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毒素感傷文

どうしようもなく感銘を受けてしまう日々のあれこれについて。

看護教育について思うことメモ

秋になる前くらいから黙々と考えていたことについて、ある程度のまとまりを見せるようになったので言葉にして落っことしておこうと思います。酔っぱらってます。すみません。

 

 

▼看護師と看護学生の違いについて

看護師になって半年以上が経ちました。日常業務も、『業務』と言われる範囲内で、『求められているレベルに辛うじて食いついている』レベルでついていけるようになってきました。もっとできる新人さんもいらっしゃることでしょうけれど、私にはこれが精いっぱいです。勉強も追いつかなくて日々ヒーヒー言ってます。

 

学生のころの気持ちを忘れたくないなあ、と思って上の題名で少しメモ書き。

 

①タイムスケジュールが非常に緻密

一般社会人他職種において、看護師程度のスケジュールで動く職業ってどれくらいいらっしゃるのでしょうね。

恐らくトップクラスで忙しいことは確かだと思います。当然期日や納期が平行していて多忙という職種は我々以上にあるでしょうけれど(我々は交代制なので時間が経過すれば申し送ってほかの人に引き継ぐことができる)、分刻みでケアや観察をもれなく行うというのはなかなかプレッシャーであるように思います。これも病棟看護師における事実なので、訪問看護や施設看護ではまた違うのかもしれませんが。

学生であったころには1人で1人受け持ち(私の学校では多くなったとしても最後の実習に最大4人でした)だったのが、働きだすと『自分の働き方』そして『対象者が経時的に必要とするケアの予測』がかなりモノを言うようになってきた気がします。

 

②働き方について自己分析がかなり必要(・・・な気がする)

これに関して、自分以外の人をじっくりと観察していました。教育される対象と、対象に教育する人について。自分のことになると目が曇りますしね。

 

よくよく思っていたのは、看護師の大半の人はとても気持ちを読むのが上手だということ。対人援助職を志そうという人たちですから、当たり前かも知れませんね。そしてお互いの仕事ぶりを読みあって、状況も予測することができて、そのとき自分は何をするべきか考えることができる。

 

それを、新人である私たちはそもそも『気持ちの読み方』くらいの段階からやっていくわけです。これは特に職を問わずにいえることのように思いますが、常時同じ場所から離れられず①の過密スケジュールで大きなストレスのもと働いていればより重要な課題になってくるのでしょう。

勿論学生のころや、もっと前から経験として培っているものはあるでしょうけれども。

 

現場にスタッフの一員として来て、①の業務を行いながらこれらを進めていくのは人によっては至難の業かも知れません。

そこで『働き方、考え方、学び方、育ち方の分析』が必要になってくるような気がしたのです。

つまり

1.働き方:どのペース配分でどんな風に働くのが得意か・または苦手か

2.考え方:物事(目の前で起こった事象について)をどんな風に捉えているか

3.学び方:どんな勉強方法が1番効率よく成果になるか

4.育ち方:どの方面に伸びていきやすいか・逆にどの方面は伸ばしにくい(=人の手を借りなければならない)か

あたりでしょうか。

ちなみに私の場合、

1.働き方=ペース配分するのが苦手なので、じっくり取り組むまたは時間のかかる業務は後回しにして、必ず時間通りにしなければならないことを終わらせてから行きたい。報連相苦手(人の顔色を読もうとしすぎるがゆえに必要なことができなくなる)

2.考え方=これは自分自身で知覚するのは困難。そして枠を大きく設定しすぎました。けど、性格的な面を取り入れた場合は感情は一切排除。客観的にはなりえないが常に間主観的(対象者相手でも、協同職者相手でも)

3.学び方=決定している事実を好む。時間・人員・環境など不確定要素の多いその場の判断(≒臨床判断)は遠ざけがち。

4.育ち方=遅い。遅いが確実。

酔っぱらっているので完全に適当だし人からみた場合もっと違った答えがくるであとうことは自明なのですが、大まかにでもいいからこういう風に自分を知っておかないと痛い目に遭います。何故なら、臨床というのは思ったほど時間も余裕もないから。育てたいと思われているように育たないと、固定のプログラムからは弾かれて余剰の人員と時間を必要とするようになる。

 

優秀な人材と思われていた人が臨床という受け皿からこぼれてしまうのにはこういった理由があるように思われてならないのです。そしてそれは、誰がいいとか悪いとか誰のせいとかでなく、ただ単に『ある一定の要素において平均からどれくらい離れていたか』『それを拾える受け皿があったか否か』の2点でしかないように思います。

 

教えられる方と教える方、どちらに何がどれだけ足りなかったのかまだ明文化できずにいます。まだもう少し咀嚼したい。