑っていいともの『全日本吹奏楽の旅』なんかでご存知の方も多いかも知れません。
ちなみにJ組という人数制限のない代わりに上位大会のない編成のものもあります。
 
 
 

▼『本気で、全国にいけると思ってたの?』

 
きた!ぐわーきた!!キラークエスチョン!!!吹奏楽部員の矛盾をガスガス突き刺すぜ!!!
と思いながら観ていました。
そう、言ってないことはできないんですよね。そして、スローガンを掲げる以上そこに到達しようとしないものは集団から離脱せざるをえなくなるのも確かに事実でした。
 
うちの母校は県大会金賞とか関西出場くらいがそこそこの目標だったのですが、それでさえ、辞めていく部員もいた。
地域のお祭りなんかで下手くそな演奏を披露する傍らのことでした。
 
でも、やっぱり、好きでした。やめられなかった。
どちらかというと野外の演奏よりもホールで吹くのが好きでした。
はじめてホールで演奏したときは、たしか、大事なtuttiの4小節を完全に譜面を忘れ(トランペットの譜面ってそんなに長くないのですぐ覚えてしまうのですが)、楽譜を見るという習慣もないため完全に沈黙したことを覚えています。
チェロをやりはじめてからはオケ曲なんか結構長いので、まる覚えは(してはいたのですが)指揮者を見ることよりもパートで音を合わせることや弦楽器全体の馴染みが優先されたので、そのあたりの癖は少し治りましたが。
 
オーディションは私の部では(高校ではあったんですが中学では)なかったのですが、自由曲のキーセンテンスのような部分は抽出して一人ずつ指導を受けたりしました。
よく覚えているのが、中学3年生の「春の猟犬」の一部。当時唇を痛める吹き方をしていたので、練習のし過ぎで完全に不調だったのですが、後輩たちも含め先生の前で吹くときはこれがわりと軽やかに吹けてしまって。ほっとすると同時になんだかなあと思った覚えがあります。
だって、楽器経験なんて(くみこちゃんのように小学校のブラバンでもしていない限りは)中学生は1からスタートがほとんどです。管楽器は身体全体の機能を使いますし、
まだ少し未熟なときから始めるので1年の差なんてそう大きなものではないのです。たかが1年、されど1年で私自身は先輩をとても尊敬していましたし後輩から慕ってももらいましたが、正直あれは一種の熱病みたいなものなのじゃないかと今でも思います。
 
 
 
部活で音楽をすることとプロとして音楽をすることの間には歴たる溝があります。
響け!ユーフォがもしお気に召されたら、のだめカンタービレもご覧になることをお勧めします。あっちはプロの音楽の世界です。
 
 

 

▼やっぱりすごく堪えた、死ぬほど堪えた

堪えるだろうなーと思ってアニメ放映中には見られなかったのですが(当時メンタルが結構やられていたので)、今観てもやっぱり堪えました。
ゆるくやりたい人たちと真面目な人たちの衝突。(私はかなり真面目な方で多分いつもいろんな人を傷つけた)
部長やパートリーダーとしての葛藤。(アニメの中の部長よりはどちらかというとドライなあすか先輩タイプだったので、それも相当周囲に迷惑かけたと思う)
 
下手くそだった中学で、それでも毎日遅くまで練習してきて高校にきたとき、高校の吹奏楽部は地区の金賞を取るようになったところで、レベルが違いました。アニメとは反対の意味で、愕然としました。自分は今まで無駄な練習をしてきたんだと思いましたし、楽器を吹くのが怖いなとも感じました。
結果的にコンクールそのものが存在しない弦楽器になってしまいましたが、複雑な思いはその後もずっと抱き続けることになります。
 
結果的にその後私は高校2年生の半ばで進路やら人間関係、家族関係などで悩み続けた末にうつ状態になってしまうんですが、それでも部活はやり続けました。教室に行けなくなっても、家が近かったので部活の時間になると部活に行きました。精神的には疲弊しきっていて食事も喉を通らず、夜も眠らず、家に戻れば泣き通して自傷を繰り返すといった有様だったんですが、部活をやめることは自分の存在を諦めるのとほぼ同義だったんでしょう。
今からすれば、しんどいなら全部休んでしまって真面目に勉強だけ続けて大学オケを続けでもすればよかったじゃないかと思うのですが。そうもいかないのが高校生の苦すぎる青春のさがともいえましょうか。
 
その後何年にもわたって楽しく楽器を弾くことを忘れましたから、ダメージは大きかったです。復活してからも一度もオーケストラには所属していませんし、舞台にもあがったことがありません(レッスンの先生が開いてくれる小さなものを除けば)。
 
けれど、アニメのあの最後の舞台を見たときにやっぱり思い出してしまうんですよね。
「夏が終わらなければいいのに」「この曲が終わったらもう終わってしまう」と、思ったことを。自分が現役最後の舞台挨拶をするときに、そう思いながら暗いホールの観客席に向かって謝辞を述べたことを。
 
一度舞台に立ったことのある者は、ライトの光を浴びたことをある者は、そこだけでしか得られない高揚感を忘れることはできないんですよね。
苦しいけれどもまたいつかという気持ちを掘り出してくれたアニメでした。
どうもありがとう。