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毒素感傷文

どうしようもなく感銘を受けてしまう日々のあれこれについて。

mixiから:アオイ(20150123)

ケツの青い話をしようよ





時間があるもんで悶悶と悩むことができていた例の問題についてもう少し。
というか、共通の知り合いにも少し話を聞いてもらってやっと落ち着いた感じです。ここにばっさばっさ落としていく割には他人に話をするってことをほとんどしないんで、対話の中から得られるものがなかなか無いんですよ。人に伝えやすく話すのもしんどいし、難しいなって思うんですよ。対象を不用意に傷つけそうで怖いのもあるかも知れません。

いろんな話が自分の中のいろんな要素と結びついてしまうので、やっぱりここに書くとわけわかんなくなりますね。自分のために書いているので、それで良いんですけどね。



個人を対象に(友人でも知人でも、ニュースの向こう側でも)していると、背景に社会問題が見えてくることってよくありますよね。大体絶望的な気分になります。

ああもう面倒くさいな、まともに起承転結つけるのやめよう。

ひとつ、人の心を金で買うな。

母子家庭の母ってのがどんな気持ちで生きてるのか私にはわからないんですが、少なくとも社会が母子家庭に寛容ではなく、子を抱えてひとりで生きるのが大変なことくらいは知ってます。
絶対に彼らに手を差し伸べるなって言いたいわけじゃないんです。めちゃくちゃ慎重にならなきゃいけないって警告してるだけなんです。

母子家庭の母が子を二の次にしていたらそれはそれで子が危ない。
そして、子供が第一だったとするならば確実に母は慎重になるだろうと思われるんです。私ならそうなります。
少なくとも、てめぇでてめぇの身すら守れないような若造の相手してる暇はないと思うんですよね。口が悪いです。

一事例に対する怒りが幾つにも連鎖して広がっていくんです。
そういう人間の個としての弱さと、母子家庭になった時点で社会的弱者にならなければならないような社会の脆弱性とに、それぞれに怒りや苛立ちが芽生えるのです。
人間の個としての弱さに対しては、正直もうどうでもいいというか、私が立ち入るようなことでもないので放っておけばいいのですが、社会に対しては自分もそうなる可能性が無きにしもあらず、巻き込まれる可能性も無きにしもあらず、そしておそらくこれから関わる領域で確実に何らかの社会問題と常に対峙しなければならないので、放っておきたくないんですよね。

放っておかないというのはどういうことなんだろうか。

まぁまずその問題について詳しくなることですよね。詳しくなければ何も語れませんから。別に万人に対して語る気はないんですけど
少なくとも援けを請われた時に、然るべき行政の援助を受けられるまでを支援するくらいでないと何の話もできないんですよ。

大体において、問題の根幹は無知にあります。と、思っています。
どこを頼れば生きていけるのかわからない人のために窓口はあるものの、その窓口に繋がらないケースが幾らでもあります。

この話は正直どこまでいっても尽きることがないのでこの辺にしときます。



私は生涯何かし続けたいと常に飢えていて、それは昔からずっとで、今もずっと悩み続けています。やりたいことは何だって常に問い続けていますが、これがなかなか見えてこないし配線がごっちゃになった感じでどこにもつなげられずにいます。たぶん頭がいい人だったり人脈(って言葉は嫌いなんですが)を作るのが上手な人だったり、情報収集が得意な人はこの道筋を自分で見つけてこられるんだろうと思う。でも私は残念ながらそうじゃない。

問題を目にするたびに、それを解決するのは私の仕事だろうか、と考えます。

わかりやすい例でいえば、さっきの母子家庭の支援なんかをするのは私らの職域では保健師の仕事なんですが、保健師やりたいかと言えば特にそうでもない。臨床よりかは向いている気がしますが、明確な方向性を持たずにやるもんではないと思ってます。
他には、JICA(国際協力機構)、MSF(国境なき医師団)のような国際支援団体もあります。そういう保健衛生分野の向上に寄与する立場でもないと思っています。

困るのは、「興味がないこと以外すべてに興味があるから」です。
興味のあることの中でも極めるべき道筋があんまり見えないんです。
だから安易に大学進学もできず食うに困って看護師になろうとしていて、その中でも将来研究分野に迷うわけですね。
でも別に何か極めなきゃいけないわけじゃ、ないじゃないですか。
なんで「何か極めたい」思いがいつもこびりついて離れないのかわからない。正直もうそういうのやめたい、目標が遠すぎて時々自分で自分を殺しちゃうんじゃないかという恐怖にさいなまれますもの。馬鹿に夢を持たしちゃだめだぜ。

子どもいて研究もしてて留学実績もあって多少行政にもかみつつ大学教授やってるような人っていったいどんな生き方してるのかめっちゃ気になる。

でも、それは明確になった目標を段取りよく求めていった結果でしかなくて、結果ありきの行動なんてものはありえないんだ。
四の五の言わずに働けってことだよ。夢ばかり語ってないでさ。